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第拾壱次 重右衛門の戦い

 前回の聞き込みから離脱して、翌々日。

 重右衛門の家に、伊織はいた。

 狭い板敷きの部屋の中央に小さな行灯。

 壁際に寄せた机の上には、貧乏徳利が二本。

 盃は使わない。徳利に直接口をつけ喉へと流す。


「……で、だ」

 伊織が一口飲み、喉を鳴らす。

「喜三郎が砂留に向かってから聞き込みをした。

 それでも、俺たちは囲まれた」

「うん」

 重右衛門も徳利を受け取り、軽く傾ける。

「妙だよね。

 山にいるはずの男に、こちらの動きが筒抜けだった」

「何かしらの手段で、街の様子が伝わっている」

 伊織は盃代わりの徳利を机に置いた。

「ほぼ間違いなく、堰沢の住人は他所とは違う。

 喜三郎が雪骸となって肥大化する代わりに、生み出した雪人形だろう」

「うん。

 その目や耳が、そのまま喜三郎のものになっている」

 重右衛門は淡々と頷く。

「おそらくだが⋯⋯戦闘時、あいつらは喜三郎の意思で動いている。いくら目や耳が共有されても、個々が判断して動けばああはならん」

「連携が異様だね」

 伊織は苦々しく笑う。

「あれはまずい。囲まれたらやられかねん。

 削るにしても骨が折れる」


 重右衛門少し考えて口を開く。

「そうだね、また火でもをつけようか」

伊織は少しだけ目を伏せる。

「ああ、それは考えてはいた。

 ⋯⋯西から火をつければ、風で一気に堰沢を飲み込む」

「なんだ、気が引けるのかい?」

 重右衛門は軽く肩をすくめる。

「いや、今更だ」

 伊織はそう言って徳利を取る。

「神社を燃やした罰当たりな君だ。

 今更、何を恐れる必要がある?」

 その言葉に、伊織は苦笑した。

「……あれだけ砂留と堰堤に執着するのも、

 堰沢を守りたいが故だ。

 燃やせば、喜三郎は来るだろう」

「そこからが勝負だね。

 ⋯⋯勝てそうかな」

 伊織は天井を見上げる。

「足手まといがいなくて、囲まれさえしなければ。

 いずれ雪も尽きる」


「それよりもだ」

 伊織が話を切り替えた。

「お前の仮説はどうなんだ。

 抱えた想いを解消しなければ、ここから出られないとか言っていたな」

「ああ、⋯⋯最初は冗談半分だったけどね」

 そう前置きしてから、重右衛門は懐から一枚の紙を出した。

「でも、今のところ……

 そう間違っちゃいないかもしれない」

 瓦版だった。

 伊織は受け取り、目を通す。

「これは……」

「喜三郎の未練は、恐らく“守れなかった”ことだ」

 重右衛門は静かに言葉を重ねる。

「実際には、土砂崩れから堰沢は守られた。

 でも、それを知る前に彼は死んだ」

「だから堰堤を作り続けている」

「そう。

 増設し、補強し、守ろうとし続けている」

 伊織は瓦版を握りしめた。

「近づく者や、探ろうとする者に異常に反応するのも……そのせいだろうね」

「なら話は単純だ」

 伊織は徳利を煽る。

 軽く咳き込み手の甲で口を拭う。

「削り切って、事実を伝えればいい」

「……そうなることを、願っているよ」


「決行は明日、暁七つに火を放つ」

「その心は?」

「想定外の事態が起きても、夜明けまで逃げ切れば仕切り直せる」

 重右衛門目を開く。

「なるほど!

