閑話04:怒涛のメリー・クリスマス(2013.12.23)
季節物のIF話です。
※本編に2013年12月23日に掲載したものを、転載しております。
深く考えずに、思った事を素直に口にしてはいけない。
いや、聞かせてはいけない相手が居る。
ヒナコにとってその相手とは、タツルであった。
「サンタクロースの本場って、フィンランドだよね?きっと幻想的なんだろうねぇ」
この一言が切っ掛けだった。
折悪しく今年の12月23日は金曜日、呟いたのは木曜日の午後であった。
一日を終え職員玄関を出た所に、タツルが待っていた。
「あれ?加藤君、まだ帰っていなかったの?」
「佐々木センセを待ってました」
すでに日は落ち、頼りない街燈の下の花壇に腰掛けていた生徒が、にっこり笑いながら立ち上がる。
「何か用かな?」
無警戒に近づいたヒナコと、街燈の灯りから外れるように後ずさったタツル。
誰かが見ていたとしても、この暗さでは二人の顔の判別はできず、待ち合わせした男女が一緒に帰っただけにしか見えない。
そのまま正門ではなく、わざわざ人通りも灯りも少ない裏門に向かって歩くタツルの後を、ヒナコは何の疑問も持たずに付いて行った。
案の定、輪郭も曖昧な暗がりに、車が一台ひっそりと控えている。
「どこへ行くの?」
不審に思うことなく車に乗るヒナコ。
キョトンとした顔を見ながら、タツルはうっとりと微笑んだ。
「着いてからのお楽しみ。園生、出して」
釈然としなくても『いつもの事かな?』と、どこか呑気に構えていたヒナコは今、目の前に広がる光景に、さすがに呆然とした。
可笑しいと訝しんだのは、一度や二度ではないが、さすがにここへ着くとは思いもしなかった。
そこは――――
雪に静まり返る、森と湖の国。
「イルミネーションが綺麗だね、ヒナコさん」
白い息を吐きながら、空々しくも笑んだ顔は美しくて。
ポカンとしたままカックンと頷いてしまったヒナコは、どこの時点で負けていたのだろう。
それでも、幻想的な灯りに照り映える異国の街並みに目を戻せば、ここは素直に感動しておかなければMOTTAINAI!感情がジワリと広がり、もう一度小さく頷いた。
情景にうっとりと見入るヒナコの手を引いて、その日はそのままホテルへチェックインする。
翌朝、サンタクロース村へ赴いて、サンタクロースに会った。
犬ぞりは時間的に厳しく、オーロラはタイミングが悪くて断念したが、23日の夜はガラスのイグルーに泊った。
24日は、ヘルシンキへ戻る。
こちらも負けず劣らす、市内の至る所がクリスマスに彩られていた。
広場での催し、出店、屋台、教会では聖歌隊やクリスマスコンサート。
二日間、駆け足であったが、時間が許す限り、あちこちを見て回った。
そして24日の夜。
キャンドルの揺らぐ明りが灯されたテーブルを囲む、静かで暖かな晩餐。
時間を惜しむように、ゆっくりと食事をする。
思い出と言うにはまだ新し過ぎる二日間を語りながら。
日付が越えたことを、教会の鐘の音が告げた。
「メリー・クリスマス」
差し出すグラスは、どちらのものだったのか。
微炭酸の液体を飲み干し、余韻に浸る間もなく、まとめてあった荷物を抱えてスオミを後にする。
行きと正反対の旅程なのに、飛行時間は同じなのに、ヘルシンキを発って成田の地を踏みしめるのに、ほぼ一日が費やされた。
飛行機に乗ってすぐに寝てしまったヒナコは数時間で起こされ、成田に着くまで寝かせてもらえなかった。
ゆえに空港を出て車に乗った時、半分眠りかけていて、気付いたらタツルのマンションだった。
色々と葛藤を感じたが時すでに遅く、何度目なのか数えるのも馬鹿らしい諦めの溜息を吐いて、気持ちを落ち着ける。
夕食は機内で簡単に済ませていたが、ダイニングには軽食が用意されていた。
盛り付けも飾りもクリスマスを締め括るのにふさわしく、目まぐるしかった二日間の名残を求めて、二人は席に着いた。
「改めて、メリー・クリスマス」
傾けたグラスの中身が喉を通った後、またしてもヒナコの意識は途切れた。
次の日、何事もなかったかのように、いつもの毎日が始まる。
週の出だしは、朝帰りの様相を呈していたが……
<裏話>
パスポートは、園生が受け取りに行きました。
言い訳は、修学旅行の下見に行く予定だった先生が体調不良で、急遽ヒナコが行くことになった、とか何とか、うにゃうにゃ。
<旅程>
22日:18時、成田発のチャーター便。ヘルシンキ空港20時間30分着、ヘルシンキ市街入りは21時過ぎ。
23日:ラップランドのロヴァニエミへ移動、サーリセルカに宿泊。
24日:ヘルシンキへ移動、市内観光。午前零時に乾杯後、空港へ。
25日:午前3時ヘルシンキ発のチャーター便、20時に帰国。