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ロア・オブ・ライフ  作者: 爺々屋
密林編
12/82

恩返し

 向かい合うのは男と女。


 目を瞑る俺に、目を見開いているミキさん。


 辺りは暗い。微かな月明かりと星の光が木の枝葉を抜けて、俺たちの身体に塗られている。


 俺たちの距離は手を伸ばせば触れれる程に近い。


 目を瞑る俺は、ミキさんの呼吸がやけに耳についてしまう。集中しなければ。


 意識を自身の中に落とし込む。

 無の世界に、無に、意識を還す。

 俺は一つで、全て。

 身体は世界に溶けて「俺」という自我は無くな………うん。


「無理だっ!」


「なんでよっ!」


 目を開けた俺の視界には不満で埋めつくされたミキさんの顔が写る。

 俺は不満どころか怒りすら滲ませた声を漏らす。


「大体、俺は修行僧とかじゃない。人前でクソ真面目に座禅なんか出来るかよ」


「あーもー!じゃあ離れた場所で見てるから!」


「だから見られてると思うと出来ないんだよ」


「なにそれ!集中力無さすぎ!だから浪人すんのよ!」


「うっせぇ!」


 緊張感が全く無い、俺ら。

 周りに簡素でギリギリ罠と呼べる物を設置してから、火を焚かずに小高い丘陵になってる場所に陣取って休んでいる。

 罠を張り終わり、一息つこうとしたらミキさんが「座禅する約束でしょ」と言い、休む暇も与えて貰えずに座禅をすることになった。


 しかし結果は先の通り。

 ミキさんが見たという「光る鱗粉」とやらも本当に見間違いの可能性が出てきた。


「どうせ日の光が葉っぱに反射してそれっぽく見えたんだろ?」


「でも立って見ていたしぃ、早朝だったからそんなに日は出て無かったし……」


 残念そうにガックリと肩を落とすミキさん。どんだけ期待してたんだよ。

 その「光る鱗粉」が見えたところでそれは魔法じゃない。確かに、俺も期待したのは嘘じゃない。

 しかし俺は魔法が使いたいんだ。派手な、炎やら雷撃やらが飛び出すような。

 いつかミキさんが見ていない時にまた魔法の練習をしてみたい。詠唱はもう勘弁だけど。


 大蛇が放った炎の魔法以外の魔法は、一度だけ見る機会があった。

 魔法と呼ぶべきかどうかわからないが、半透明な肉体で顔など無いスライムが、何も無い空中に水を精製して飛ばしてきたのだ。

 当たったら滅茶苦茶痛かったが、逆に言うとそれは大した威力でもなかったということ。

 雑魚のスライムでも「痛い」くらいのーー多分ーー水魔法が使えたのだ、俺に使えない通りはない。

 いつか絶対に使ってやるぞ魔法……と心中で決意する。

 まだガッカリしているミキさんに声を掛ける。


「ミキさん、そんなに魔法が見たかったらミキさんも座禅してみればいいんじゃねーの?」


 ミキさんは深刻そうな顔で首を横に振る。何か理由があるのか。


「私、座禅に集中するとか絶対に無理。恥ずかしい」


 悪い、まともに考えた俺が馬鹿だったよ。

 よいしょ、と俺は腕を枕代わりにしてその場で横になり、目を閉じる。


「じゃあミキさん見張り宜しく、三時間くらいで交代ね」


「はーい。お休みー」


 湧き水のある拠点を出発してからの初めての睡眠。日課の座禅をせずに眠りについた。




 □□■




 見張りは一回だけ交代したが、何事も無く夜は明け、二人で一口だけ水を飲んだ後に、山の位置を確認してから山と反対方向に出発した。


 この密林は魔物が多いようで、少ない。

 一角ウサギだったりスライムなどの小型の魔物は見かけなくはないが、大熊や大蛇のような巨大な魔物とはミキさんと出会ってからは遭遇していない。

