004 タイミング攻撃
宿でアウロラと休憩を二時間ほど取ってから、再度、図書館へ向かうことになった。
全身が気だるい。
図書館へつづく道をゆっくりと進んでいく。
日差しは沈みかけていた。
乾いた風が、疲れた体に心地よい。
アウロラは鼻歌混じりで歩いていた。機嫌が良いようだ。
歩きながら、アウロラの砂消去魔法について思い返す。
高速だった。
「あの魔法は、アカデミーで習ったのか?」
「いえ、実はおじいちゃんが魔法使いでして、小さな頃に少しだけ教えてもらったことがあったんです」
「祖父の名前は?」
「スティーブンです。スティーブン・C・アステラ」
なんだかどこかで聞いたことのある名前のような気がしたけれど、思い出せない。
私は魔法歴史学については、からきしなのだ。
「大いなる力には、大いなる責任が伴う」私は言った。「魔法を使うときは、慎重に。自分の命を失うだけではすまない」
「はい……」とアウロラはうなだれる。見るからにしょんぼりしていた。
「なぜ魔法使いを目指したのか、きいても良いか?」
「はい。実は、『マナ・コネクト』みたいな情報で働くのが夢だったんです。あそこは、最新の魔法通信技術を使って、世界中の情報を集めて、分析して、未来予測まで行うっていう、とにかく最先端の場所なんです! 綺麗なオフィスで、優秀な魔法使いの皆さんと一緒に、世界の役に立つ仕事ができるなんて、素敵だなって」
めちゃくちゃ早口だったので、最初のほうしか理解できなかった。
「基本的に、きれいなオフィスは賃料が高いだけだ」その分、給与は目減りすると思って良い。「それで、アカデミーに?」
「はい。地元にまともな仕事がなくてですね。手に職をつけないとってことで」
最近は、なんでも魔法により省エネルギー化が進んでいる。
伝統的な仕事が成り立たなくなりつつあるのだ。
地方都市になると顕著で、もはや公務員くらいしかまともな仕事がないらしい。
そんな世間話をしている間に図書館へ到着した。
サハリムの歴史に関する書物を、ざっと調べていく。
一冊にかかる時間は短いが、それでも冊数が多いので大変だ。
アウロラと手分けをしながら処理をする。
「レイジ様、なぜ、そんなに本を読むのが速いんですか?」
「慣れているからな。院生の頃は図書館に住んでいた」
「え? 院を出ていらっしゃるんですか。どちらの?」
「ビッグ・ベア魔術学院だ」一応、名門私立魔術学院だ。
「うわ、すごい! 勉強できるんですね!」
「人並みには」と答えておいた。
学歴というのは、実際の仕事においては一切の意味を持たない。
「院の頃は、何を研究されていたんですか?」
「コンテナ技術だ」
「え? コンテナって、船とかに乗せる、あの?」
なんだか説明が非常に面倒くさくなったので、「そうだ」と答えて誤魔化した。
コンテナ技術というのは、魔法を安全かつ効率的に運用するための基盤技術だ。
時と場合によって変わってしまう魔法使いの精神を、一定の環境下で再現することができる。
私が特に研究していたのは、人間の精神自体のコンテナ化だった。
倫理的な問題から禁忌の術とされ、研究は中止となったのだった。
苦い思い出である。
一時間ほど集中していると、アウロラの姿が見えなかった。
探しに行くと、他の部屋で机に突っ伏して寝ていた。
こうしてみると、まだ少女に過ぎない。
年齢は知らない。恐らく二十歳前後だろう。
たった一晩を共にしたに過ぎないのに、なぜか、可愛らしく思えてならなかった。
本人には言わないけれども。
しばらく見ていると、不意にアウロラが顔を上げた。
「あ、すみません。寝てました」
「気にするな。疲れているんだろう」
「はい。少し」アウロラは照れたように微笑んだ。「えっと、この本を読んでいると、急に眠くなってきまして」
そういって差し出された書には『フルーメン写本』と書かれていた。
表紙には微細な魔力が込められている。
「これは……原始的な精神防壁だな」
「精神防壁ってなんですか?」
「特定の手順を踏まない限り、なかの書物を読むことができないようになっている」
「ああ、だから、眠くなったんでしょうか」
「だろうな」
私は書物との対話を試みる。
