プロローグ
初めての投稿
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「……また始発かよ。俺、いつ寝てんだ?」
土浦拓真、三十五歳。
土木会社の現場監督。職人たちに怒鳴られ、元請けに無茶振りされ、役所に書類でしばかれる男だ。
朝五時半。
缶コーヒーで胃を荒らしながら家を飛び出し、満員電車に押し込まれる。
揺られること一時間。耳には建設現場特有の音が近づいてくる。
「おーっす監督!」
「おはようございまーす!」
現場に着くと、職人たちが声を掛けてくる。
拓真は笑顔で手を振り――すぐさま眉をひそめた。
「おい! そこの兄ちゃん! ヘルメットのあご紐! 締めろっつってんだろ!」
「あ、すんませーん!」
「謝る暇あったら締めろ! 事故ったら俺が怒られんだよ!」
(ほんっと、監督って損な役回りだよな……。安全管理で怒鳴れば嫌われるし、怒鳴らなきゃ事故るし)
安全朝礼が終わると、作業が始まる。重機のエンジン音が響き、鉄骨を吊るクレーンが空を横切る。
拓真は無線を握り、走り回りながら指示を飛ばす。
「そこ、もうちょい下げろ! ……おい止めろ! お前、合図なしで動かすな!」
「す、すみませーん!」
「はぁ……(俺、怒鳴るために現場来てんのか?)」
◆
昼前。休憩室の隅でコンビニおにぎりをかじっていると、スマホが鳴った。
画面には元請けの担当者の名前。拓真は深いため息をつき、通話ボタンを押す。
「はい、土浦です」
『あ、土浦くん? ちょっと工期、一週間縮められないかな』
「はぁ!? 一週間!? 無理ですよ!」
『いやいや、そこをなんとか。職人さんにお願いすればできるでしょ?』
「……(できるかボケェ! 俺が魔法使いならやってるわ!)」
「すみません、それは現場的に危険なので――」
『いやいや、安全も大事だけど、施主がね? 早くって』
「(知るか! 俺の命削ってんだぞ!)」
なんとか電話を切ると、今度は現場に役所の職員が来る。
「この書類、フォーマットが違いますね。再提出してください」
「えぇ……またですか?」
「えぇ、またです」
「(お前らのフォーマット、毎週変わってねぇか? 趣味か?)」
心の中で毒づきながら、拓真は笑顔を作った。
◆
日が暮れてからは事務所で書類仕事。
日報、施工計画、KY活動報告、安全衛生管理表。
気づけば深夜一時。
「はぁ……。工期は守れ、予算は削れ、でも品質は落とすな……。
――いや、魔法でもなきゃ無理だから」
乾いた笑いと共に、カップ麺をすすりこむ。
現場監督という仕事には誇りもある。だが、消耗するばかりの毎日に心は削られていく。
(俺も、そろそろ“産廃”かもな……)
◆
事務所を出て帰ろうとすると、資材置き場の脇に古びたスコップとツルハシが見えた。
泥にまみれ、錆びてひび割れた柄。
もう誰も使おうとしない道具。
「……俺と同じか」
ぼそりと呟き、拓真はツルハシを握った――その瞬間。
――カッ!
「なっ……! うおっ!?」
ツルハシが青白く光を放ち、スコップが脈打つように震える。
資材置き場が歪み、足元が吸い込まれるように沈む。
「ちょ、待て待て! まだ日報出してねぇ――!」
拓真の声は光にかき消された。
◆
「……っ、痛って……。……ここは……森?」
見渡せば、見知らぬ木々。湿った土の匂い。
空には、信じられない光景――二つの月が輝いていた。
「おいおい……。これ、異世界転移ってやつか? マジで?」
手を見れば、握っているのはツルハシとスコップ。
試しに地面に落ちていた剣を拾おうとした瞬間――
【この武器は装備できません】
「はぁ!? ちょ、なんだよこのシステムボイス!?」
慌ててツルハシを握ると――
【ツルハシを装備しました】
「いや、なんでだよ! よりによってツルハシ限定!? 俺、ドラクエなら商人以下だぞ!?」
混乱していると、茂みがガサガサと揺れた。
赤い目を光らせた狼のような獣が姿を現す。
「……おいおい。転移一発目がモンスター? 剣も魔法もなしで? 俺の武器はスコップとツルハシ……?」
乾いた笑いを浮かべ、拓真は構えた。
「――ははっ。マジで現場監督、死ぬまで現場だな」
こうして、土浦拓真の
『スコップとツルハシで世界を掘り進む!土木監督の異世界開拓記』
が幕を開ける。