 そう考えると、俺は異世界に来て二日目にして中々見ることのない大物の魔物同士の戦いに遭遇してしまったのか。

 だがそれに俺は巻き込まれなかった。それだけは幸運に分類されるだろう。しかも大蛇の死体はかなり役に立ったし。

 白く輝く大蛇の牙を見る。これは魔物の骨に当たっても全く欠けないので、価値が高い。

 価値が高いといえば、ミキさんがゴブリンから奪ったナイフ。

 持ち手は皮で覆われていて、刃渡り十五センチと言ったところか。これも汎用性が高くて重宝している。

 ナイフを見る限り、ここは近未来系の異世界ではないようだ。まさかゴブリンがナイフを作っているわけがないし。

 人工物のナイフをゴブリンが持っていたということは、この世界の人間がこの密林に入り、殺されて奪われたのだろう。

 巡り巡ってそのナイフは異世界人のミキさんの手に収まった。顔も知らないナイフの持ち主だった者に感謝する。

 そのナイフで道なき道をミキさんが切り開きながら進んでいくのをただひたすら俺は付いていく。

 俺の手には錆びた銅の剣。中距離で使える槍は、水の入った果物の外皮に巻き付けている紐に差している。

 ザク、ザクとミキさんが行く手を阻む植物を切り裂く音だけが聞こえる。無駄な体力は消費しないようにということで、ミキさんとの会話は無い。

 ちょっぴり寂しいが、人が近くに居るというだけで安心する。

 青い空に、対の太陽が輝いていた。俺たちを妨げるのは魔物しか居ない。

 魔物しか居ない、かな。



 それからも、ひたすらに俺たちは歩き続けた。

 歩き続けて、何度も大変な目に会った。

 途中でゴブリンの家族に遭遇して、逃げながら戦闘とか。

 ふと上を向いたら牛のような大きさの鳥が巨大な芋虫を捕食していたとか。

 身体が半分溶けた魔物の死体が積み重なっているところに出くわしたとか。

 直接命に関わることは比較的少なかったけど、精神的にくるものが多々あった。

 魔物の襲撃は小型の者ばかりで、大体俺かミキさんの片方が相手して終わっている。

 全然関係無いけど、俺の戦闘力はこの異世界に来てから2くらいは上がってると思う。

 それは兎も角、道中は魔物との遭遇の連続だった。


 しかし、それらの苦労が報われるように幸運が起こった。

 水が泥で汚れていない、とても清らかな小川を見つけたのだ。

 小川とは言え、湧き水とは比較にならない量。

 湧き水にも劣らない透明度。とても綺麗だ。川底が見える。

 しゃがんで、川の水を手に取ってみる。ぬるいが、確かに水だった。

 思わず飲もうとしたところをミキさんに肩を掴まれる。


「待って。川の水ってそのまま飲むとおなか壊したりするらしいよ?」


 感動の出会いに水を差された気分になるが、冷静に考えると危なかった。

 川の水で腹に寄生虫が……とかは聞いたことある。


「じゃあ、どうする?」


「んー、水を沸かせればいいんだけど。容器が無いしねぇ」


 うーん、と二人して流れる川の水の憎らしげに見つめながら唸る。

 目の前に沢山水があるというのに。もどかしい。


「……しょーがない。身体を洗ったりするのに使おっか」


「はぁ、折角見つけたのになぁ……」


 飲み水として使わない。と決めたはいいが名残惜しい。

 残念だなぁ……と川面を眺めていた。

 するとキラリと光る、水の光の反射とは系統の違う光が見えた。

 もしかして。

 俺はおもむろに立ち上がり、光の流れた方に目を向ける。

 ……見えた。


「……ミキさん、この川、魚がいる!」


「え、うそ、マジ?」


 どれどれ、と覗き込むミキさん

 と共に水の中を注意深く観察する。

 そこにいた魚は地球の何処かにも居そうな、極めて平凡な魚のようだった。

 ミキさんは何も言わずに靴と靴下を脱いで、ジーンズの裾を捲り、武器を手に取って川の中に入っていく。うわー、この人やっぱり野蛮だー。


