表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/18

第**次 いずれかの夜

 雪が、夜を塞いでいた。

 音も、風も、時間さえも。

 二人は向かい合っている。

 刀を持つ男は、すでに人ではなかった。

 吐く息は白く、皮膚は雪と溶け合い、

 それでも構えだけは、生きていた頃のままだ。


 筆を持つ男が、地を払う。

 宙へ三度白線が走り、

 歪に盛り上がり、

 次の瞬間――鯉となった。

 十、二十。

 白い奔流が夜を割り、刀の男へと押し寄せる。

 ――生きろ。

 想いだけを込めた体当たり。

 だが、刀が唸る。

 一太刀。

 二太刀。

 鯉は斬られ、

 斬られた端から雪へと還る。

 舞い上がった雪は、

 逃げ場を失い、男の足元に降り積もる。

 三太刀。

 四太刀。

 斬る。

 斬る。

 斬り続ける。

 足が沈む。

 脛に雪が貼り付く。

 袖に、肩に、背中に。

 それでも刀は止まらない。

 最後の一匹が、

 胸元で真っ二つに裂けた瞬間――


「……止まれ」

 声が、夜に落ちた。

 その一言で、

 雪が意味を持つ。

 足元に積もった雪が、

 斬り落とした鯉の名残が、

 体に貼り付いた雪が、

 男を縫い留める。

 動こうとしても、動かない。

 筋肉が拒まれ、関節が軋む。


「もう、僕の力も思い出せないかい」

 筆を持つ男が近づく。

「まだ死ぬな」

 一歩。

「君の未練は、なんだ」

 返事はない。

 雪の奥で、獣のような呼吸だけが鳴る。

「妹か」

「それとも、死に抗えなかったことか」

 声が強くなる。

「抗え」

 叫びになる。

「最後まで戦い抜け!」

「死ぬなら――東條伊織として戦って死ね!!」


 ――その瞬間。

 固定が、軋んだ。

 雪が割れ、

 縫い留めた力が崩れる。

 刀が、解き放たれる。

 一閃。

 雪の白と空の黒が反転する。

 筆が落ち、

 首が落ち、

 雪がすべてを覆った。

 意識が沈む、その底で、

 小さな願いだけが残る。

 ――目を覚ませ。

 ――次に目を開けたとき、

 ――いつもの君でいてくれ。

 共に夜を越そう。

 この、永遠のような蒲原を終わらそう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