表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

拝み屋オボロの別条

拝み屋オボロの別条:くぐるな、鳥居

与茂真斗(よもまさと)は、その日もいつもの裏路地を歩いていた。

古びた鳥居がぽつんと立っている。誰が建てたのかも分からない、社もない不思議な鳥居。


前までは気にも留めなかったのに──ここ数日、通り抜けるたびに胸の奥が冷たくなる。


「……」


そしてその日、真斗はその鳥居をくぐった直後から、言葉を発さなくなった。


口を開こうとしても、声が出ない。

頭ははっきりしているのに、声だけが置き去りにされたような感覚。


放課後。いつも通り神社の縁に現れたオボロは、無言の真斗を見てふっと笑った。


「やっぱり、くぐったんやなぁ。あそこ、道の入り口ですわ。あんた、境を越えてもうたんや」


真斗は眉をひそめて首を傾げる。


「境界ってのはな、どこにでもある。けど、そこに“在る”って気づいてしまったら──その瞬間、境は“通るべき場所”に変わってまう」


オボロは、真斗の肩にそっと触れた。

冷たさが抜け、声がかすかに漏れた。


「……通った、ってこと……?」


「せや。言葉を持って還ってきた時点で、あんたはもう“向こう”のことを知ってしもうたわけや」


オボロは懐から一枚の和紙を取り出し、地面に結びの印を描く。


「けどな、境界を越えるのは悪いことやない。

ただ、通るには“整え”が要るんや。通るべき者が、通るべき道を」


結び終えた印が、ゆらりと空気を揺らした。


「これでしばらくは大丈夫。けど、あの鳥居はな、誰かの“願い”が形になったもんや。

通った者の心の中を見て、道を拓いてまう」


「……俺、なんか見られたのかな」


「見られた、っちゅうより、“聞かれた”んやと思うよ。

あんたの中に、“聞かれてもいい”何かがあった。それが、声を失う形で出てしもたんや」


真斗はしばらく黙って考えた。


「でも、今は……戻ってこれたんだよね?」


「あんたが自分の道を諦めてへんかったからや。

境界の向こうに惹かれるのは自然なことやけど、帰ってくるには、強い“意志”が要る」


その日の夜、真斗は鳥居の前を通らなかった。

遠回りをしてでも、自分の歩く道を選んで帰った。


それが、小さな“結び”の始まりだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