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大空を飛ぶ者  作者: 藍絃
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ACT.25 半歩

歩き出そうと考える。何が始めの一歩目になるかなんて分からない。


×××××


一番無惨な状態だったのは3階だった。

 そこの階だけ、真っ黒焦げで、燻る火も多かった。


「物騒な……どこで、こんなものを…」


松夫が足元に落ちていた拳銃を拾った。しかし、すぐに怖くなったのか、元の場所に置いた。

 黒深の見たところ、それは既に撃鉄(ハンマー)がひしゃげていたので、使い物にならないだろうということは分かった。


「何か、いっぱい落ちてる」


煤で汚れた銀色を、黒深は拾って服で磨いた。ボールチェーンまでは磨かなかったが、磨かれた部分は元の輝きを半減させてその姿を現した。


「……トランプ?」


黒深の感想がそれだった。

 ドッグタグと類されるそれを、次々に磨いてみると、黒深の言葉は現実味を帯びてきて、拾ったそれを全て磨き終えた頃にはほぼ確定となった。

 ある程度の輝きを取り戻したタグ達は、順に並べるとA(エース)からK(キング)まであり、全部が揃っているわけではなかったが、スペード、ハート、ダイヤ、クローバーの4つのマークが刻まれていた。


「何の意味だか」


全然分からない。黒深は手に持っていたタグを抛ると、先程松夫が手にしていた拳銃を確かめた。松夫はタグに注目していて、黒深の方へ視線は向けなかった。

 弾倉を確認すれば、まだ弾が残されており、おそらく自分の持つものと同じ弾だと判断すると、弾のみを懐へと忍ばせた。使えない拳銃に用は無い、が、何故か拳銃が気になった黒深は拳銃も拾い、ズボンのベルトへ挟んだ。


