016 継承は悪
私とアウロラは、アタックの発信元である人魚の入江を訪れていた。
ここはプロテアとミスティとの出身地でもある。
ギルドからは三十分程度の距離だった。
到着したのは夕暮れだった。
入江全体が黄金色に染まっている。
遠くの岩場には、人魚の姿が見え隠れしていた。
甘く切ない歌声が聞こえてくる。
「なんだか、いい雰囲気の場所ですね」とアウロラ。
「観光客にはデートスポットとして人気があるらしいが……」
「デート開始!」そう言って、アウロラは私の腕にしがみついてきた。
「……歩きづらい」
「ブッブー」何か私は間違えたらしい。「正解は、アウロラと一緒に歩けて幸せだ、ですよ」
まあ、実際のところ、幸せではあったけれども……。
恥ずかしくて言えなかった。
私たちはゆっくりと砂浜を歩いていく。
そろそろ日も落ちるだろう。
軽く現地を調査したあと、宿に泊まってさっさと眠ってしまおう。
そんなことを考えていた。
ときどき、Mlackという魔法通信ツールに通知が入る。
どうもギルドのシステムが高負荷になっているようだった。
またしても攻撃を受けているのだろうか……。
帰って一時的な対処をするよりも、原因を突き止めたほうが早い。
戻らず、人魚の入江の探索をつづけることにした。
浜辺を進んでいくと、人魚たちの姿が目に入ってきた。
数人の人魚が、浅瀬で何かを話している。
海のなかに入っているのでわかりづらいが、子どもかもしれない。
近づいていくと、人魚たちは私たちに気づいた。
警戒するようにこちらを見る。
その瞳には、不安と怯えの色が混じっている。
「何かあったのか」私は尋ねた。
人魚たちは怯えているようすで、何も答えない。
「だめですよ。レイジ様。もっと優しく話かけないと」
そう言って、アウロラはしゃがみ、水面に視線を向けた。
「いったい、何があったの? 教えてくれる?」
「リーラが帰ってこない」とひとりの人魚が言った。
「リーラというのは、友達か?」
「そう」小さくうなずいた。「ギルドの仕事を受けてた。いつもなら帰ってくる時間なのに、帰ってこない」
「どんな仕事か聞いているか?」
「『人魚の涙』を取りに行くサポートの仕事」
「人魚の涙って、なんですか?」アウロラは言った。「あ、鬼の目にも涙的な?」
アウロラの言っていることはよくわからなかった。
たぶん古いことわざか何かだろう。
無視することにした。
「人魚の涙は、この入江でしか取れない真珠」と人魚は答えた。「もしかしたら、海賊かもしれない」
そういえば、ミスティが海賊が出ると言っていたか。
海賊退治のために補助金が入っている、とも。
「普段、こういうときはどうしているんだ?」
「ギルドの警備隊に連絡してる。でも……」人魚の顔が曇る。
「どうした?」
「通報システムが止まってるみたいで、連絡がつかない」
そうか……。
「私たちが、直接、ギルドに連絡しましょう」とアウロラ。
「いや、それでは遅いかもしれない」
本来、私の仕事ではないのだが……。
「人魚の涙は、どこで取ることができる? そこに連れて行ってもらうことはできるか?」
人魚は小さくうなずいた。
私とアウロラは、ひとりの人魚の後をついていった。
「きみ、名前は?」
「レーミ」と答えた。
「わたしはアウロラです」アウロラが名乗った。「そして、こっちがレイジ様です」
「レイジ・サーマ」
「違う。『様』は敬称だ」
「継承?」とレーミはつぶやいた。「継承は悪って、お母さんが言っていた」
私は何も言わなかった。
どうやら、人魚はアンチOOP教らしい。
継承というのは魔法のテクニックのひとつだ。
既存の魔法クラスをベースに、新しいクラスをつくることができる。
たしかに便利な機能なのだが、親クラスの変更によって、子クラスに予期せぬ不具合が発生することもある。
多重継承といって、親、子、孫まで継承されると、もう、わけがわからなくなる。
という側面もある。
くらいにしておいたほうが良いだろう。うん。
そうしているうちに、入江の奥まった場所にある岩場へ到着した。
そこは完全に水没していた。
「ここを、どうやって進むんだ?」
「魔法があるから」
レーミは両手を胸の前で組み、祈りを捧げはじめた。
周囲に、淡い青色の光が集まり始める。
レーミは歌うように詠唱していた。
そうしているうちに、潮が引きはじめた。
人が、ぎりぎりひとりは通れる程度の道だった。
浅瀬をレーミは泳いで進んでいく。
なるほど、こういうギミックがあるから、人魚が必要なわけだ。
しばらく進むと、道は徐々に狭くなった。
洞窟へと入っていく。奥は暗闇に包まれていた。
洞窟の中は、ひんやりと冷たく、静まり返っている。
奥に進むにつれて、光は届かなくなり、完全な闇に包まれた。
「アウロラ、暗視はできるか?」
「できません!」
「開け、深淵の眼差し。 ( startNightVision() )」
詠唱すると、視界は太陽の下にいるのと変わらない程度に明るくなる。
私の用意したstartNightVision関数は、シングルバイナリ魔法にしてあった。
シングルバイナリにしておけば、簡単に発動できる。
少々容量が大きくなってしまうのが難点だが、小さな魔法なので問題はない。
こういうときはG語が羨ましくなるが……。
「開け、深淵の眼差し。(~/startNightVision)」
……どこに保存してるんだ。
tmpでも良いし、また使うなら~/magicとかにしたら良いんじゃないか。
まあいいけれど……。
少しずつ進んでいくと、道の先に、かすかな光が見えてきた。
同時に、金属がぶつかり合う音。
怒号。そして悲鳴のようなものが聞こえてくる。
一人の冒険者が、剣を構えていた。
リーラと思われる小さな人魚を背にかばうようにして立っている。
冒険者は、全身に切り傷を負い、息も絶え絶えだ。
それでもなお、リーラを守ろうと、必死に剣を振るっている。
冒険者を取り囲んでいるのは、5人の海賊たち。
全員が、剣や斧、メイスなど、思い思いの武器を手にしている。
やれやれ……。
人間を傷つけるのは、好きではないが……。
「重縛 (fun target -> { target with gravity = target.gravity * 3.0 }) >> apply_to enemies」
私が呪文を唱えると、海賊たちの動きが目に見えて鈍くなった。
まるで、水中ででも動いているかのようだ。
「レイジ様、さすがです!」とアウロラが言った。「あとは任せてください!」
やめておけ、と言いたかったが、遅かった。
「捻じ曲がれ、壊旋!( breakSpin(&target) )」
音を立てて、海賊たちの腕が捩れる。
「……あれ?」とアウロラ。
「やりすぎだ」
海賊たちはうめき声を上げていた。
せめてもの救いとして、海賊たちの意識を失わせることにした。
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---もともとのあとがき
だいたい3〜4話に1回くらい事後シーン(朝チュン)があります。
魔法のシーンは適当なので、雰囲気で良いです。読み飛ばしてください。
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