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大空を飛ぶ者  作者: 藍絃
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プロローグ

「これで、世界は変わるのでしょうか?」


研究室のようなところで1人の若い女性の不安げな声が響く、そこは薄暗いため彼女の周りに何人の人間がいるのかわかない、彼女はそこに誰がいるのかを知っていた。

 彼女とは違う、新しい声が響いた。今度は男のようでその声は低く、重い――。


「変わる。それでなければわれわれの研究は何だったのだ? 何の意味があったと言えるのだ杏よ」


諭すような声、しかし杏はそれで納得できなかったのか若干大きな声を出す。


「ですが! ですが……!!」


言いたいことをうまくまとめられず、杏の声が少しずつ小さくなる、今までどのくらい研究していたのかわからない、だが、その年月意味を問われ、意味がないと言ってしまえば自ら削った年月を否定することになるのだ。だというのに彼女は迷っていた。

 研究の成果を外へ、極秘としていたものを外へ流出させることに迷っていたのだ。

 その結果どうなるのか、彼女はそれを知ることを恐れていた。


「杏、僕も天河さんと同じ考えだ、やっとつかめた真実を外に出さず終わらせることなんてできるかい?」


「祐樹……いいえ、できないわ」


杏の側に寄り添うようにしていた薄汚れた白衣をまとった祐樹はそう言うと彼女の肩に手を置いて安心させてやる。

 互いに研究者であり、夫婦である二人の意思は、少しずつ固まりつつあった。

 天河はそんな2人を見て重々しく口を開いた。


「ならば行こうか我らの未来のために」


『はい』


答え、研究室から出て行く研究者たちに光が当たる。

 その目には、揺らがぬ決意がこめられていた。

 これから起こる事実から、目をそむけることを許されぬ研究者たちは、結末を見届ける為にも、光から目をそらさず前に進んだ。


×××××


「オゾン層の破壊の進行、それは私達の工業技術の発達の停止を促しました。そして今ではエコ燃料を使う飛行機や自動車が生まれましたが工場廃液や二酸化炭素のことが考慮され生産量はごくわずか、そのため文明は停滞、退化の一途を辿っています。」


朗々とした声が、教科書を読み上げていく。

 今や歴史の一部となった温暖化現象、読む方も聞くほうも耳にタコができるほどにこの話を聞いていた。


(高校にもなってこんな授業やってもつまんね……)


天上てんじょうよくは黒板に書かれていく文字を見てあくびをする、丁度今は7時間目、現代社会の時間だった。

 現代社会と言っても中学生の社会で教わった内容と被っているところがたくさんあるので、 皆それぞれノートをとっていると思わせて絵を描いていたり、ゲームをやっていたり携帯のメールをやりとりしている生徒もいる。

 そんな中堂々と携帯をいじっていた生徒に歴史教師が目を留めた。

 教師の目つきが変わる。

 怒られるぞ。 これから説教に変わるであろう状況に、生徒たちは静かになる。

 一斉に皆の目がそこへと集中し、小声でその生徒に対してドジだ、などと言っている。

 自分のことは棚に上げている。バレなければいいんだ、そんな考えの生徒ばかりだというのも原因の一つだろいう。


尾坂おのさかさん、授業中に何をやっているんですか?」


歴史教師が翼の前の席にいる尾坂のところまで歩いてくる、授業を聞かないで遊んでいた生徒たちの一部が、驚いて携帯やゲーム機を隠すが、翼はそんなこと気にしないとでも言うようにうつぶせになって寝始めた。

