19.本が持ち主を呼ぶ
『本が持ち主を呼ぶ』
不思議なことに、渋谷〇〇書店で店番をしていると、そんな場面に出くわすことがある。
渋谷駅直結とはいえ、ここに書店があることも知らないで入ってきた人、買うつもりもなかった人が、なぜか本に出会ってしまう。
みなさん「荷物になる」「いま手持ちが……」とか言いながら、手に持った本を離さない。
本に引力でもあるかのように、引き寄せられてしまうのだ。
なかにはどう考えても、本が持ち主を呼んだのでは……と思うエピソードもある。
8月のある日、もう夕方で閉店近い時間帯だった。
棚を持って3ヶ月たち、だいぶ店番をするのに慣れてきた私に、女性が話しかけてきた。
「この本を探しています」
見せられたスマホの画面に写っていたのはZINEと呼ばれる小冊子で、私も見覚えがあるものだった。けれど…。
「その書店さんは5月で退店されました」
「そうですか……」
女性は残念そうに顔を曇らせた。
棚主さんは100円ショップで売られている小さな小物入れに、自宅でプリントした紙をホッチキスで留めた、簡単な手作りの小冊子を詰め、ZINEコーナーに置いていた。
もう書店の名前も思い出せないけれど、最後の日に店番をしていて、片づけているところを見守ったから覚えている。
私はあわてて言った。
「でもその本なら私の家にあります。明日持ってきましょうか?」
「えっ?」
3話で私が撤収される棚主さんから、藤色の小冊子をもらったエピソードを、読者さんは覚えておられるだろうか。
女性が持つスマホに写っていた本は、まさしくそれだった。
(本が持ち主を呼び寄せたんだ!)
そんな突拍子もない考えが、頭に浮かんだ。
渋谷〇〇書店の店番は、バイトがいる土日以外は、130人いる棚主が交代でやり、それぞれ都合の良い時にシフトをいれる。
退店した棚主さんと私は面識がなく、5月末日に店番をしたときに本をもらったのも偶然なら、それからふた月以上もたってから、私の店番日に女性が本を探して訪ねてこられたのも偶然だった。
棚主が130人いることを考えると、奇跡に近い。
(まるで彼女に渡すために、あのとき本を預かったみたい)
「棚主さんが撤収のため来店した日、私が店番だったので、本を1冊下さったのです。だからその本はうちにあります。探して持ってきますよ」
もちろん理屈に合わないのはわかっている。本が生き物みたいに持ち主を呼ぶわけがない。
けれど私には、今日お店にこられた女性が、本の本当の持ち主だと確信していた。やわらかい雰囲気のボブカットの可愛らしい方で、私よりもその本にふさわしい。
(彼女に本を渡さなくては!)
5月に頂いたときは、なぜ私がこの本をもらうことになったのか、不思議でしかたなかったのだ。
「でも……頂いていいんですか?」
「はい。私はもう読みましたから。家で探してみますので、見つかったらXに投稿しますね」
名刺をお渡しすると、女性はホッとしたように瞳を輝かせて、「また来ます!」と帰られた。
とはいえ、本をもらったのはふた月以上前だ。どこにしまったか、すっかりウロ覚えになっている。
家に帰ってから夕食を食べつつ、今日あったできごとを話す。それから娘にも手伝ってもらい、私は本を探した。
「捨ててはいないと思うんだけど…… 引き出しの奥にしまいこんでたらどうしよう」
手のひらに乗るような、小さな薄い本だ。見つかるか心配したけれど、ちゃんと本棚で見つけられた。ふた月前の私、偉い。
本の写真を撮ってXに投稿。これがその時の写真。ただ女性のお名前も何も聞いていなかった。
翌日、店に本を持っていき、『ボブカットの女性がこられたら渡してください』と書いて袋に入れ、書店のカウンターの内側に貼りつけた。
女性は後日に取りにみえて、お礼とともにアイマスクを、店番の棚主さんに言伝てくださった。
編み物が好きで、探していたZINEの、なんと1巻を持っておられた。そういえば『#2』と本の表紙に印刷してあった。あれは2号という意味だったのか。
インスタグラムを通して、1巻と2巻が揃った写真を送って頂いた。1巻が呼んだのか、2巻が行きたがったのか、それとも両方か。こころなしか本たちも嬉しそうに見える。
『手作りの小冊子でも、誰かにとっては大切な1冊となる』
『本の方が持ち主を呼ぶこともある』
それまでライトノベルという市場で、広くたくさんの人に本を読んでもらうということを、とにかく必死にやってきた私にとって、それはちょっとした視点の変わるできごとだった。









