閑話01:バレンタイン・デー(2013.2.14)
季節の閑話、IFモノです。
本編には全く関係の無い話です。
※本編に2013年2月14日に掲載したものを、転載しております。
お昼休みのチャイムと共に我が物顔で国語準備室に入ってきた男子生徒は、今まさに缶ジュースをコクリと飲み込んだばかりの女教師と目が合う。
「あ、チョコレートドリンク、だ」
自然な流れで彼女の後ろを擦り抜け、隣の机に持ち込んだ昼食を置いて、彼女の手から缶を取り上げた。
「あっ」
制止するスキを与えず、缶に口を付け傾ける。
「うん、甘い。珍しいね、ヒナコさんが甘いのを飲んでるなんて」
「コーヒーを押したはずが、これが出て来たの」
二口目を嚥下する男子生徒の喉元を見ながら、悲しそうに眉を下げた。
「そんなこともあるんだ」
缶を返そうとする手をヒナコは両手で押し止める。
「あ、全部飲んじゃって。私には甘過ぎて……」
「もらっていいの?」
「ええ。あげる」
何気ない会話だったはずが、男子生徒が何故か会心の笑みを浮かべた。
「お言葉に甘えて頂きます。ヒナコさんはホワイトデーを楽しみにしていてね」
「えぇ?」
どんな流れでその返答になったのか理解できないヒナコが首を傾げる。
「今日は何の日?」
目だけで甘やかに微笑んで鏡のように首を傾げて来た。
「ばれんたいん・でー?」
「これは?」
覚束ない口調はスルーして、缶を掲げる。
「ちょこれーと・どりんく」
むー?っとヒナコの眉間に軽く力が入る。そこを揉み解したい衝動を堪えながら、答え合わせをするように男子生徒は笑みを深くした。
「バレンタインに気になる女性からチョコをもらって嬉しくない男はいないよ?」
投下された言葉への反応は、テレビならば放送事故級の間のあとだった。
味わうようにチョコレートドリンクを飲み干し、空き缶を大事そうに両手で包んだ男子生徒が、ヒナコの前に屈み込み下から覗き上げたところで、ようやくヒナコの時間が動き出す。
「……そんなつもりじゃ……返して!自分で飲みます!!」
伸ばされた両手をかわして後ずさりながら立ち上がり、缶を左右に振った。
「もう、飲んじゃった。缶は記念に取って置くね」
無邪気 (そう) な笑顔に、途方に暮れるしかなかいヒナコであった。
実際にはこんな甘酸っぱいバレンタインデーは迎えていませんが、本編010と011の段階での関係性だったとしたら、と想像して書いてみました。