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第弍拾壱次 二巡目

 小屋の中に、太鼓の低い音が響いていた。

 打ち鳴らされる音は、まるで心臓の鼓動のように重く、重右衛門と文治郎の耳に染み込んでくる。

 二人は並んで腰掛け、盤面の方角を見据えたまま、無言で結果を待っていた。


 やがて、戸が開く。

 饕餮とお露が、小屋の中へと足を踏み入れた。

 饕餮は手にした盤と駒を抱え、淡々と口を開く。

「親駒が“二のろ”へ移動後に交戦。“正成”、“康政”が消滅しました」

 そう告げながら、饕餮は盤面の上で駒を動かす。

 二つの子駒が盤上から取り除かれる。

 文治郎と重右衛門は、顔色一つ変えなかった。

 だが、その胸中では、確かな驚きが走っていた。

「……二体同時か」

 文治郎が、低く呟く。

「流石だな」

「無理はするなと言ったんだけどね」

 重右衛門は、肩をすくめるように笑った。

「……どうやら、張り切っているみたいだ」


 饕餮は一拍置き、表情をわずかに引き締める。

「ですが……審議が一点ございます」

 二人の視線が、同時に饕餮へ向いた。

 饕餮は、円に突き立てられた刀の位置を示しながら説明する。

 伊織が刀を円内に差し込み、自身の一部であると主張したこと。 そして、そのまま円の外へ出たこと。

 すべてを簡潔に報告する。


「……はは」

 文治郎が、鼻で笑った。

「考えたな。肉体派かと思えば、意外と頓知がきく」

「……屁理屈とも言えるけどね」

 重右衛門は顎に手を当てる。

「で、どうする?」

「どのみち、実力は本物だ」

 文治郎は即答した。

「規則上も、違反とは断言しづらい。今回は認める」

「いいのかい?」

「いい」

 文治郎は、強く言い切る。

「こんなことで終わらせられるか。ただし――」

 視線を細める。

「次はない。今回限りだ。刀だの弓だの、後出しは一切認めねえ。あくまで肉体のみだ」

「そうかい。よかったよ」

 饕餮は静かに頷いた。

「では、今回のみ不問とします。以後は、必ず肉体の一部が円内にあることが条件です。その身より生じたものであっても反則負けとします」

「異論はない。

 それで……伊織の戦いぶりは?」

 重右衛門が問う。

 お露が答える。

「……瞬殺だ。

 ばけもんだな、ありゃ」

 饕餮も同調する。

「凄まじいですね。正直、あっさり死ぬかと思っていましたが……これほどとは」


 重右衛門は、口元を緩めた。

「この勝負、意外と簡単に片が付きそうだね」

 文治郎は、その笑顔を見て鼻を鳴らす。

「虚勢だな。

 見破られてたら意味がねえ。

 俺はお前らを見てきたんだ。

 その力、後何回使える?」

 重右衛門は肩をすくめる。

「君が見たものがすべてだと、確信できるのかい?

 先入観は、勝負では命取りだよ。

 凄腕と聞いていたが期待外れかもね」

「……それだけ嘯けるなら上等だ」

 文治郎は、鋭く睨み返す。

「東條伊織だけではない。お前も、やはりこの勝負にふさわしい」

 饕餮が、間に入る。

「探り合いはここまでです。時間に限りがあります。次の手を」

「⋯⋯直政を“三のい”へ」

 文治郎が告げる。

 饕餮は外の様子を一瞥し、頷いた。

「では、重右衛門殿の番です」


 重右衛門は盤を見つめ、静かに思考を巡らせる。

 三角地帯――“へ・と”。

 そこへ追い込まれれば、不利は明白だ。

 二体同時撃破など、何度もできる芸当ではない。

 できる限り、“い・ろ・は・に”で勝負する。

 伊織の状態は問題ない。

 瞬殺ということは、消耗もない。

 左足も、まだ余裕はある。

 ――攻める。

「伊織を“一のは”へ」

「はいよ」

 お露と饕餮は視線を交わし、小屋を後にした。


 ***


 饕餮から、刀の件についての沙汰を受ける。

 伊織は、ただ短く頷いた。

「……そうか」

 それだけだった。

「それで、次はどこへ進めばいい?」

 お露が酒を煽りながら答える。

「“一のは”だってよ」


 伊織は深く息を吐く。

 肺に空気を満たし、歩き出す。


 ――戦いは、博打だ。

 最善を読み、誘導し、利用する。

 外れた時のため、自らの隙を削る。

 それを繰り返す。

 読みを外し、隙を突かれたものから、

 賭けた命を落としていく。


 だが、雪骸との戦いは少し違う。

 読み合いはない。

 力で潰してくる。

 それを避け、斬り、蹴る。

 制限付きの勝負。

 足が焼き切れる前に終わらせられるか。

 より早く、より効率的に。

 ――自分との戦いだ。


 東條伊織という男は、戦闘において頭が回る。

 しかしそれは言語化した思考ではなく、

 肌で、感覚で感じ取ったものが、

 いつの間にか答えとなっている。

 だから結論が早い。

 迷いもない。


 先ほどの戦いでわかったことがある。

 円を踏むまでこいつらには意識がない。

 条件を満たし初めて、動き出す。

 まずは手を伸ばし近づいてくる。

 意思の乗った"攻撃"はその後だ。

 感覚で情報を整理し、

 伊織は動き出す。


 “一のは”の近くへ到達し、重右衛門との取り決め通り右側、つまり“一のに”側に立つ。

 軽く咳き込み、呼吸を整える。

 腰を落とす。

 軽く右足を引き、円の内側へと踏み入れる。


 振り子が動く。

 同時に、雪骸が前かがみになり、腕を伸ばす。

 伊織は、左腕へ下から刀を突き立てた。

 鍔まで入れ、引き抜き、跳ぶ。

 お露はその行動に驚く。

「おいっ円から足が出たぞ」

「いや、まだ着地していません」

 饕餮が冷静に返す。


 伊織は左足を雪骸の下腹部に添える。

 雪骸自身の向かってくる慣性と、前かがみの体勢を利用。腕を思いっきり引き込み、伊織の体重も加える。

 結果は明白、雪骸は前へ倒れ込んだ。

 伊織の背中が円内に着地する。

 同時に、雪骸の下腹部へ添えた左足で、全力の蹴りでもって後方へ投げ飛ばす。

 閃光。

 足から、先ほど以上の激しい光が走った。

 伊織は額に汗を滲ませ、歯を食いしばって立ち上がる。

「……無理した甲斐はあったか」

 光が消える。

 そこには、三体の雪骸が転がり崩れ始めていた。


どん!

饕餮が太鼓を叩く。


「……おい、三体消えてねぇか?」

「ええ、伊織殿が投げた清秀が、忠世に衝突し、その後ろの忠次まで巻き込みました。忠次は戦闘条件を満たしていないので無抵抗で倒れました」

 饕餮は言葉を足す。

「⋯⋯円の外まで出たのは、運も絡んでいますね」

 伊織は深く息をつき、心を落ち着かせる。

 左足には、鈍い痛みが広がっていた。

「……戦闘の対象外でも、円の外に出たんだ。消滅でいいな」

「⋯⋯はい。規則内です」

 饕餮は頷いた。

「結果として複数消滅しましたが、私としては問題ないと判断します。念のためお二人にも確認しましょう」

 饕餮はお露へと視線を交わし、小屋へ向かった。

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