 戦いには興味がないから気づかなかったな。

 毎晩の繰り返しを逆手に取ったね」

 重右衛門は目の前の男について認識を上方修正する。戦闘に関しては良く頭が回ると感心した。

「念のため火を放ったら、お前は小金か新田まで下がれ。明日は、俺一人で行く」

「⋯⋯そうさせてもらうよ。

 でも君が死んだら、僕も詰みだ」

 重右衛門は肩をすくめる。

「邪魔しない範囲で、動かせてもらうよ」

「好きにしろ」


 重要な話は終わりと、重右衛門は貧乏徳利を強く傾け、一気に飲むペースを引き上げた。

「ところで、君は昨日、何をしていたんだい」

「堰沢には入れないからな」

 伊織は肩をすくめる。

「隣の小金をうろついたが、大した収穫はなかった」

「まあ、喜三郎の次の標的候補がいるんだ、

 無駄にはならないだろう」

 相変わらずの収穫なしに重右衛門は笑う。


「それで、小金を歩いて終わりじゃあないだろう」

 重右衛門は視線を戻す。

「他には?」

「少し、調子が出なくてな」

 伊織は肩を回す。

「小金から戻って、体を動かしたぐらいだ」

「ふむ」

 重右衛門は眉をひそめた。

「どんな怪我も次の日には元通りになる、この異界で?」

「まあ、気のせいだろう」

 伊織は短く答える。

「ほんの少し、身体が重く感じただけだ。

 戦闘が続いて、神経が逆立っているだけかもしれん」

「そうかい」

 重右衛門はそれ以上踏み込まなかった。


「お前こそ、飯盛女はどうなんだ。

 毎晩顔を出しているだろう」

「⋯⋯そっちもお楽しみを兼ねて調査中さ」

 重右衛門は悪びれない。

「少し面白い女がいてね。

 丁寧に聞き取りをしている」

「伊織、君も一緒にどうだい?

