11.棚に動きを出す
だんだん『粉雪書店』が形になってくると、今度は「棚に動きを出す」ことを考えるようになった。
それまでも書店のフロアでは、ちょっと目立つところに本を置いたり、逆に引っこめてみたり、いろいろ試していた。
私が店頭に立って説明し、目立つ展示を展開すれば、それなりに本は売れた。
けれど本を棚に置いただけで、私が店にいない状態でも、書店に来たお客さんの目に留まるには、どうしたらいいだろう。
本が書店に置かれたとして、私が全国の書店を一軒一軒訪ねるわけにもいかない。
粉雪書店に置いた本は、私が書いた『魔術師の杖』1~9巻&短編集で、その品ぞろえは変わらない。売れなくても引っこめることはない。
読者さんにとっては、「ここに来ればいつでも本が買える」という安心感が売りの拠点なのだ。
けれど『魔術師の杖』だけで埋まった本棚は、作品のことをまったく知らない、興味も感じないお客さんには、いつも変化のない棚に見えてしまう。
知識というのは風の性質を持つ。伝播するもの、ひとつ所に留まらないもので、だから本棚にも動きをだすことが大切だ。
(面陳……取り入れてみる?)
毎日、書店に通えるわけじゃないから、最初は品切れが不安で、棚をギュウギュウ詰めにしていた。
在庫は置かない方が、実はいいらしい。あまり棚に詰めても、お客さんは本を手に取りにくい。それだけで購買意欲がそがれてしまう。
ふつうの書店なら本を1冊置いて、売れたら注文するぐらいで、ちょうどいいのだとか。
(在庫を30冊から20冊に減らして。それから……何か他の本も置きたいな)
渋谷〇〇書店には選りすぐりの絵本や、稀少本が無造作に置かれ、小説やビジネス書も豊富にそろっていた。
けれど私のようにファンタジーの長編を置く棚主さんはおらず、『魔術師の杖』はちょっと浮いていた。ここに限らず、書店に置かれている本の中で、ライトノベルやファンタジーは、まだまだマイナーなのだ。
それに私も他の棚主さんのように、推し本を置いてみたい。
(うーん。素敵な空間だけれど、ファンタジー成分が不足しているよね)
ギュウギュウの棚を片づけてでも置きたいと思える本で、本好きの方でも納得させられるもの、ヒカリエにやってくる贅沢に慣れたお客さんを満足させられるものといえば……。
(あ、『薬の魔物の解雇理由』がある!)
なろう界でも有名な長編ファンタジーだ。
ヒカリエにくるお客さんと、美食三昧で日々の生活にも趣と彩がある『くすまも』の相性はいいはず。あれなら自信を持ってお勧めできる。
そして『魔術師の杖』と同じく、『薬の魔物の解雇理由』もここではまだ、全然知られていない。
(本と出会える場所……それが書店の役割だよね!)
思いついたら即行動。棚を持った5月に、ウィーム出版社へ問い合わせのメールを送った。
「桜瀬彩香先生の『薬の魔物の解雇理由』4巻を、渋谷〇〇書店で販売したいです」
こういう問い合わせは、自分でも緊張してしまう。一生懸命書いたけれど、ちゃんと要旨が伝わったかはわからない。
ウィーム出版様は小さな出版社だ。4巻が購入できる書店はまだ少なく、オンラインでも発送作業が大変そうに見えた。
とても丁寧に書かれた返事が届いたのは、2ヵ月ぐらいしてから。
後からわかったことだけれど、9月に発売される5巻の書籍化作業の最中だったらしい。
うれしい驚きとともに、さっそく5巻の予約と4巻の発注を済ませる。
桜瀬先生ご自身が描かれた、4巻の表紙はとても雰囲気があり、何もしなくても多くの人が足を止めて見入った。
「目次からして美しい。とても丁寧に作られた本ですね」
4巻ということで、実際に購入される方は少ないけれど、それでもいいと思っている。
「ここに来ればいつでも本が買える」ということが大切。しかもここでは本が持ち主を選ぶ。そういう場所なのだ。
『薬の魔物の解雇理由』という作品の存在を知ってもらう。それが『小説家になろう』という特殊な場所で、どんなにたくさんの人の心を温め、癒しとなったかを伝えられたら、それで目的は達している。
私がやるのは、灯を消さずに守り続けるようなもの。『くすまも』と一緒に置くことで、本が売れようが売れまいが関係ないと、棚主を続けると覚悟が決まったように思う。
それまで渋谷〇〇書店ではちょっと浮いていた『魔術師の杖』が、ようやくその場にしっくりとなじめた気がした。
そんなふうに感じている。









