決定
食事中は見ない方がいいシーン微有り
浅く息を吐き出す。
今は木が不自然に密集している草むらの、草が刈り取られた空間の中に居る。
俺の手には昨日倒したゴブリンから得た錆びた銅の剣。グリップの部分は銅がむき出しになっており、冷たい。腰には大蛇の牙を差している。
隣には三本目になる木の槍を持って屈んでいるミキさん。その顔に緊張の色は無い。真剣そのものだ。
俺たちの視線の先には二匹のゴブリン。昨日俺たちが殺したゴブリンを探しに来たのだろう。
ゴブリンの服装は腰に最低限の布を付けているだけ。昨日の奴と同じ。
二匹の特徴はそれぞれ頭の形がやや歪で大柄な奴と、ゴブリン特有の四本の指の手にナイフを持った小柄な奴だ。
「ミキさん、右の、ナイフの方をお願い」
「おっけ。その武器で大丈夫?」
銅の剣を見て、不安そうに心配してくれるミキさん。
「大丈夫、いける」
「りょーかい。じゃあ倒したら加勢するね?」
その前に倒すって言うのはカッコつけ過ぎかと思い、自重する。
俺たちは左右に分かれ、ゴブリンらの横手に移動する。
出る合図は、ミキさんが投げた石が地面に落ちた瞬間。
大柄なゴブリンの動きを見逃さないように見つめ続ける。
合図が来るのをひたすら待った。
静かに、石が上に上がったのを視覚する。
弧を描いて、重力に従い緩やかに落ちる石。
丁度二匹のゴブリンの間に、音も無く落ちた。
「やぁぁああ!」
気合一閃、ミキさんが飛び出し、それに続いて俺は静かに草むらから出る。
これは昨日までの連携での役割分担だ。ミキさんが敵を引きつけ、その隙に俺が数を減らす。
二匹のゴブリンはまんまとミキさんに意識を向ける。人間の雌だとわかった途端、嬉しそうに、喉の潰れた声を出す。
下衆め。昨日のゴブリンと同じか。昨日は我を忘れてゴブリンを殴り続けてしまった。
俺は手にしていた銅の剣の柄を左手で握り、柄頭に右手を添えながら大きく振りかぶり、俺に背中を向けた大柄のゴブリンの首に目掛けて深く突き刺した。剣は首を貫通する。
人間ならばそれで終いだろうが、驚くべきことに魔物であるこいつらはゴキブリみたいな生命力で、すぐには死なない。
剣を引き抜きつつ、素早くバックステップ。
ミキさん指導の元で身体を鍛えている効果が表われているようで、動きが自然とこなせるようになった。
一方ミキさんは槍でナイフを持つ奴の目を潰したようだ。ナイフは離していないが、目を抑えて苦しんでいる。
「ギィラァォアオオ!」
大柄の奴が雄叫びを上げて振り向き、俺に怨嗟の目を向ける。まるで一角ウサギの時のよう。
だけどもう、慣れてきた。
喉を抑えながらも大股で向かってくるゴブリンから俺は背を向けて逃げる。
罵声を背に受けながら、木と木の間を飛び越え、罠へと誘導する。
ここら辺はもう俺とミキさんのテリトリーで、罠の位置も把握済みである。
「ギィアォア!?」
見事ロープに引っかかり、無様に転ぶゴブリンを確認した俺は反転してゴブリンに走る。
腰に差していた牙の先を下に構えながら、落ちていた石を拾う。
立ち上がろうとしたゴブリンの頭蓋に牙の先を立てて、石を牙に叩きつける。
メリィッと厚いゴム質のものを千切ったような音がする。
昨日倒したゴブリンから魔物にも脳があることは判っている、つまり頭への攻撃は有効だろう。
さっきと同様に、深く突き刺さった牙を引き抜き、下がる。
二、三度。痙攣するゴブリン。しかしすぐに動かなくなった。
「十河くんっ……てありゃ、終わった?」
牙や剣についた血を葉でぬぐっていると、傷一つないミキさんがひょっこりとやってきた。手にはナイフを握っている。既にもう片方のゴブリンは倒したようだ。
「終わったよ。はぁー、疲れたー」
「お疲れー。んじゃ、こいつらの死体片付けよっか」
片付けるといっても、俺が見つけた、魔物が冬眠していたと思われる穴に投げ入れるだけだが。
大熊の死を見届けた日から三日が経つ。
拠点に猪の様な魔物が罠を気にせず突っ込んできて、二人で「肉塊」の時みたいに木の上で震えていたり、服の換えが無いので見張りを交代しながら服を湧き水で洗っていると、ミキさんが洗っているタイミングでスライムが襲ってきて、なし崩し的にラッキースケベを経験してしまったりした。
ちなみに随分と一昨日の夜はそれをネタにからかわれました。
昨日はゴブリンが一匹で拠点に紛れ込み、二人でなんとか倒すことが出来た。ミキさんに覆いかぶさったそいつを見た俺は頭に血が昇り、夢中になってボコボコにした。
それも昨日の夜、感謝されながらも笑われました。
今のところ、なんとか順調に生き延びている。
▽▽▼
ゴブリンの死体を協力して片付け終わり、拠点に戻る。
もはや日課となりつつある罠のチェックと作成をしながら今後について話し合う。
大蛇から抜き取った背骨を先程のナイフで削りながらミキさんが言う。
「昨日の朝にねー、十河くんが言ってた高い木に登ってみて気付いたんだけど、あっちの方に山が見えたんだよね」
あっち、と大熊が死んだ場所の方角を指差すミキさん。
「でね、山が見えたんだったら逆の方に歩いていけば、密林を抜けられるんじゃないかなーって思ったんだけど、どう思う?」
「うーん。ここで生きるのも、限界があるだろうしなぁ、そろそろ移動する?」
悩む。非常に悩む。
燻製にした大蛇の肉は残してあるが、他の食料は木の実だけだ。
それに今のところ、水を入れるものが少ない。
偶然見つけることが出来た、大きな果物の外皮は硬くて軽く、水を入れるにピッタリであったが、かさばるという欠点もあり、やはり量には限界がある。
もしこの場を出発して、密林の外に辿りつかなかったら大変なことになるのでは?
