第2話 廃れた村と「スコップの男」
川沿いを歩き続けた拓真は、太陽が中天にのぼりきる頃、ようやく森の出口にたどり着いた。
視界がぱっと開け、乾いた風が吹き抜ける。
そこには広い草原があり、その先に、木の柵で囲われた小さな集落があった。
「――村だ」
声が自然と漏れた。
しかし、喜びより先に、職業柄どうしても“状態”が目に入ってしまう。
柵はところどころ朽ちており、板は歪んで、隙間だらけ。
打ち付けられた釘は錆び、木材は黒ずみ、乾燥で割れている。
「完全に年数経ってるな……更新も補修も追いついてねぇタイプのやつだ。
というか、ここ、台風来たら柵ごといくぞ……」
独りごちていると、突然――
「止まれ!!!」
鋭い叫び声が、乾いた空気を震わせた。
柵の上の見張り台に、痩せた男が立っていた。
槍を構えているが、その槍先は小刻みに震えていた。
怖れているのか、それとも責任が重いのか。
「そ、そのまま動くな! こ、ここはミリア村だ! 怪しい者は入れるわけにはいかん!」
「怪しい……って言われてもなぁ……」
拓真はゆっくりと両手をあげる。
腰にぶらさがるのは、スコップとツルハシだけ。
「武器を捨てろ!!!」
「いや、これ武器というか作業用……いやまぁ人に振り回したら武器なのは否定しないけど……うん、置きます置きます」
地面にそっと置く。
土に差し込んだスコップが、妙に存在感を放った。
(……この状況だと“完全に怪しい流れの旅人だな俺”)
少し泣けてきた。
◆
と、その時。
「サム! 何事です!?」
村の中から、落ち着いた張りのある声がした。
現れたのは中年の女性。
痩せてはいたが、背筋がまっすぐで、目は凛としている。
彼女が村長だと、見ればわかる。
「村長! よそ者です! 武器を持っていて……!」
「スコップとツルハシですけどね」
「武器じゃないですか!!」
サムは完全にスコップ恐怖症になっていた。
「あなた……旅の方ですか?」
女性が拓真に問いかける。
「旅というか……気づいたら森にいて、歩いていたらここにたどり着いた、というか……」
「…………それは、ずいぶん大変でしたね」
信じたわけではないはずなのに、否定もしなかった。
(あ、この人、話が通じるタイプだ。助かる……)
「私はこの村の代表、ミリアと申します。あなたは?」
「土浦拓真。土木の現場監督……でした。いや、してました。いや、今も気持ちはしてます」
「現場監督……?」
その単語に、サムがピクリと反応した。
「道をつくったり、建物建てたり、土砂崩れ防止したり、地形を読んで土地を整えたり……まあ、そんな仕事です」
少し、誇りを込めて答える。
すると――
「村長!!」
サムが身を乗り出した。
「川だ! 川をなんとかできるかもしれない!!」
◆
村の中に案内されると、その荒廃ぶりはさらに露わになった。
家々の壁はひび割れ、藁屋根はところどころ抜けて空が見える。
地面は乾き切ってひび割れ、畑らしき場所も、土が白く痩せていた。
人も少ない。
10軒ほどの家があるのに、子どもが一人も見えない。
静かすぎるほど静かな村だった。
「以前は、もっと人がいました。
ですが、川の上流で土砂崩れが起き、水がこちらに流れなくなってしまって……」
ミリアは、言葉を選びながら話した。
「畑が枯れ、人が病み、他所に移り……今、残っているのは、移れない者たちだけです」
「……水が来ないと、土地は死にます。
水は……現場の生命線です」
拓真は呟いた。
ミリアは小さくうなずいた。
「あなたは、川を見てくださいますか」
村全体の静かな視線が、拓真に集まる。
誰も声を発しない。
ただ、必死に、祈るように見つめていた。
拓真は息を吸い、ゆっくり吐き出した。
(スーツも、重機も、測量機材もない。
でも……)
スコップの柄に手を置く。
(これだけは、ある。)
「現場を、見せてください。原因を見て、できるかどうか判断します」
ミリアは深々と頭を下げた。
サムは目を潤ませた。
そして――
「ありがとう……本当に……」
その声は、かすれていたが、震えるほど真っ直ぐだった。
◆
こうして、土浦拓真。
異世界での**最初の“現場調査”**に向かうことになった。
スコップとツルハシだけを携えて