「うーーりゃ、うりゃうりゃうりゃ!うりゃあ!」


 川の水の中に向かって何度も楽しそうに槍を突き刺すミキさん。

 しばらくその様子を見る。

 楽しそうな顔は次第に苛立ちが混じる顔となり、ついには槍を突き刺すのを止めた。上手くいかなかったようである。

 息切れのせいで上下しているミキさんの肩をぽんと叩いて、俺が爽やかな笑顔を向けるとスネを蹴られた痛い!

 交代して、俺が挑戦することに。

 草の靴もどきから俺の足を解放する。すでに初日に噛まれた左足は元通りの肌を取り戻している。

 しゃあやるぞぉ!

 で、十五分ほど経って。


「………………………………」


「あははは!あはははは!ひー、ひー、はは、あははは!」


「人を指差して笑ってはいけませんよミキさん」


 結果は惨敗。知ってたけど。

 俺なんかより運動神経の良いミキさんが出来なかったことが、俺に出来る訳がなかった。

 しかも川底の石に生えてる苔で転んでびしょ濡れだ。俺が、だ。これこそ誰が得するんだ。


「うふ、ふふ。水も滴るいい男ってね!あははははは!」


「笑いすぎだぁあ!」


 おらぁ!と水を蹴り、ミキさんに掛けようとしたが余裕を持ってひょいと避けられる。

 びしょびしょに濡れてしまったシャツを脱いで絞る。下のジャージは乾きやすいタイプなのでそのままで大丈夫だろう。異世界に、密林に来てから身だしなみに関して元々無頓着だったのに更に悪化した。もう泥でシャツやジャージが汚れようと大して気にならない。汚れてない所が無いくらいだし。


 ボタボタとシャツから漏れる水が土に染み込む様子を見てると、ミキさんはまたどうにかして魚を取ろうと苦心している。

 槍を突いたり、剣で薙いだり、石を落としたり。しかしどれも徒労に終わっていた。


「あー、もー!なんで捕まえらんないのー!」


「これが取れれば今日の飯になるんだけどなぁ……」


 俺たちは一角ウサギなどの食料を捕らえることが出来ておらず、固い大蛇の燻製肉のかけらを二人で削りながら食べてしかいない。ミキさんも腹ペコだろう。

 どうやって捕まえようとさっきとは違う悩みでまたしても頭を捻っていた。


 すると、前触れもなく、先が見えていなかった川の下流から見覚えのある魔物が姿を現した。


 小熊だ。

 以前見かけた時と変わっていない。痩せている。


 俺は内心驚きながら剣を構え、ミキさんは冷静に槍を構える。

 小熊の方もこちらに気付き、下を向くようにしていた顔を上げて、俺と目が合う。

 俺は小熊に親しげな感情を覚えたが、あちらはそうでは無いだろう。問答無用で掛かってくるはずだ。

 密林を出ようとしてるのに小熊に会ってしまうなんてついてない。願わくば再会したくはなかった。


 殺しあう事になるから。


 だが、小熊は静かに俺から目線を外し、川にジャバジャバと入っていった。

 それを見てもなお警戒する俺とミキさん。何か有るのかもしれない。どう動く。

 川に四肢を浸けて、小熊はじっと水面を見つめる。

 数分経っただろうか、小熊を睨む俺たちと、水面を見つめる小熊に動きがあった。

 段々と警戒が薄れてきた俺たちの武器の先が地面を向き、関心は小熊の動向に移っていた。


「ねぇ十河くん。もしかしてあの小熊」


「ああ、多分魚を取ろうとしてる」


 取れるのか?と会話を交わして疑問に思った瞬間、小熊が腕を振るった。

 決して過去に見た大熊の剛腕ほどではなく、緩慢と言える早さだった。しかし腕が振るわれた先の空中には自由を失った魚が居た。


『おお~』


 場違いに感嘆を声を上げる俺たち。

 川から出た小熊はピチピチと跳ねている魚をそっと咥えると、こちらに歩いてきた。

 …………え?

