第拾捌次 死せど変わらぬ馬鹿
お露は、文治郎の賭場で手厚いもてなしを受けていた。
粗末ながらも温かい酒と肴が並び、卓上にかすかな湯気が立つ。
酒で喉を潤し、ひと息ついたお露は、上機嫌に口を開いた。
「で、何から聞きたい?」
文治郎は盃を置き、じっと彼女を見つめた。
「……お前たち、夜を越えているな」
「――っ!」
一瞬、お露の目が見開かれる。
すぐに笑みに変わったが、その裏に走った緊張は隠しきれなかった。
「……驚いたね。変な奴だとは思ってたが……なるほどな」
「ああ。だが、そんなことはどうでもいい」
文治郎は淡々と言った。
「ここがあの世だろうが何だろうが構わん。死してなお、望みを叶える機会を得た。それだけで十分だ」
「……アンタも死んだのか」
「ああ。賭博で死罪だ」
お露は吹き出すように笑った。
そこに咎める色はない。
「馬鹿は死んでも治らないってのは、本当だね」
「そうらしいな」
文治郎はわずかに口元を歪める。
「……まずは、二人の名を教えてくれ」
***
國駒文治郎の力は、賭博を成立させるためのものだった。
必要な道具を生み。
場を整え。
勝負が終われば、事前合意に基づいて強制取り立てを行う。
この異界の蒲原では、すべてが雪でできている。
文治郎はその雪に干渉することで、それらを可能としていた。
夜な夜な、彼は煮売屋を巡る。
飲んだくれ。
金のない若造。
ちょろいと踏んだ相手。
そうした連中に声をかけ、博打へと引きずり込む。
「一両やる。暇つぶしに付き合ってくれ」
一両――四千文。
貧乏人には破格の額だった。
内容は単純だ。
丁半で賭けるだけ。
寺銭は取らない。
だが、文治郎と相手が儲けを競うわけではない。
文治郎が壺を振り、相手が丁か半かを張る。
賭け金は自由。
ただし、最低五百文。
それを十回、繰り返す。
相手が勝てば、銭を渡して終いだ。
それで縁も切れる。
だが――。
途中で金が尽きた場合。
日の出まで、文治郎の命令を何でも聞く。
殺したり財産を奪うようなことはしない。
ただ、大きな勝負があるから手伝ってほしい。
そういう条件だった。
もっとも、この常夜の異界に、日は昇らない。
丁半は五分、どう考えても文治郎に不利な勝負。
文治郎は確かな腕と少しの細工で半丁を操作できるが、相手が張るのは壺を振った後だ。
つまり純粋な心理戦で不利を覆し勝ち続ける必要がある。
そんな勝負を、三日三晩。
繰り返すこと十七回。
文治郎は、必要な“駒”を揃え終えた。
あとは――。
大一番に向け、己を研ぎ澄ませるだけだった。
***
新田町、重右衛門の住処
「……それで、成果はあったかい」
重右衛門は、筆から目を離し訊ねる。
そこには胡座をかき、蒟蒻を齧るお露がいた。
胸元ははだけ、どこか気の抜けた様子だ。
お露は横目で重右衛門を見て、鼻を鳴らす。
「……舐めんなよ。十数体まとめて相手させてやる」
「……馬鹿なのかい。伊織も僕も、死んで終わりだ」
呆れたような声だった。
「何も、切った張ったで戦えって言ってねぇだろ」
「……と、いうと?」
「あちらさんは、博打をお望みだとよ」
重右衛門は、わずかに目を細めた。
「……ふむ。記録にあった、暴走しない、肥大化しない雪骸かもしれないね」
指先で顎を撫でる。
「なるほど。それで、どんな相手なんだい?」
「國駒文治郎……甲州じゃ名の知れた博徒だったらしいぜ」
「……相手の得意分野で戦うのは、避けたいね」
「だがな」
お露は少し声を落とす。
「奴は、“毎晩”お前らを追ってた。まるで恋焦がれるみてぇにさ」
重右衛門が顔を上げる。
「……何だって?」
「……少なくとも、博打に対しては誠実そうだったぜ。聞きたいことがあるんなら賭けに乗ってやんな」
重右衛門の目に、興味の色が宿る。
「⋯⋯詳しく、聞かせてもらおうじゃないか」




