プロローグ
拙い文章で、つまらない出だしかと思いますが、読んでいただければ。
一章を乗り越えれば後は比較的楽に読めると思います。
「ありあとござしたー」
やる気のないバイト店員に心の込もってない感謝を述べられながら出口に向かって歩き出す。
ふと、ガラスに映った俺の姿が目に入った。
168センチの微妙な身長。
61キロという痩せすぎても太りすぎてもない至って普通の体重。
極めつけに、老け顔で、常に目の下にクマのある虚ろな目。
常時怒ってるように見える一重瞼。
それらを備えた顔面は誰からも警戒される。
俺は自分の姿が嫌いだ。
ビニール袋を指に掛けて無駄に冷房のきいたコンビニから外へ出る。例年にみないほどの高い気温だと言う、湿度の高いむせ返るような空気。
「………くっそ暑ぃ」
手にぶら下げたビニール袋の中はアイスと、菓子数種類。
別に菓子やアイスが好きなわけではないのだが、漫画を立ち読みして何も買わずに帰るというのも悪いかと思って買った。
本心は漫画だけ読んで帰った時の、店員の目線が嫌だった。
何もしたくない。生きるのも、死ぬのも面倒だ。もちろん勉強もする気は起きない。
現役で大学に進学したやつらはコツコツと必死こいて勉強してたんだろうと思うが、自分の実態はこんなもんだ。
昔から努力から逃れたいばかりに、非効率的に掃除をだらだらとしたり、とっくにクリアしているゲームなどを引っ張りだして、存在しない暇と言う暇を潰していた。
「笑えるな……」
今でも「休憩」と言って家を出て、今週号の週刊漫画を読むという体たらく。部屋にはそうやって積みあがった漫画の塔の建築中だ。
意識はしてるが、人生そのものがどうも人事の様に感じてしまってやまない。
周りには見放されてる。俺を助ける気もない、俺の悩みがわからない連中にどんなに思われていても痛くも痒くもないが、それを自覚するほど孤立していくようだった。
少しの努力でその分野を完璧に出来るやつもいるし、数学やら国語やらの科目のどれかが好きでそれを一生懸命出来るやつもいる。この制度は完璧じゃない。
努力出来る才能を測るのだったら他にも方法がある。と、思ってる。
だけど、それを差し引いても俺には何もない。
知的好奇心はない。
何かに対して興味というのは尚更ない。
何もかもできる気がしない。
ないない尽くしの自分が、どうして受験勉強に真剣になるだろうか。
どっかの地方の伝統工芸品をつくる技術を磨いてその道の職人にでもなるのがマシだ。
失礼なのかな。知らねぇけど。
仲良くお喋りしながらカップルが目の前を通る。つい舌打ちして、ジロッと睨んだ。彼氏の方が気付き、こちらに視線を送ることなく、さり気なく自分を壁にして彼女を隠した。
いやぁ紳士的だね。
……ほんと俺は、醜いな。
きっと神様というのが存在しているなら、俺は見捨てられているのだろう。というよりも、見捨てられただろう。
あぁ、面倒だ。何もかも面倒だ。
信号待ちをしながら足元にあったコンクリートの欠片を蹴っ飛ばす。
何度か不規則に跳ねたコンクリートの欠片は道路へ転がっていき、車に轢かれた。
「あーあ、異世界トリップでもしてーなぁ」
そうぼやき、ちょっと世界に異変が無いか待ってみる。
……別に何も起こらなかった。
□□■
外とは違い、涼しくて快適な空間。
家の中。さらに言うと私室の中。
無駄に高級な座り心地の良い椅子の上で、何もできずに座っていた。
この高級椅子は父親のお下がりだ。「ボロくなったからやる」と言われたので遠慮なく貰って使っている。
「あー、かったりぃ」
不満を声に出して言ってみる。
両親には予備校に行けと言われたが、こっちのほうがのんびりと出来る。
建前的には「集中できる」だ。
世界史のノートの文字を眺めるが、目が滑って仕方がない。全く内容が入ってこない。
「はぁ……無駄だよなぁ」
受験まで残すところ半年と少し。終わる気がしない。だからやる気が出ない。
椅子の上でふんぞり返ると、椅子が軋む音が響いた。
「……なんでだろうな」
出来るやつと出来ないやつ。
出来るの基準が受験に合格であるならば、大半の人間は出来るんだろう。
妥協されない。逃げられない。
そこに出来、不出来の有無はない。本当に嫌になる。
俺はただ堕落していくだけなのだろうか。
