一話 夜の森
忙しくて更新遅れました
すいません、
夜の森は、想像以上に恐ろしかった。
焚き火の炎が頼りなく揺れ、闇はその向こうで生き物の気配を隠している。
遠くからフクロウの声、時折、得体の知れない獣のうなり。
普段なら工事現場の重機の音に包まれて過ごす拓真には、この静寂が逆に不気味でならなかった。
「……夜勤明けの現場よりきついわ……」
声に出さなければ心が折れそうだった。
いつもの仕事は、人に怒鳴られたり無茶振りされたりでストレスが溜まる。
だが今は――命がけ。
◆
拓真は火を絶やさぬよう、周囲から集めた枝を次々と焚き火にくべる。
火の粉がぱちぱちと舞い、顔を照らす赤い光が心の拠り所だった。
「火は命……ってのはマジだな。現場も一緒だ。照明が落ちたら事故まっしぐら。
……こっちは事故ったら“死亡”だけどな」
そう呟きながら、スコップで焚き火の周りに浅い溝を掘った。
もし夜中に雨が降っても火が消えないように――。
無意識に“現場監督の癖”が出ていた。
「排水ヨシ。……いや、ほんと俺、何やってんだろ」
◆
次は寝床だ。
ツルハシで木の枝を地面に打ち込み、即席の支柱を作る。
そこに枝葉を組み合わせ、さらに落ち葉を積み重ねる。
簡易的な屋根と壁が出来上がった。
「……悪くねぇ。見た目はボロでも、台風で飛ばされる仮設トイレよりはマシだな」
笑いながらも、どこか誇らしげに眺める。
土木現場で鍛えた空間把握力と応用力が、こうして生き延びるための術に変わるとは。
◆
ただ、問題は食料だった。
空腹がじわじわと襲ってくる。
拓真は森をうろつき、木の実や草を見つけるたびに試しに口へ運んだ。
「……にっっっが! これ絶対食ったら腹壊すやつだろ!」
吐き出しながらも、少しでも腹に入れておかねばと無理やり飲み込む。
口直しに焚き火で枝を焦がし、炭を噛んで胃の不安を誤魔化した。
「炭は吸着作用があるって聞いたことあるしな……。
……いや俺、いつからサバイバル芸人になったんだよ」
◆
夜半になると、森の奥から狼の遠吠えが響いた。
それはさっき倒した個体と同じ魔物の仲間だろう。
「……バレてんのか? おい勘弁してくれよ」
焚き火の光の外、闇がざわめくように思える。
背筋が凍りつき、眠気どころではなかった。
スコップを手に取り、焚き火の周囲に浅い落とし穴を掘り始める。
泥と落ち葉でカモフラージュし、即席の防御陣地を築く。
「これで多少は時間稼ぎになる……。
……いや、こんなん夜勤で仮眠時間削って書類作ってるのと大差ねぇな」
自嘲気味に笑いながらも、手は止まらなかった。
体は疲れているのに、頭は妙に冴えていた。
◆
やがて東の空がうっすらと白み始めた。
鳥の鳴き声が聞こえ、森に朝が訪れる。
拓真は焚き火の残り火を足で潰し、深く息を吐いた。
「生き残った……。マジで、生き残っちまった……」
体中が痛く、腰は軋んでいる。
だが心の奥底に、奇妙な充実感があった。
「……よし。現場は続く。次は水場と食料の確保だ」
スコップを肩に担ぎ、ツルハシを手に、拓真は森の奥へと歩き出す。
木々の隙間から差す朝日が、まるで新しい工期の始まりを告げるようだった