 説教なんてつまらないもの聞く気が起きないという翼の考えだった。


「メール」


「授業中にやることじゃないでしょう?」


まずは優しく忠告することから始めた教師に、尾坂が携帯の画面から目を離し、言った。


「うるっさいなあ! いいじゃん真由美まゆみ先生、どうせこんなの聞いてもためになんてなんないんだからさ!!」


「なっ、何を言うの?! これは将来あなたの……」


「ためになんてならないじゃん! 時代背景なんて知っても仕事に使える?! 文明の退化で何か発明ができる、そんな夢物語甘っちょろすぎなんだよ!!」


しん、と教室内が静まり返る、尾坂はそれを言い切るとまた何事もなかったかのように携帯でメールを打ち始めた。

 対する真由美は何を言ったらいいのかわからないのか、口を開きかけてはまた閉じて、という動作を何回か繰り返した。

 そしてやっと何を言うのか決めたのか口を開いた真由美の声に、重なるように校内放送が入るときの独特なチャイムが鳴った。


『全校生徒にお知らせです。至急窓を閉めてください! 正体不明の粉がばら撒かれています!!』


放送の終了と共に聞こえてきたのはエコヘリコプターの小さなモーター音、そして光を受けて反射する大量の粉だった――。


×××


あまり聞かない校長の声と、外の現実を確認した皆がどよめく。

 粉が振りまかれるのを見て叫び声をあげた。窓際に座っていた尾坂は、咄嗟に窓を閉めたが翼は寝ていたためその隣に座っていた女子生徒が、窓を閉めながら翼を殴って起こす。

 その時粉を吸い込んでいるとも知らず、翼は自分を殴ってきた女子生徒に起こされたことに対して文句を言った。


「うるせえ、起こすなよな黒神!!」


不機嫌な顔をして怒鳴った翼は、さらに拳骨を喰らった。 

 次に怒鳴ったのは黒神と呼ばれた女子生徒、その声には明らかな怒りが含まれていた。

 状況を知らない翼の言葉が、どうしても気に食わなかったようだ。


「黙れ! お前放送聞いてたのか?!」


その言葉に不安や、焦りのようなものを滲み出させて言うが寝起きの翼は、わけがわからずにまた怒鳴った。


「何が!!」


「……はあ、説明する気もなくなったわ」


知らないことを一から説明するのは疲れる。黒神と呼ばれた女子は、呆れながらも席についてそわそわと窓の外を見た。

 クラスの生徒が一応落ち着いた頃に真由美はもういなく、先生同士での緊急会議に行ったのだろうということで、皆がそれぞれ仲のいい生徒の机へと出かけていった。

 黒神自身も仲のいい女子の席へと歩いていった。


「ね、誠」


声をかければまことは、教科書の下に隠していた小説を片付けながら返事をした。


「何?」


「さっきの放送なんだったんだろーねー?」


「私には何にも、黒深はどう思う?」


「さあね、てか俺ってば粉吸い込んじゃった気がするんですけど」


教室の後ろの方にいる浅葱あさぎまことと話しながら黒神くろがみ黒深こくしんは、今のことで騒いでいる教室を見ながら言った。

 今さっきの出来事は、あっという間に会話のネタにされ、少しずつ先ほどの話題に対する熱が冷めてきたようで、ほとんど生徒たちの会話が他愛のない日常会話へと切り替わっている。

 ある程度雰囲気が落ち着いてきた教室を見ながら誠が言った。


「やばくない? それ、でも私もちょっと吸った気がするんだよね」


「てかいきなり吸うなってったって無理だよなあー……数日後俺がいなくなったらよろしく」


「えぇーっ?!」


「まあどーにかなるっしょ、多分。それにつまんない日常が変わるってのは怖いけど面白いもんだね」


黒深は目を輝かせながらふざけていると、真由美が難しそうな顔をして教室へと戻ってきた。

 皆それを見て自然と静かになる、視線が真由美へと注がれた。

 小さなざわめきも何もなくなった教室で真由美は重々しく口を開いた。


「皆さん、先ほどの放送のことでお知らせがあります。撒かれていたものは正体不明、後から入ってきた情報によると、どこの国も研究していないような、未知の薬だそうです。」


いきなりの現実味がない言葉。

 それが今、常識ある大人、しかも先生という立場の人から言われるというのは、変な感じだ。黒深は、呆けながらもその説明を右から左へと聞き流した。


「吸ってしまった人は申し出てください、それともうしばらくの間、校内でおとなしくしていてください、次に放送がまでそれぞれ校内で部活などをして時間をつぶすか、何かしているように」


