17.233番 whirⅼ書店さん
渋谷〇〇書店で店番をしていたら、233番whirⅼ書店さんが入居された。金沢青雨書店をされていた金沢青雨さんが退店され、そのご友人が棚を引き継ぐ形で入居された。
『遠乃ヲト』というペンネームで、回文や自作の曲が聴ける作品集を作られている方だった。
遠乃さんは新しい店名を『whirⅼ書店』と書き、それまで置かれていた金沢青雨さんの著作に加え、ご自分の本を棚に並べ始める。
するとたまたま来店されたご夫婦が、遠乃さんの背後に立ち、そのようすを熱心にご覧になっている。
共同書店についてはお店に入ってこられてすぐ、店番の私が説明を済ませた。
それからご夫婦は棚のひとつひとつを、興味深そうに眺めておられた最中のことだった。
私が離れたカウンターの内側から見守っていると、ご夫婦は遠乃さんに話しかけ、遠乃さんもそれに丁寧に答え、ご自分の本を見せている。
「ペンネームも回文になっているんです。『遠乃ヲト』で『トオノオト』と」
「おもしろいねぇ」
「こちらはQRコードから曲が聴けるようになってまして……」
いろいろ質問をされてから、最後に旦那さんが本を1冊取られた。そのままスタスタと歩いてレジに持ってこられる。
「せっかくだから買おう。サインもしてもらおう」
「ペン、ありますよ」
そのあとを遠乃さんが慌ててついてくる。カウンターの内側から、そのようすを見守っていた私は、すかさずサインペンを差しだす。
一番びっくりしていたのは遠乃ヲトさんご本人。
棚主になった初日に初サイン。ペンを持つ手が震えておられた。緊張がこちらにまで伝わってくる。
(がんばれ!)
心の中でひそかにエールを送る。ご夫妻をお見送りし、ぼうっと上気した顔で、遠乃ヲトさんは放心したように呟いた。
「こんなこと、あるんですね……」
「あるんですよ」
私もこんな場面に立ち会えて、得をした気分になる。人の本でも売れれば嬉しい。
本だけでなく、思い出を買うお客さんもいる。お土産を買うような感覚だろう。
たまたま店番をしていたというだけで、栃木からこられた方が「記念に」と、私の本を買って帰られたことがある。その方は「20年振りに渋谷にきた。この書店にいちど来てみたかった」とおっしゃっていた。
ご夫婦にとっては遠乃さんとの会話が新鮮で、楽しいひとときだったに違いない。棚主さんの人柄というのもあるのだ。









