1.共同書店に棚を持とう
2021年に渋谷〇〇書店が開店したニュースを聞いて、私は思った。
(そこなら私の本も置かせてもらえるかも)
ちょうど私が書いていた『魔術師の杖』の2巻が発売されたばかりだった。
コロナ禍で書店への客足がパタッと途絶え、新刊は軒並み打ち切りという、厳しい時期にスタートを迎えたシリーズは、安全策をとり電子書籍がメインで、印刷版書籍は注文販売のみという展開だった。
イラストレーターのよろづ先生による美麗な表紙は評判がよく、発売されればAmazonの新刊ランキングに入る人気ぶりだったけれど、それはAmazonkindleの中だけのこと。
せっかくの美麗な表紙も書店に並ばないのでは、宝の持ち腐れで誰かに見てもらいたかった。
けれどまだシリーズの1巻がでたばかりで、続くかどうかもわからない。
(1、2冊置いてもしょうがないよね……)
そのまますっかりその書店のことは忘れていた。次に思いだしたのは2025年の春。
4年で『魔術師の杖』は9巻に短編集を合わせ、計10冊の人気シリーズに成長していた。「無理だ」と言われていたコミカライズも決まった。
けれど2025年になっても、やっぱり知名度は致命的に低い。作家さんが何冊も刊行を目指すのは、書店に自分の名前がついた棚を持ちたいからだ。魔術師の杖は何冊だそうと棚には並ばない。
実は2024年に、とある大型書店から『魔術師の杖』を店頭に置きたいと申し出があった。インプレス社の方もかなり尽力して下さったけれど、結局それは実現しなかった。
(このままじゃ、コミカライズの作画を手掛けて下さる漫画家さんに申し訳ない)
「100万部を目指します!」
元旦早々、出版社や読者さんに宣言して3月に仕事を辞めた。
漫画になったから、すぐ100万部売れるとは思っていない。そこは4年間ラノベ作家を続けてきた者としてもよくわかっている。
「100万部を目指すとしたら……」と考えて、それを達成するためにやらなきゃいけないことが、山のようにあると気づいた。
それをひとつひとつ実行していこう。
コミカライズが軌道に乗るまではサポートに撤し、ついでに一生に一度くらい、好きなことを思いっきりやることにした。
いざ仕事を辞めてみると、書く時間がたっぷりとれるとはいえ、丸一日書くのは体がしんどい。パソコンで作業すると長時間モニターとにらめっこだ。
それまでの立ち仕事もきつかったけど、動き回るぶんデスクワークよりは健康的だった。
執筆するときは目を守るためにカーテンを閉め切り、昼間でも照明をつけて一定の明るさで書く。そうしないと窓から差しこむ光で頭痛を起こしてしまう。
けれどそれをすると、目には優しくても景色がまったく変わらない、締め切った部屋での作業が続く。だんだんと気がめいってくる。
連休で旅行にでかける家族を見送り、自分は家でひたすら書く……という自主的缶詰状態は何度も経験した。
(気分転換しながら外でも書けるように、まずはモバイル環境を整えよう。あとは……本の宣伝って、どうやったらいんだろう)
作家ひとりの宣伝力などタカが知れている。出版社がやる本気の宣伝にかなうわけがない。
(それでも私にもできること、何かないかな?)
そう考えて私はいろんな作家さんに、宣伝方法を聞きまくった。とある作家さんが親身に教えてくれる。
「私は手売りが好きで、文学フリマに参加したり、あとは神保町のPASSAGEに棚を持っています。一日店長もやってみたら楽しかったですよ」
要するに読者さんと交流しながら、直接本を売るのだ。調べてみると棚貸しの共同書店は全国に広まりつつあり、中には本だけでなく雑貨を扱うところもある。神保町だけでなく吉祥寺や渋谷にもあるとのことだった。
(渋谷……?)
ネットで検索すれば開店のニュースを聞いただけで、すっかり忘れていた『渋谷〇〇書店』という店名が目に飛びこんでくる。
(あ、ここ……思いだした!)
渋谷駅直結、渋谷ヒカリエ8階のギャラリースペースに、『渋谷〇〇書店』はちゃんとあった。週末に店を見に行き、入居申し込みをメールで送る。
神保町ではなく渋谷にしたのは理由がある。単純に維持費が安かったのと、本を自分で持ちこむ必要があったため、自宅から行きやすい場所にした。
それにヒカリエのメインターゲットは20~40代の女性で、『魔術師の杖』の読者層と重なる。神保町だと書店は目的地になってしまうけれど、渋谷なら映画や観劇、グルメにショッピング……いろいろ楽しめる街だ。
(休日に『今日は書店に行こう』って、でかける人はあまりいない。仕事や学校の帰り、でかけたついでに思いだして、帰りに寄ってくれる場所の方がいいよね)
『魔術師の杖』シリーズ10冊、出版社から頂く献本は2冊で、人にあげたりして残っていない。いちどでいいから自分の本を10冊並べて眺めたいと思った。