言うべきことを言い終え、真由美が教室から出て行く小さなざわめきが少しずつ数を増す。

 しかしそれはほんの短い間だけ、皆がそれぞれ移動を始めるようで騒がしくなってくる。

 その様子を見ながら黒深は、先生がいなくなった途端に楽しそうな声を出して誠に話しかけた。


「うっわー、本格的にやばそう……どうする?」


「どうするって、何かできることとかある?」


「何も、どーせやることねえし部活行くか!」


よいしょ、と立ち上がり黒深は自分の席へと戻り、誠はそれを見て笑いながら答える。


「そうだね」


肯定すると誠は机の中に入れた教科書や本を取り出した。

 教室に残る人は運動部だけだと思われていたが、運動部は校内で筋トレをやるようで体操着に着替えている生徒がたくさんいた。

 誠が黒深の方を向くとその本人は、翼へと声をかけている。


「翼ーお前も行くぞ!!」


黒深と誠は、帰り支度を済ませバッグを持って、半ば嫌がる翼を引っ張りながら、美術室へ向かった。

 黒深たちがいるのは三階、美術室はその下の階なのですぐに部室とされている場所へと行くことができた。

 美術室に到着した黒深たちが見たのは、窓の外を見つめている部長の三崎慎一みさきしんいちだった。

 外を見ていた慎一は3人が来たことに気付くと、軽く挨拶をしてまた窓の外を見る。

 ぼんやりと窓を眺める慎一が、何やら呪いのような言葉を呟いていたことを、黒深と誠は無視を決め込み、翼も特に気にすることではないと意識しないようにした。


「早いっすね、先輩」


「まあね、俺は天才だから」


天才、といっても自称天才なのだが、慎一は実は結構頭がいいらしい。それなら自称はいらないのだが、黒深はそれを信じようとしないため、自称がついている。

 そうしている間にも慎一は、何か思いついたのか、美術室内に置いてある画用紙へと何かを描きだした。

 誠と黒深はそれをいつものこととみなし、自分の席として指定した場所に荷物を置いて座る。

 今更教室に戻れなくなった翼も諦め、黒深に近い席に座った。

 しかし黒深は、絵を描くための道具は机の上に置いたが、何か絵を描いていられるほどのんきな精神はしてはいなかった。それは誠も同じで筆が進まないようだった。

 そんな状態の美術室に続々と部員たちが集まってくる、やはりこんなときだからこそ部活で気を紛らわそうとしているのだろう。

 お世辞にも広いとは言えない美術室は、少しの時間でほとんどの席が埋まることとなった。


「こんにちわ」


「失礼しまーす」


結局美術部の部員は全員が集まり、先ほどのことについて話すことになった。

 話していた時間はあっという間にすぎ、気づけばもう6時近くになり、そろそろ放送が入ってもいい頃だろうと考える部員たちだったが、なかなか放送は入らない。

 仕方なく携帯を持っている部員は、メールをして外の情報を手に入れることにした。

 メールは、あまり時間が経たないうちに返ってきた。内容は誰もが同じで浮かない顔をしていた。 


「えーっと、あ、やっぱ母さんちほうも同じだわ」


「こっちもそうみたい」


「私の方も」


「先輩っちほうはどうですかー?」


「んー、だめみたいだねえ」


「こっちもだめ」


やはり結構な広さで薬がばら撒かれたらしく、室内に拘束状態になっているらしい、だからといって何もしないのもつまらないため何かゲームでも始めようと、部員の一人がトランプを出そうとしたところに放送が入った。


『えー、粉についてわかったことが一つ、毒性はないとのことです。引き続き粉の除去行うため、まだ下校はできません、大体下校は7時過ぎになります。』


校長の放送が終わり、それぞれ部活をしているであろうところから騒ぎが聞こえてくる、そして放送の通り7時が過ぎ、8時ごろには粉の除去が全て終わったらしく、放送が入り、外へ出た皆が皆妙に綺麗になった道路に驚いた。

 暗くなってしまった道のところどころに警備員が立っていたのは言うまでもなく、全員寄り道もすることなく帰路に着いた。

 


粉を吸ったものたちは自分の変化にまだ気づいていなかった――。



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