うんうんと唸っていると、ミキさんが先を尖らせた骨を満足そう眺めながら言う。
「もしも密林の外に出られなかったらどうしようって考えてる?ここに居ても野垂れ死ぬだけだと思うけど?」
一理あるが、やはり不安だ。
俺たちが生き残れたのはこの湧き水あってこそと言っても過言ではない。
湧き水に手を入れて掬って飲む。やはり冷たくて美味しい。
これが無くなると思うと、寂しいどころではない。
しかし、まぁ、行動すべきだろう。
現状維持は後退だとよく言うしな。
「…………わかった、じゃあ明日の朝に出発しよう」
「よっし!お姉さん頑張ってもっと武器作るぞー!」
「いや、もう、いいんじゃないですかね……」
武器を作るのは男子の本懐と思っていたが、ミキさんはそういうのが男子である俺よりも好きらしく、様々な武器が作り出している。とはいっても殆ど原始的な物ばかりだが。
鼻歌混じりでナイフを使い、骨や木を削るミキさんを見て、心は穏やかになる。
なんだかんだでミキさんは俺の心の清涼剤になってくれている。もし一人だけだったらどれだけ心が荒んでいただろうか。
その前に死んでいたか、と思い直す。
□□■
銅の剣を持って、拠点から少し離れた場所へ行き、一応ミキさんが居ないことを確認してから木をよじ登って、座禅を始める。
座禅を続けたのは正解だった。
最初は魔法がこれで使えるようになったらいいなーという不純な動機だったが、意外とこれにハマっている自分がいる。
この異世界では、良くも悪くも俺を縛るものは無い。
嫌なことは全て忘れ、邪念を捨てて、心静かにすることは予想以上に精神を落ち着かせてくれる。
それともう一つ。これが重要だ。
なんと座禅してる間に周りのことが目をつむっていてもなんとなく知覚出来たのだ。多分、であるが。
昨日の夜、夜寝る前に座禅をしていると、近くに「なにか」違和感を感じた。
うっすら片目を開けて見てみると、子猫サイズのバッタがいた。
その時はひぃやあと情けない声を出してバッタを蹴り飛ばし、心臓をバクバクさせてもう座禅どころではなかったが。
だが、バッタを知覚できたことにその時は気付かなかった。朝になってそういえば、と気がついた。
今はその実証してる最中である。
適当に捕まえた虫を木の枝に置く。
そして座禅をする。
集中し、目の前の虫がいることを知覚する。
……が、おかしい。
普通に出来ない。
「あー、おかしいなぁ……あの時は確かにわかったんだけどなぁ……」
仕方ない、と虫を指でピンと弾き飛ばしてから、居住まいを正して座禅を再開する。
ふぅーっと腹から息を細く吐き、俗に丹田と呼ばれるヘソの下にあるとされる架空の臓器に力を込める。
この丹田に力を込めるって格闘マンガとかでよく見るけど、何か良いことがあるのだろうか。わからん。
己と、自然を一体化させる。
頭の中を空っぽにして。
勉強の成績が芳しくなかった俺の脳みそにとっては造作もないことだ。
ポカポカ、というよりチリチリと身体が火照る。
芯から温まるのではなく、皮膚が焼けるような………
「暑い……」
目を開ける。
いつの間にかに最初の頃から対の太陽の位置が変わっていて、日光が俺の身体を焼いていた。
「ふっ、日光と一体になるのはまだ先のようだな……」
なんつって。ごめんなさい。
潮時と感じたのでそそくさと木から退散することにする。
銅の剣を脇に挟みながら、登る時よりも慎重に降りて、周りを見る。魔物は居ないようだ。
さて帰ろうとした途端。
ガサッ、と何度目かになる音が耳に入る。
即座に降りた木の陰に隠れる。
戦う準備じゃない、逃げる準備だ。
ミキさんと俺は魔物と数回遭遇しているが、全てと戦っていない。むしろ逃げた方が多いくらいだ。
方針として、得体の知れないものや純粋にデカくて強そうなものからは逃げるようにしていた。
別に俺たちは戦うことを誇りとした戦士でもなんでもない。危険を冒して戦う必要などない。
もし気付かれたとしても逃げられるような体勢で、木陰から様子を伺う。
まだ正体は見えない。
俺一人でも倒せる小型の魔物の可能性が七割くらい。
ミキさんと協力して倒せる中型の魔物の可能性が一割くらい。
俺とミキさんが一緒に掛かっても倒せる見込みのない、大型の魔物の可能性が一割くらい。
そしてそれ以外のなにかが、残り一割。
さぁ、どれだ。
緊張は、する。
ミキさんはもう完全にこの環境に慣れきったようだが、俺は元々インドア派寄りの浪人生だ。殺伐としたこの密林に慣れたというほどでもない。
だが、やらなければ死を意味する。
俺は、生き残ってやるぞ、来い。来い。
来い………!