いくつかの共通プロトコルを使用してみるが、どれも弾かれた。
古い書物なので、25番や80番のポートが使用されているのではないかと思ったが、違う。
なんらかの古いタイプの認証がかけられているようだ。
精霊と対話し、昔よく使われていた秘密鍵一覧を取得、それを流し込んでみるが認証エラーとなる。
少し考えて、古い手口を使うことにした。
「写本との接続を私が行うから、アウロラは入力を頼む。ランダムな文字列を生成し、私に流し込んでくれ」
「えっと、ランダムならなんでも良いんですか?」
「まあ……ある程度ランダムであれば、なんでも」
「わかりました」
アウロラが詠唱する。
「ランダム文字列生成(char* randomString = generateRandomString(100);)」
またしても古い魔法だ。
高速に詠唱された文字列が、魔力となって私のなかへ入ってくる。
人によって魔力の質は異なるが、アウロラの魔力は温かかった。
心地よい。
とにかくアウロラは、魔法が速い。
生まれ持ってのCPUが人よりも性能が良いのだろう。
それらの受け取った魔力を、そのまま写本にひとつずつ投げ入れる。
認証拒否のメッセージが返ってくる。ここまでは想定通り。
ここからが重要だった。
送信、認証、エラー。
送信、認証、エラー。
送信、認証、エラー。
それを繰り返しているうちに、あるパターンがわかってくる。
最初の文字が「d」のときだけ、明らかにエラーメッセージの返りが遅い。
そうなると最初の文字はdということがわかる。次の文字の判定で弾かれていることは間違いないからだ。
最近の精神防壁では、このようなタイミング攻撃が通らないように、どんな文字が入力されたとしても一定の時間が経過してから返答があるようになっている。
そうしてランダムな文字列の入力を繰り返しているうちに、ついに認証は解除された。
写本が紫色に輝き始めた。
「さすがレイジ様。すごいですね!」
まあ、古い魔法を知っている者なら、誰でもたどり着けるだろう。
写本を開いてみると、そこに書かれていたのは……見知らぬ言語だった。
「アウロラ。この文字、読めるか?」
アウロラに写本を見せた。
彼女は、ぐっと目に力を入れたようすだったが、首をかしげていた。
「いえ、さっぱりですね。これ、なんて言語ですか?」
「いや、それがな、見たことがない言語で……。でも、不思議なことに、なぜか読めるんだ」
ほんの少しだけ文法は異なるが、概ね、私が普段使用しているFS語によく似ていた。
「なんて書いてあるんですか?」
「簡単に言うと、サハリムギアは王家の墓で、神聖な儀式の場だった。そこでゴーレムを生成する儀式が行われていて、これは王が戴冠した際に行われるものだった。ところが、王家が没落するにつれ、人々は精霊との対話ではなく自らの魔力によってゴーレムを生成することになった。ゴーレムの生産量は飛躍的に向上し、人々はその力に酔いしれた。前半は、そんな話だな」
アウロラはうなずいていた。本当に理解しているのだろうか?
「後半は……。サハリム出身の魔法使いたちは、ゴーレム工場を制御するために尽力してきた。ところが、百年ほど前に起きた、サハリム大震災により、大地に衝撃が走った。おそらくはそれが原因で、ゴーレムたちは人間のコントロールを失った。また、サハリム・ギアから無限に砂が生成されるようになった……らしい」
このフルーメン写本は、実際にはそこまで古い書物ではないようだ。
前半部分はたしかに古いが、後半については、つい十数年前まで書き足されていた。
どうやらサハリムにおける行政書類のような存在らしい。
「読まれたのですね」
不意に声がした。
そこに立っていたのは、宿屋の女主人だった。
小説家になろうに初投稿!
完結まで頑張ります!
・だいたい3〜4話に1回くらい事後シーン(朝チュン)があります。
・事後シーンのある話には『★』がついています。
・魔法のシーンは適当なので、雰囲気で良いです。読み飛ばしてください。
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