そんな風に腐っていると、スマホが振動し、通知がホーム画面に現れる。
大概は企業アカウントの宣伝だが、一応見てみる。
『どう?勉強してるかー?』
『勉強漬けの十河雅木くんにハッピーな知らせだ!俺に彼女が出来たぜうおおおおおおお!!』
『てのは置いといて』
『来週の月曜、同窓会やろうぜってことになったから来いよ!』
『たまには息抜きしたっていいだろ。返事は明日までにヨロシク!』
イニシャルが名前になってるから誰か理解するまで時間が掛かった。たしか、飯田だ。
明るいやつで、勉強が出来て、顔は中の下ぐらいだが、良いやつだった。
あまり人を寄せ付けない俺にも明るく接してくれた。
まぁ、嫌味にしか感じなかったんだけど。
「……嫌味かよ」
思考を頭にとどめるのが嫌で、あえて口にする。
そう言う自分に嫌悪を感じる。俺はクズだ。それが俺の拠り所なのかもしれない。
簡潔に返事を返しておいた。
『済まん!その日模試がある!あああ、むっちゃ行きたかったなあ!くそう!済まん!』
自分が行って、喜ぶ人間はいるのかわからないので、内容はこうしておいた。
あと、模試なんて無い。
その後、飯田からの返信はスタンプのみだった。
予備校の課題として出された数学の問題を、得意なところだけ進めていた。
勉強を始めて一時間経ったくらいの頃に、塗装の剥がれたシャーペンを投げた。
「……もう、いいや。今日はなんだか頭が痛い」
そういうことにして、ベットに身を沈めた。
現実から目を逸らすように、意識はすぐに溶けて無くなるのを感じた。
………
…………………
…………………………………
「……ん?」
目を開き、覚醒したのだが「目覚めた」という感覚ではない。
というか、立っていた。
ベッドに潜り込んで寝ていたはずが、地に足を着けて立っていた。
周りを見るまでもなく、そこは自分の部屋ではないことがわかる。
「はっ……?」
どこまでも続く、白と水色が混ざったような淡白な色の世界。天井は見えず、空というものでもない。
この空間に限界があるのかさえ分からない。
壁は見当たらず、立っている地面も同じ色で、そこが本当に地面なのかもわからなくなりそうだ。
そして、周りには老若男女問わない様々な人で溢れていた。
ありえない現象に出くわしたことを認識して、鳥肌が立つ。
もしや、これは、そうなのでは?
異世界、に転移とか。
そういうイベントなのでは?人生の転機なのでは?
すでに頬はつねり、明晰夢ではないことは確認済みだ。
周りの人間は困惑してる表情を浮かべているのがほとんどだが、笑っている人間も少なからずいる。分かる、その気持ち。
人生で味わったことのないワクワクを感じている。
そして、唐突にそれは始まった。
「はー、い。どう、も。神様ーなんだー」
□□■
マイクの調子を確かめるように、意味の無い発声をしてるかのように。その声は一方的に喋りだす。
「あー、あー、日本人の皆さんですだねー、先程も申しましたんが神様だろー?突如として困ったと思う所存、であり、と思うが、聞いてちょー」
声だけが響いてきた。耳で聞き取っているのかわからない。
その声はボーカロイドのような機械的な音で、現実味を感じさせず、不快感を憶える。
ぐちゃついた、日本語かどうかも怪しい言葉で神様を自称する何かが語りかけてきた。
ざわついていた一同は発言を止め、不安と恐怖を表すようにゆらゆらと揺れた。直後、どこからか大声があがる。
「おい!私は会社の仮眠室で寝ていたはずだぞ!これはなんだ!テレビの企画かなにかか!」
その声の方に目を向けると、スーツ姿のいかにも仕事が出来るような男が青筋を立てて叫んでいた。
表情は憤怒そのもので、顔色は真っ赤になっている。それが淡泊な色のこの場と対比になって、なんだか少し面白かった。
すると周りの人間も叫びだした男を皮切りに、自分の思いを丈を叫びだす。
「俺もだ!明日彼女とデートなんだよ!」「息子の弁当を朝早くに作らなきゃいけないの!」「ここはどこなの!?」「会社に行かなくちゃいけないんだ!」「なんなの!貴方だれなのよ!」「父の面倒を見てるんだけど」「返して!返して!家に返して!」「私が居なかったら皆が困惑する!」「うぁぁあん嫌だぁぁあお母さぁぁあん」「どうやって俺の家に入ってきたんだ!」