「君、拾い癖でもあるの?」


いつの間にやら松夫の注目は自分だったことに気付かず、半ば本気で言われた言葉に、むっとした黒深は、松夫を無視して拾えるだけタグをしまいこんだ。


×××××


「んー、いい天気!」


雲ひとつ無い空。息を吸い込めば、体の隅から隅までが浄化されたかのような気分になる。

 苺飴は、怪我の状態が快方へ向かっている怪我人たちに言われ、一休憩を取るために外へ出ていた。

 街の中では感じることの出来ない、柔らかな日差し。これでビニールシートでも敷いて転がって昼寝が出来たら、どんなに幸せだろう。


「少しくらい、いい、かしら…?」


久しぶりののびやかな時間。苺飴にとってこれほど嬉しいものは、今は無かった。

 しかし怪我をした彼らの様子が気になるのも事実で、あと数分ほど休んだらまた戻って様子を見ていようと決めた。


「苺飴さんっ!!」


遠方から響く声。そんな声を出したら見付かってしまうかもしれないという一瞬の判断に、苺飴は反射的にその声の元を辿っていた。

 灰色のツバサ。見慣れない男。その見慣れない男の両腕が支えているのは見知った女と、まだ苺飴のいる場所からはよく見えない何かだった。

 誠の姿は認められた。徐々に鮮明に見えてくるその姿が抱いているのは、到底人とは見えぬ程に赤く、黒く汚れていた。

 苺飴の休もうとしていた能天気な思考は排除され、即座に治療する場所などを考え始めた。


「そこの2人! 今すぐ場所を確保、そこで固まっている人は何か運ぶものを持ってきて!!」


こっそりと休息するはずだった苺飴を覗きにきていた者に指示を出し、慌てて走り出した男達をすぐに思考から締め出した。

 降り立った誠からひったくるように女を預かり、運ぶものを持ってきた男と共に女を乗せ、場所を確保させた1人がその場所へと案内した。

 担架に乗せられた女は、担架が必要ないほどに軽く、すぐに担架は女自身の汚れと女の体にこびりついている固まった血が剥がれて、赤黒い染みを作られた。


「こっちです!」


脚に包帯を巻いた男が、部屋へと誘導してきた腕に包帯を巻いた男と頷きあった。

 女を運び、診察台の上へ乗せた時点で2人の男が邪魔にならないように外へと控えた。

 一気に騒然となったため、野次馬が何人も集まってきたが、弱りきって目を閉じたままの女の姿を見て、引っ込んでいった。


「消毒液! ガーゼ、タオルいっぱい!! お湯も!!」


苺飴の大声に反応した人々は慌てて動き出した。

 女をうつ伏せにさせた苺飴は、その背中で呼吸をしているように動く突き出た骨を見て軽く吐き気を覚えた。


「何よ……これ…」


ぐぱり、ぐぱりと女の背中が上下するたびに赤い粘液が伸びては縮んだ。突き出た骨は、おそらく元はツバサだったのだろう。

 割れた骨が呼吸に合わせて別れ、接着したかのような状態に……それの繰り返し。

 後から部屋へと飛び込んできた誠は、悲鳴を飲み込み、ただ呆然とそこに立ち尽くした。


「苺飴さん! ガーゼとタオルここに置きますね!!」

「お湯持って来ました!!」


到着した男たちはとにかく邪魔にならない場所に苺飴から頼まれたものを置くと、異様な雰囲気から遠ざかるようにそそくさと部屋を後にした。


「聞こえて……いますか?」


苺飴がうつ伏せにされた女と視線を合わせる。

 血塗れの顔から覗く焦げ茶は、苺飴に焦点を合わせていなかったが、返答はあった。


「聞……ごえ…る」


かすれきった声は、苺飴が必死に耳をそばだてて聞き取った。

 絶望的な状況だった。

 生きているのが不思議なくらいだった。

 急ごしらえの診察台にうつ伏せにされた女が生きているのが。


「信じられないわ……こんな…状態で…」

「……苺飴さん。治り…ますか?」


治せるか、ではなく治るか。

 誠は彼女が元のようになれるのか聞いた。

 苺飴は返答の代わりにゆるゆると首を振った。


「生きているの不思議なくらいなの。彼女は」


傍らで必死に生きようとする彼女に、その声は聞こえているのだろうか。

 信じられない。それが苺飴の素直な感想だった。

 手は尽くすつもりで、タオルを湯にひたし、血塗れの体を拭いていく。途中、ボロの服を脱がせた。

 その場には灰鴉もいたが、退出を願われることもなく、部屋の入り口で野次馬が覗くのを防ぐかのように腕組をして壁に背中を預けていた。


「損傷は……ここだけね」


お湯はあっという間に血の臭いを漂わせ、真っ白だったはずのタオルも血の色に染まった。

 汚れを拭き取られ、醜く背中を抉る傷がよく見えるようになった。

 誠は悲愴な顔をして女性を見守り、灰鴉はどこか彼方を見つめている。


「どうして、脈がしっかりしているのか……不思議なくらいだわ…心当たりは?」

「無い、です。でも、顔色が……それに呼吸も」


どれも瀕死を示していた。


「信じられないことばかり起こるわね」


処置の施しように困ったのか、苺飴は消毒液をガーゼに垂らし、丁寧に傷口の周りをなぞりだした。

 部屋に充満する消毒液の香りに、誰もが無言になる。

 女性は、微かな寝息を立てている。こんな状態でも、睡眠欲には勝てないのだろうか。

 ガーゼが女性の背中から突き出る骨を撫ぜた。

 ふるりと震える女性の体。グロテスクな背中から突き出たツバサの残骸。無音の部屋では、その残骸の立てる音が奇妙に反響した。


「苺飴さん」

「何、かしら?」

「すみません。限界で……す…」


誠は苺飴に断るその体を床へと落とした。

 慌てて誠の側にしゃがんだ苺飴は、彼女に異状がないか調べたが、特にそれといったものはなく、肉体的、精神的疲労が重なったのだと診断し、徐々に苺飴たちを心配する声がしてきた廊下の方へと声を飛ばした。


「彼女を休ませたいの、手伝って」


苺飴の言葉に野次馬の中から次々と手が上がった。


「ありがとう。頼んだわよ」


苺飴に指名された男達は、自分の部屋から持ってきたのか、シーツを即席担架代わりにしてそっと運んでいった。

 女にも、ある程度の処置を施し終えたところで、苺飴が長く息を吐く。

 その場が安定したと思った野次馬達は、一人、また一人と散っていった。

 散らばる野次馬達がそろそろいなくなる頃、苺飴が灰鴉を呼んだ。


「あなた、誰?」

「……巻き添え」


あまり多くの情報を与えるわけにもいかない灰鴉は、少し前を振り返り、適切な表現を口にした。

 苺飴は複雑な表情をしながらどう返すかに迷った。


「そう。ありがとう、彼女達をここまで連れてきてくれて」

「礼を……言われるほどでもない」

「そうかしら?」


無言。灰鴉は相変わらず壁に背中を預けてどこか彼方を向いた。


「……まあいいわ。あなた、怪我はしていない?」

「いや」


明確に、拒むように言った苺飴はむっとしたようで足音荒く灰鴉の目の前にたった。

 遠くを先を見ていた灰鴉は、その本当に相手を見ているのか分からない眼差しを苺飴へと向ける。


「嘘をつくのはおよしなさい。ゆう、あき」


まだ残っていた野次馬の中から2人の男が出てきて灰鴉を拘束した。

 元より逃げる気が無かったのか、灰鴉はふうと息を吐いた。


「怪我をしていないと嘘を付く、拘束を簡単に払えるのに何もしない。矛盾してない?」

「……面倒ごとが、嫌いなだけだ…」


今度はそっぽを向いた灰鴉は、仕方ないとばかりにさっさと巻いていたマフラーを外した。

 先の出来事で少し焦げたマフラーが、何の感情もなしに外されていく。


「あ……なたって人はっ!!」

 

ばちりと大きい音。

 灰鴉を監視するゆうとあきと呼ばれた男たちですら驚いて後退ったというのに、灰鴉は微動だにせず、ただ緩慢な動作で平手を喰らった頬に触れた。


「……痛」

「痛くしたのよ!当たり前よ!!このお馬鹿!!」


息を荒くした苺飴は、深呼吸を一回すると労わるような手つきで優しく灰鴉の首に触れた。

 擦れて赤くなった傷と、軽く焼けて爛れた痕。

 痛いはずだったろう、誰にも言わなかっただろうと、苺飴はどこか物悲しく感じた。

 わなわなと震えている苺飴だったが、再び深呼吸をするとガーゼやら包帯やら取ってくるようにあきに命じる。

 座る場所が特に確保されてなかったため、女性が乗ってもまだあまるベッドの上に軽く腰掛けるように言った。


「絶対にそこを動かない事、私は薬を持ってくるから、大人しくしていなさいね」


子供に言い聞かせるような口調に灰鴉は軽く俯き、笑みをこぼすと一言了承を示す声を上げた。

 返答に満足したのか、苺飴の姿が部屋から消える。

 苺飴が廊下へ出た途端にその場が騒がしくなった。ちらほらと苺飴へと声をかける人々の声が、苺飴が部屋から少し離れた後も、当分の間聞こえていた。



何が、どこで当てはまるのか、気付くのはいつだ――。



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