18.90番 水たまり書店さん
棚番号90水たまり書店さんの写真は後日載せます。
渋谷〇〇書店は常連さんもいるけれど、ふらりと入ってくるお客さんが圧倒的に多い。
「こんなところに本屋があるんだ」
「何回も来てるけど、ここに本屋があるなんて知らなかった」
たいていそんな感じ。なかにはこんな人も。
「本屋だってのは知ってるけど、いつも閉まっているよね」
「営業は12時から18時までです。午前中は閉まってるのと、店番をする人がいないときは店休日にする、という緩い感じでやっています」
「あ、そうなんだ」
まぁ、そんな緩さが私も気に入っている。神保町には雇った店番をちゃんと置いて、オンライン販売もしている大型の共同書店もある。わざわざ店に行かなくても納品ができるので、そちらに棚を持たれている作家さんも多い。
私にとって神保町は、リュックを背負って書店巡りをする街というイメージ。渋谷ならショッピングや映画、観劇のついでに寄ってもらえると思った。
実際、ヒカリエ11階にあるシアターオーブで、宝塚の公演を見た後に来店されたお客様に、『魔術師の杖』を買って頂いたこともある。美麗な魔術師団長のイラストを気に入って下さったのだ。イラストレーターのよろづ先生さまさまである。
断言しよう。
『ラノベは顔が命!』
私が言うと説得力があるに違いない。
それに入り口から店内すべてが見渡せる、渋谷〇〇書店のこじんまりしたところが好きなのだ。
その日のお客さんも、なにげなく店に入ってきた人だった。店内を珍しそうに見回していたため、初めてのお客さんだと思った。
店頭に並べた『魔術師の杖』を示し、「作者の粉雪です」と自己紹介をしてから、書店の説明をする。
「ここは130名の棚主で運営している、共同書店です。どの棚にも誰かの推し本が並べられています。古本もあれば新刊もあるので、値段は挟んでいるしおりを見て下さいね」
「おもしろいですねぇ」
感心したようにうなずいてから、その方は残念そうに眉を下げられた。
「実はコロナにかかって以来、後遺症で文章を読むのが辛いんです」
もともと本業は医療職なので、そういう方には何人もお目にかかったことがある。コロナからは快復し、検査をしても異常は見つからない。けれど明らかに以前のような生活ができなくなった……そんな方が何人もいらっしゃる。
「粉雪さんの本もおもしろそうだと思うのに、今の私では読めなくて」
一般の書店には置かれず、世に知られていない作品ながら、こうやって並んでいると「おもしろそう」と言ってもらえる。それだけでもありがたい。
「それではお仕事も大変なのでは?」
「実は……以前の仕事は続けられなくなって、療養しながら求職中なんです。今も病院の帰りで」
そういいながら、お店に並ぶ本を切なそうに眺められる。
「読書が好きだったのに、もう2年ぐらいしていません。それでもここには興味をひく本がいっぱいあります」
「よかったら好きなだけ、ご覧になって下さい」
こんなところに書店があるのか、と思われるような場所にある書店だ。ただの古本を置いても買われない。
それに大きな書店で、ベストセラーとして売られる本も人気がない。ここにくるお客さんは、そんなものはとっくに読んでしまっている。
そのお客さんは本当にじっくりと、時間をかけて店内を見て回られた。この方がどんな本を選ぶのか、逆に興味が湧いた。
ぜいたくはできない状況でも、古書なら値段も安く手を出しやすい。お財布と相談しながら選べる。
(文字が少ない絵本や詩集もあるし、綺麗な画集や写真集だって……)
けれど選ばれた本は、私の予想を大きく外していた。
90番の水たまり書店さんは、昆虫や生きものなど、自然関係の本を中心に揃えている。その棚にあった図解の多い、天候の本を選ばれたのだ。
「図が多くて興味が持てる内容で、これなら私にも読めそうです。それに天気が悪いと体調が思わしくなくて……今いちばん関心があったんです」
あっと思った。気圧に体調が影響される人は多い。体が弱っているからこそ、必要な情報だということまで、私は気づけなかった。
レジで会計を済ませ、本をお渡しするとき、お客さんは涙ぐまれていた。
「お話を聞いて頂けて、本当にホッとしました。それに……読書の喜びを取り戻せるのが何よりも嬉しいです」
図書館で面白そうな本を見つけ、家に帰るのももどかしく、帰り道の木陰に座りこんで本を開く。
夜更かしを怒られて、それでも続きが気になって、夜中にトイレの明かりでこっそり本を読む。
そんなことを子どもの頃から、やらかしていた私だ。本が読める、ただそれだけで人生が救われる。その気持ちがすごくよくわかった。
温かいお茶を淹れて、美味しいお菓子を皿に載せ、日当たりのいい窓辺で、ゆっくりとページをめくる。そんな時間が持てたら幸せだ。
後日、このことをお伝えしたところ、水たまり書店さんは大変喜ばれた。
「棚一つのスペースは限られていますので、置く本はどれも、どなたかに読んでいただきたいと思う本を選んでいます。今回も一つのご縁ができて幸せです」
渋谷〇〇書店に置かれた1冊1冊が、いずれ誰かにとって大事な本になる。持ち主が見つかることは、本にとっても幸せだと思う。