姿が、見える。
黒毛で、明らかに痩せ細った、見たことのある子熊だった。
▽▽▼
ふらふらと覚束ない足取りで、目を下に向けたままゆっくりと歩く子熊。
肉食の魔物の覇気など全く感じられない。ただ生きているだけ、そんな風に感じる。
身体がよろめいて倒れかかるが、木に身体を寄せてなんとか踏みとどまった。
しかしそこで脚の力が抜けたらしく、無様に転がった。起き上がるどころか身じろぎすらしない。
死んだか?と思い、静かに近付いていく。呼吸はしていた。
だが反応は無い。
警戒しつつも、顔を覗き見る。
生気が根本から抜け落ちた、死を目前にして、あきらめている目。
銅の剣で身体を小突くと、僅かに手を動かそうとするが、すぐにその手は虚しく地面を叩く。
「おい」
声を掛けてみたが、何もする気が無い。
もう一度、剣で小突く。
抵抗すらしなくなった。
……ここが限界なんだろうな。
恐らく親である大熊が死に、あの様子なら自分の体調はお構いなしに薬草を大熊の傷口に塗り続けただろう。
子熊の肋骨は浮き出て、脚は細く、呼吸は不定期で不自然。もう半日もしない内に死ぬかもしれない。
俺は苦しんでいる子熊を、殺そうか悩んでいるところだ。
少しでも生きる意思があるのだったらほって置くだけ。
だが、死にたいと思っているのなら、その苦しみから解放させてあげたい。
エゴイズムな考えかもしれない。苦しみから解放させてあげようなんて、なんて上から目線なんだ、と思わなくも無い。
どうしようか。
殺すか、無視か。
俺の将来を左右するような二択ではない。無視しようが殺そうがほとんど無関係だろう。
殺すこと自体に抵抗はない。ただ、俺の命を奪いにきたわけでもない力無く横たわるものを殺してもいいのだろうか。
ここ、密林にルールなんて存在しない。俺が好きに振舞ってもなんの問題も無い。
「くぉん」
小さく、子熊が啼く。
口をパクパクと開けて、身をよじっている。
なんだ、と思い目線を巡らせると、子熊の口と目の先にミキさんが俺の鼻に詰めようとした大きなダンゴムシがいた。
ダンゴムシの動きは緩慢で、どんな動物でも捕らえることが出来そうだ。
しかし、子熊の口は数センチ届かない。土を食んでいるだけだ。
哀れに思えた。それと同時に、湧き上がるような感動を覚えた。
俺がこうだったら、どうだろう。
四肢に力が入らず、身じろぎもままならない状況でなお生きようとするだろうか?
施しだ。自己満足の塊の行動だ。そう思いつつ、草の靴を履いた足でダンゴムシを口に近づけてやる。
子熊はダンゴムシにがぶりと喰いついた。
虫の捕食場面など見ていられないはずだが、俺は目を逸らさない。
ダンゴムシの中腹から、ボリボリと喰らっている子熊。
子熊は、生きるのに必死だ。
生きる為に、必死にダンゴムシを咀嚼する。
「……かっこいいなぁ、お前」
自然と子熊の頭を撫でる。ゴワゴワとした手触り。温かい。
ダンゴムシを食べ終わった子熊は、スー、スーと落ち着いた呼吸で眠りについていた。
足をもいだりして動けなくした虫を少しだけ置いてやって、拠点に戻ることにした。
生きたいからには、生きろよ。
後ろをチラチラと気にしながら歩いて拠点に戻った頃には既に周りは夜だった。
密林は……まだ出れません