 ミキさんは「やばっ」と言いながら槍を構え直す。

 それに反して俺はもしかして、と考え、戸惑う。

 童話じゃあるまいし、そんなことが、あるわけないのに。


「ちょ、ちょっと十河くん!?早く剣を構えて……!」


 ミキさんが横で叫んでいるうちに、武器を構えてさえいない俺の目の前までに小熊が来る。


 すると小熊は、そっと俺の前に魚を置いた。

 俺は、驚いているつもりだったが、驚きよりも腹の底から沸き立つような、こそばゆい喜びの方が勝っていた。


「ははは……すげーな、お前、マジで」


 つまりこれは鶴の、ではなく熊の恩返し。

 あの状態で俺がダンゴ虫を近づけたことを憶えていたのか。

 感心を上回って、尊敬に値する。


「え、どーゆーこと?なんで?」


 横に居たミキさんは何のことかわからず、困惑していた。

 魚を置いた小熊は俺の顔をじっと見つめて、「ぐおぉ」と小さく吠えると歩き出し、密林に姿を消した。

 俺は表しきれない嬉しさについ頬を緩ませながら、まだ元気に跳ねている大きな魚を拾い、呆然としているミキさんに得意気な声で話し掛ける。


「さて、メシにしようか」




 ▽▽▼




 掻き集めた枝葉に火を付け、小熊がくれた魚を丸焼きにしながら事の顛末をミキさんに語った。

 話を要約すると。俺が座禅した後に、死にかけていた小熊が居て、そんな小熊にダンゴ虫をあげる……というあまり格好のつかないエピソードであったが、


「へー!へー!凄いじゃないそれ!」


 ミキさんは大興奮であった。好評でなにより。


「そういうの良いよねー!身分違いの恋とか、相入れない者同士が和解するとか!」


 キャーッと言って、太ももをバシバシ叩いている。おいそれ女子の反応じゃねぇぞ。

 意外と乙女チックな話だったり、熱い展開とかが好きらしいミキさん。

 俺も嫌いではない。しかし「人生そんな上手く行かない」と読んでる途中で悲観的になってくるのはしばしばあった。そんなことを言ったら殆どの娯楽作品が否定されることになってしまうけども。

 俺は身振りそぶりを加えて喜びを表現する。そんなことじゃ伝えきれないが、少しでも喜びが伝わって欲しいから。


「いやー、嬉しかったなぁ。なんつーの?こう、ぶわぁって鳥肌が立つ感じのアレ」


 鳥肌が立つ、の意味は恐怖の方で使われるのが一般的らしいが、事実だったのだから仕方ない。


「はぁ~、いいなぁ。私もそんな感動ストーリーを育みたいな~」


「その前にこの密林を出なきゃ、だろ?」


「……………ぷっ、クサ」


「こ、この野郎……!」


 焼きあがった魚を奪い合いながらーーと見せかけてほぼ平等にーー食べると、湧き水の拠点に生えていた木に似てる木があったので、そこで俺たちは寝ることにした。勿論、別々の木で。


 昨日出来なかった座禅を行う。

 心を、精神を落ち着かせながら今日の事を思い返す。

 密林の道々は危険に溢れていて、抜け出すのは困難かもしれない、死ぬかもしれないと道中何度も思った。

 だけど、小熊が魚をくれた。それは、心の底から感動させて、震えさせた。そこには心の交流があって、異種族の温かみに触れた気がした。

 だから無事に、密林を抜け出すことが出来るかもしれない予感がする。


 ……生きている事に感謝を。


 ……出逢いに感謝を。


 そのまま、意識を「無」へと落として、ゆっくりと意識を手放していった。


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