騒ぎはどんどん広がっていく、阿鼻叫喚ってとこだろう。
俺は冷静でもなかつたが、叫びたいことがある訳でもないので、どうしていいかもわからず、ぼおっと突っ立っていた。
周りのみんなは、やりたいこととか、やらなきゃいけないことを認識してるんだなと相変わらず卑下していた。
「う、るさーい」
そう聞こえたと思うと、狂ったように叫んでいた人間たちが。
爆裂した。
べちゃりと、辺りに血や臓物などの、人間を形成していた物が音もなく飛び散る。
地面は紅く染まったが、すぐに白の地面に吸収されていって、元の色になった。
一瞬にして、静かになった。息すらできない恐怖が蔓延する。
さっきまでの喧騒が嘘だったかと言わんばかりに、この空間は静まり返っていた。泣き声を漏らさないように口を手で抑える人もいる。
「はい、いま、多数の質問を受けたしたよー。話します。えー、なんと言いますかー、あんたらは私、のおもちゃだ」
そして何もなかったかのように何者かの話が始まった。
俺の右腕には、さっきまで隣で泣いていた男の子の血がついている。
けど、それもすぅっと消えた。
「おもちゃなのに、そこの人間は凄い。神の領域の六十歩手前くらいにらせまっていた」
「でね、おもしろくなっ、てな。ま、遊び、てぇのよ。です」
「だが。人間なこのまま、だと死のゴールへ勝手にいっ直線。どぼーん」
「ですだから、手を出す。ってことに。拾うん、じゃ」
「持ってき、しーます」
「ぼくの朕のおも、ちゃですし?」
状況についていけない。
人が死んだ。あっさりと。そして人など居なかったように血の残り香さえ、無い。
おもちゃ?手を出す?姿も見えないコイツは何を言ってるんだ?
皆一様に戦々恐々としてる中、誰かが声を発する。
弱々しく、独り言のような音量だったが、何故かはっきりと聞こえた。
「……なぁ、さっき、あんた。神様は、日本人と確認したよな? 俺たちだけなのか? 俺たちをどうする気なんだ?」
恐る恐る、といった風に震えながら手を挙げて、メガネを掛けた青年が質問していた。
目測で青年との距離はかなりあるはずなのに、何故か彼の声ははっきりと聞き取れる。
「はーい、応えます。答えます。この場所、姿、日本人限定です。多神教というか無宗教というか隙が多いらしいで、ワイに、こんな感じで。ね」
つまり。他の国や宗教ごとに違う場所で、違う姿でいるということ?全世界で起こっているってことか?
わからない、わからない、わからない。訳がわからない。
「あとー、地球のー、日本人のー、人数のー、そこそこを連れてきた。よー」
「大丈夫! 改変した。貴方たち、最初から居ないことになった。かもしれねー」
「安心のアフターケアだす」
「ところで、沢山むっささっき殺したけど。残りの皆、さんには、さい、異世界に行ってもらい、ます」
「理由は、まぁ、異世界行きてー、っておもちゃが多いし。いまも」
「実際やってみた、ら。どう、かなー、ていうのー?観察ですな、観察」
「てかー、実験です」
「魔法あり、科学なし、チートなし、死ありあり、涙あったりなかったり。の、冒険に出て貰うます。良かったね」
「楽しみ、だなー。これは、何人生き残るっかなー。ただの人間はどこまで行けますのです? どうしますの?」
「そ、れ、とー。科学を、持ち出すのは禁止だってぇ。あと、生き残る意志、無いのも禁止ー」
ボンっ、というさっきも聴こえた音がする。また、かなりの人数が爆裂した。
人事みたいに、ああ、俺は大丈夫だったのか。なんて思った。
「はい、間引いたぞ、よ。異世界の設定は、みんなで、考えたやつ混ぜあわせたやつ、らしい、ですから。頑張れ。あ、あ、あ、優しっ」
呆然とする。
異世界?
想定していた。というより、想定してしまっていた。
それが、望まない形で行われようとしている。
「……なんだよそれ」
もっと、女神が異世界を救って欲しいとか言って、見送ってくれるんじゃないのか?
神様が手違いで殺してしまって、お詫びに異世界にチート付きで転生させてくれるんじゃないのか?
こんな、こんな訳のわからない状況で、異世界へ、だって?
「待ってくれ」
俺には、この世界でやり残したことが。
「行って、らっしゃーい」
……あるのか?
何も納得しないまま。
何も理解が出来ないまま。
強制的に、俺の意識は暗転していった。