2.ただの古本屋じゃなかった
インプレス社に本の注文をして、共同書店に棚を持ち、全国の文学フリマも回ろうと思っていることを告げた。
実は2023年にも文学フリマに出店したいと相談したことがある。その時は経費ばかりかかって、本が売れ残ることを心配された。
けれど今回はあっさり賛成される。サイン本発送の際、お世話になったS氏が、印刷所に発注書をまわしてくれた。
「本の宣伝にもなりますし、『渋谷の書店員』なんて本が書けそうですね。そのまんまですけど」
5月の連休明け、10冊の本を20冊ずつ計200冊、段ボール4箱が家に届いた。
箱を開けて自分が書いた本を取り出す。不覚にも胸がつまる。
「もっと早く、世の中の人に見せてあげるべきだったのに。ごめんね……」
1冊1冊から、表紙を描いて下さったよろづ先生の想いが伝わってくる。彼女も『魔術師の杖』を認めたから、力を貸してくれたのに。私は何をグズグズしていたんだろう。
「よろづ先生の絵を、もっと多くの人に見てもらうべきだよ」
家族全員が賛成してくれた。
5月になってから本を運び込み、11日に開店した。
共同書店といっても扱いは古物商、古本屋なのだと思う。4月にでたばかりの新刊を並べるのに、抵抗がなかったわけじゃない。
けれど自分の著作を並べている棚主さんは何人もいた。
あとは自分の本棚の延長で読んだ本やお勧めの本を置く人、家族の遺品整理で本棚や押し入れの本を、棚を借りて片づけている人もいたし、狙って仕入れた古書を並べるバイヤーさんもいた。
元書店員だったという棚主さんはハツラツとした方で、チーズバーを経営するかたわら、漫画家さんのマネージャーまでやられているという。
「自分だけの選書コーナーを作りたくて始めたんですよね。季節に合わせてテーマを変えて、本を入れ替えてます。棚主さんには岡山や長野、沖縄在住の人もいますよ」
彼に限らずダブルワークやトリプルワークの方も多い。兼業の作家さんも当然それにあたる。
自社の出版物や全国のブックフェアで見つけた新刊を売る出版社の棚もあり、俳句や短歌の同人誌を中心に集めた本もある。
そして書店で店番をするまで知らなかったのだけど、ZINEと呼ばれる自費出版の小冊子も人気だ。専用のコーナーまで設けてある。
渋谷〇〇書店はただの古本屋じゃなかった。ガイドブックにも載っている、知る人ぞ知る書店だった。
「何年も探してた本がここで見つかった」
「神保町も回ったけど、探してた本がここに何冊もある」
そんな声を聞いた。私も本を売りにきたはずが、面白そうな本を見つけてつい買ってしまった。まさしく『ミイラ捕りがミイラ』。
こうなると他の棚主さんにも興味が湧く。どうして棚主なんて始めたんだろう。店番をしながら、補充にやってきた190番エプロン書店さんを捕まえて聞いてみた。
「本はどうやって見つけるんですか?」
「網を張ってサーチして、時間と手間をかけて探します。入手が困難だった本ほど、すぐに売れてほしくないのに、サッサと売れてしまうんですよね。お客様はよくご存知です」
そう苦笑いされるけれど、私は古書の値段が全然わからない。
棚に置く本もレイアウトも、値段つけもすべて棚主に任されている。本の価値は需要と供給のバランスで成り立っていて、それぞれの棚主がつけた値段で売られていた。
棚主用の手引きには、本の値段は100円からつけること、上は『売りたくない本は高値をつけて下さい』と書いてある。
私が見かけた本で、いちばん高い本は2万円。
岡山の棚主さんは地元では有名な作家さんだという。長野の棚主さんも凄く美味しそうな食べ物のイラストを描くクリエイターさんだった。
ふつうの書店では買えないZINEを買うため、店の場所をわざわざ調べてやってくるお客さんも多い。
130人の棚主。それぞれのこだわりが透けて見える本棚。ベクトルの方向はてんでバラバラで、そこが面白かった。
何もかも初めての体感。
まだ知らない本がこんなにある!
本好きには単純に楽しい。けれど棚主さんや書店にくるお客さんで、私の本を知る人はひとりもいなかった。初めての店番で本を並べていると、本を見た運営スタッフさんに聞かれた。
「自費出版ですか?」
「違います。商業出版です」
自費出版に間違われるほどの体裁。最初は献本を人に差しあげるのが、自分でも恥ずかしかったから無理もない。
けれどこの10冊は、私が心血を注いで創りあげた宝物だ。だからこれを売っていくと決めた。それによろづ先生のイラストはもっと多くの人に見てもらいたい。それだけの価値がある素晴らしい絵だ。
本を並べたら、それだけでも満足できると思った。けれどそこからが試行錯誤の始まりだった。