 食べる必要がないとはいえ、たまには食事も遊びも嗜むべきだと思うよ」

「斬ると言うなら、行こう」

 即答だった。

「なら最後かな」

 重右衛門は遠くを見つめて言葉を吐く。

「こんな世界だ。

 ささやかでも楽しみは、最後まで残しておきたい」


*****


 暁七つ

 堰沢の街並みに、火が放たれる。

 西から吹く強い風と二人が撒いた油で、すぐに延焼していった。

 重右衛門と伊織は東側の堰沢と小金との境で二三、言葉を交わし、事前の予定通り重右衛門は下がる。


 重右衛門は動き続けた。

 事前に用意した荷を担ぎ目的地へと向かう。

 小金側から山に入り、雪人形どもに見つからぬようそのまま堰沢川の上流へ向かう。

 雪に足をとられ思うように進めないが、

 日に三度の内の一つ、筆の力を使い足場を作ってでも目的地へ急ぐ。


 離れた位置から、砂留と、その前に佇む影を捉えた。

 喜三郎だった。

 背筋に、冷たいものが走る。

 顔は筆舌に尽くしがたい形相。

 怒りと憎しみが、肉を歪め、雪を盛り上げている。

 ――人の顔ではない。

 いや、と重右衛門は思い直す。

 雪骸の肥大化と同じ要領で、感情に反応し表情を作っているのだろう。

 そう考えながら心を落ち着ける。


「……伊織の方へ向かってほしいところだが」

 街は燃えている。

 それに気づいていないはずがない。

 だが、喜三郎は動かない。

「雪人形を通して戦っている、か」

 伊織と。

 重右衛門は動かない。

 見つかれば死ぬ。今は何もできない。

 だから、動かない。

 それだけだ。


 暫くすると、

 喜三郎が両手で顔を覆い、身をかがめた。

 怒りで震えているのか。

 次の瞬間。

 手足を大きく開き、咆哮を上げた。

 重右衛門は、微動だにしない。

 次の瞬間だった。

 喜三郎の姿が、瞬きの間に醜い女の雪人形へと変わった。


「……これか」

 重右衛門が覚えていた違和感。

 あの日、堰沢川上流にいたはずの男が、いつの間にか囲みに加わっていた理由。

 急いで降りたにしても、早すぎた。

 答えは一つ。

「任意の雪人形と、入れ替われる」

 ⋯⋯厄介だ。

 伊織の顔が浮かぶ。

 だが、伝える術はない。

 重右衛門は視線を戻し思考を切り替える。


 目的は一つ。

 砂留をいつでも破壊できる状態にすること。

 そのためには、まず喜三郎の戻り先を消す必要がある。

 あの女雪人形だ。

 それは、役割を失ったのか。

 うなだれ、ただ立っていた。

 しかし、こちらに気づけば襲ってくるだろう。

 そして、気づかれずに倒すことはできないだろう。

 だが、喜三郎の意識が伊織に釘付けとなっている今を置いて他に倒す好機はない。


 重右衛門は荷をおき、腹を決めて歩を進める。

 雪を踏む音が響く。

 十歩ほどまで近づいたとき。

 雪人形が、ゆっくりと顔を上げた。

 のっぺりとした白い顔。

 穿たれたような黒い目。

 ぎらりと、こちらを向く。

 重右衛門は怯まない。

 筆で雪を撫で、握りを変える。

 繊細な画の手から、刀のような構えへ。

 やることはいつも通り。

 自身の想像通りに、完璧な線を描くだけだ。

 筆は太くなり、雪をより多く溜め込んでいる。

 雪人形が、地を這うように迫る。

 一閃。

 袈裟斬りの構えからの振り下ろし。

 筆先から夥しい量の雪が放たれ、

 雪人形へ白い線が刻まれる。

「止まれ!」

 その一言で、雪人形は縫い留められた。

 左肩から右腰へ。

 空間に固定され、動かない。

 重右衛門は息を吐く。

「……はは」

 想像と一致する完璧な線、これはいつも通り。

 しかし命の間合い、最適な瞬間を狙うのは初めてのことだった。

 へたり込んだ重右衛門に身体には僅かに熱がこもっていた。


 だが、悠長にもしてはいられない。

 今喜三郎が入れ替わり帰ってきたらおしまいだ。

 重右衛門は女雪人形の手足に筆を走らせ、拘束をより強固にする。

 地面に置いた荷物を解き、

 包丁を取り出し、白く細い首へ刺し込んだ。

 が、やはり簡単にはいかない。

 「ちっ⋯⋯伊織の刀のようにはいかないね」

 と小さく愚痴り、今度は槌を取り出した。

 浅く刺さった包丁の柄へ、槌を強く叩き込む

 一度通すだけでは足りない。

 二度、三度、通し切るまで何度も叩いた。


 ようやく、崩れた。

 雪も、意味を失って崩れ落ちる。

 少しだけ息を整え、

 重右衛門は砂留へ向かった。

 一人で壊せるものではない。

 だが、今回は違う。

 古い砂留は老朽化し、限界に近い。

 石は浮き、圧力で歪んでいる。

 致命的な石を選び、ミノを差し込み叩く。

 剥がす。繰り返す。

 重右衛門の手は皮が破れ、痛みに表情を歪める。

 十五ほど外したところで、土がせり出した。

 重右衛門は慌てて筆を走らせ、雪で仮止めする。

 ――十分だ。

 持ってきた荷物は放置し、

 白く激しい息を吐きながら山を下る。

 伊織がやられる前にと急ぐ。


 徐々に街が見えてきた。

 半分以上の家屋が炎に包まれていた。

 高台から見下ろす。

 いた。

 巨体の喜三郎、

 そして取り巻きの雪人形たち。

 そして、蹴飛ばされる伊織。

「……やはり、劣勢か」

 入れ替わりが無制限なら、厳しい。

 重右衛門は決断する。

 砂留に施した仮止めを解いた。

「決壊した、という事実があればいい」

 喜三郎の想いは、砂留と土砂災害を分かたない。

 その答えは――

 轟音となって返ってきた。


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