閑話02:ホワイト・デー(2013.3.14)
あくまでIFのお話です。
本編022、023辺りの関係性の二人がホワイトデーを迎えたらこんな感じになるのかな?と思い付きました。
※本編に2013年3月14日に掲載したものを、転載しております。
木曜日の受け持ちは午前中で終わるヒナコは、午後からは翌日以降の授業の段取りを組む予定でいた。
お昼休みのチャイムを合図に21Rを後にし、準備室に戻る。
無人の準備室は施錠してあるので、鍵を取り出し差し込もうとしたところで内側から開いた。
「え、えぇ~?」
驚きの声は、内側から飛び出してきた人物に腕を取られ、薄暗い廊下に長く尾を引く。
「か、とう、くん?」
半ば抱えられる様にして運ばれる中、なんとか誘拐犯に真意を問おうとするが、名前を呼ぶのが精いっぱいだった。
何故なら、最短距離で裏門に連れ去られ、手回し良く待機していた車にあっという間に乗せられてしまったから。
シートに収まり、車が発進したところでようやく二人の顔が向き合う。
「……これはどういうことですか?」
つとめて低い声を出すが、受ける側はどこ吹く風の頬笑みをたたえ、あっさり告げてきた。
「バレンタインのお返しに迷って、さ。なら、本人に欲しい物を選んでもらおうと思ったわけ」
「それで、拉致まがいの真似を?」
「あ、『まがい』で済ませてくれるんだ」
嬉しそうにうっとりと笑まれては、ヒナコの毒気も抜ける。
「当たり前です。生徒の悪戯を犯罪扱いになんてできません」
「『生徒』ね」
不意に目が逸らされた。
「加藤君?」
珍しい反応を不思議に思ったヒナコが名を呼ぶと、振り向くことなく不機嫌なつぶやきが返って来た。
「『タツル』」
「え?」
低い小さな声だったので聞き返す。
憮然とした面持ちがヒナコの方を向いた。
「学校を出たら『タツル』って呼ぶ約束をしたでしょ?」
その様が、子どもが拗ねているようにしか見えず、思わずヒナコがくすくすと笑う。
「うん、ごめんね。で、タツル。どこへ向かっているの?」
笑われて機嫌が下降したのは一瞬で、ふと肩を竦め苦笑で苛立ちを払拭すると、ヒナコの頬に手を伸ばしてきた。
機嫌が直ったことに気を良くして、触れられるがままに綻ぶ様な笑みを浮かべるヒナコ。
「どこに行きたい?セレクトショップとジュエリーショップとランジェリーショップ」
ふんふんと相槌を打っていたヒナコの頬が、ランジェリーと聞いて瞬く間に熱を持つ。
「え?や、その……」
「どこでも良いんだけど、ヒナコさんが選べないんなら、俺のお勧めのお店に行くよ?」
頬を擦りながらにっこりと腹黒さを滲ませる笑顔で、ヒナコを追い詰める。
「あ、あの……」
「ん?どこか決まった?早く言わないと、俺の手でバストを正式な方法で測っちゃうよ?」
首までを朱に染めたヒナコは、決断を下す。
「セレクトショップでお願いします!!」
「遠慮しなくて良いのに」
笑み零れるタツルと、打ちひしがれたヒナコを乗せて、車は都内某所のセレクトショップに向かった。
目的を達して、ディナーも共にすませ、帰りの車中でうっとりと夜景を見ていたヒナコは不意に声をかけられる。
「ヒナコさん。口あけて?」
「え?あっ……」
軽く口を開いてタツルの方を向いたタイミングで、いたずらな指先が唇を掠め、口の中に何かを押し込められた。
受け止めた舌が反射的に舐めると甘さが口内に広がったので、素直にそれを咀嚼し嚥下する。
「……美味しい……」
思わずぽつりと呟いた。
「気に入った?なら良かった。まだあるから、食べて」
蕩ける様な笑顔を向けられてヒナコの頬が微かに上気したが暗い車内のこと、タツルは気付かない。
「ハッピー・ホワイト・デー。ヒナコさん」
包を渡しながら、お菓子よりも甘く甘くタツルは囁いた。