明朝から行動を開始します。
「…そろそろお目覚め下さい。あれからもう10年が経ちます。貴女のいない10年…私には長過ぎます。」
声が聞こえた。懐かしい…1000年以上私に付き添ってくれた大好きな声。
私がゆっくりと目を開けるとルナが目に映る。黒髪に金色の瞳、相変わらずのメイド服におっきい胸…。私の手を握り寂しそうな表情を浮かべている。
私が感傷に浸っているとルナと目が合った。
驚いたルナは足元の木桶や椅子を倒しながら勢いよく立ち上がる。
「リアナ様…お目覚めに…急ぎシルフィード様にご報告を!」
ルナは慌てて部屋を出ていってしまった。
(ここは…精霊の森の私の家…)
───── ───── ─────
ルナが部屋を出て10分ほど経った時部屋の外からドタバタと足音が聞こえてきた。
「リアナちゃん!」
最初に部屋に入ってきたのはシルフィードお母様、それに続き見た目は厳ついおじさんの火の大精霊イフリート、大人しめの地の大精霊ノーム、無邪気な水の大精霊ニンフ、ルナの順に入ってきた。
「リアナー!」
ルナの介助で起き上がった私にニンフが勢いよく抱きついてきた。
「ボクもうダメかと思ったんだよー!たった10年しか経ってないのに今までで1番長い10年だったよー!」
「心配かけたわね。もう大丈夫よ。」
私の言葉にルナは言いづらそうに告げた。
「それが…リアナ様の髪が…。」
「私の髪…?…えっ?嘘でしょ。」
数百年ぶりに動揺したかも。密かに自慢だった金糸のような髪が真っ白になっていたなんて。それだけではなく魔力の保有量もかなり落ちてしまっている。
「髪の色と魔力の量が変わったのは8年ほど前よ。身体の修復にリソースをかなり割いたようね…。」
「元に戻りますか?」
お母様は恐らく私の不安を汲み取ってくれた…。でも、だからこそ戻るとは断言はしなかった。
「分からないわ。魔力はどうにかなるかもしれないけどでも髪の色は…。今回の出来事を整理しましょう。1つ目は貴女がルナちゃんに起こされた洞窟。あれは元々小規模なダンジョンだったの。誰がどう見ても罠って分かるレベルの。そこに入った貴女がダンジョン内の宝箱を開けると霧が発生した。それに触れた貴女は糸の切れた人形のように倒れてしまったの。その後ダンジョンに入ってきた男にナイフで複数回刺され気を失ってしまった。これは憶えてる?」
お母様の問いに私は首を横に振った。洞窟に入ってからの記憶があやふやだった。ダンジョンがあったら入る。それは確かに私の思考だけどその後の行動があまりにも迂闊すぎる。
「その男の特徴は?」
イフリート…おじ様がお母様の話に割って入るがお母様は首を横に振った。
「分からない。外套の認識阻害が強力すぎて男ということしか捉えられなかった。」
「おい…そいつはまさか…。」
「恐らく神代の遺物ね。リアナちゃんが全て破壊したと思ったんだけど見落としがあったか新しく作られていたかどちらかね。」
「見落としは否定できません。神々が作った遺物を全て把握出来ていた訳ではありませんしあの時は危険なものを最優先で破壊していたので。」
「その最たるものが不死殺しの剣…か。あれの破壊は俺達も確認した。」
「うん、ボク達はリアナがあれを塵にしたのを見ている。二度と復元されるわけないよ。」
「2つ目はその不死殺しの剣よ。あれは模造品ではなく正真正銘の不死殺し…。でも気になるのは復元されたことだけじゃないわ。本物の不死殺しで貫かれたリアナちゃんが生きていることが気になるの。」
「シルフィードが本物と思い込んでただけって可能性はあるか?」
「あの場所にいた人の中であれを知ってるのは私とリアナちゃんだけ。でもだからこそ注視していたわ。そのうえであれは本物と断言出来るわ。」
「……。おいノーム。お前さん昔あれについて調べてただろ?なんか知らないか?」
「シルフさんが本物と言うなら間違いないと思います。それに貫かれたリアナが死ななかった理由ですが権能が定着していない可能性があります。不死殺しは神機なので製造の際に神は自らの権能の一部を付与する必要があります。権能を定着させるまでには少なくとも100年規模で神が力を注ぎ続ける必要があります。時間をかければかけるだけ強力なものになりますがその工程を省略してしまうと効力はかなり落ちてしまいます。それこそ不死殺しでありながら10年の治療で治ってしまう程度のものに。」
「なるほどな。ってことは今回の件は神絡みか。」
「私が殺し損ねた神がこの世界に戻ってきたのか再びこの世界に干渉を始めたってこと?」
「アレらがこの世界に干渉を始めたのならリアナが気づくはず…。ましてや傲慢なアイツらが何もせずに居るなんて考えられない。」
神…。神代戦争では3柱を異界に逃がしてしまったのよね。神機が出てきた以上異界に逃げた神はそれを察知する。そうなればこの世界はまた神を相手に戦わなければいけない。そうなればこの時代の人間は…。
「あ、お母様…あの鎧片って?」
「解析なら終わってるわよ。結論から言うとあれはミスリル製の鎧ね。でも呪いが付与されていたわ。鎧の崩壊と同時に術者を殺すものね。」
お母様から気になるなら取ってくると提案されたが多分もう意味をなさないので断った。
今後の対策は後日話し合うことになりルナ以外のみんなは部屋を後にした。
───── ───── ─────
「リアナ様…お目覚めになられて本当に良かったです。」
涙を浮かべたルナは私の手を握り震えながらそう言った。
「心配をかけたわね。ごめんなさい。」
「私がもっと動けていれば…あの時からずっとそう考えていました。私はリアナ様を守るためにお使いしているのに…。」
(10年間ずっと苦しんできたのね。)
「貴女は私によく尽くしてくれました。これからも頼りにしてるわよ。」
こういう時どんな言葉をかければいいのか分からない。それでもルナは私の言葉を聞くと顔を上げる。
「これからも…お傍にお仕えしてもよろしいのですか?」
「当然じゃない、私は貴女が必要なのよ。」
───── ───── ─────
私が覚醒してから数日は精霊たちが集めた情報を整理し今後の対策を話し合っていた。彼女たちは私が眠っている間の10年間各地で不死殺しや神について調べてくれていたのだ。そして先日全ての情報が集まったことでようやくスタートラインに立つことができた。
まず私の襲撃に関わったアーサー、ガルム含む騎士団、魔術師団は逃走。王の居なくなった帝国は僅か半年で隣国であるアルザルト王国に無血占領された。占領とは言ってもアルザルト自体帝国を支配する気はないみたいで同盟ということで落ち着いたみたい。アーサーは頑なに他国と同盟を結ぶことに否定的だった。色んなところに喧嘩を売ることはなかったのは不幸中の幸いかな。王国が支配しなかったのは予想外だったけど恐らくアーサーの妻のマリアやアルザルトの王妃が頑張ったのだろう。マリアや娘のレナの安否が気になるけど今は無事を願うしかないのが歯痒いわね。
さらにアーサー逃走後、各地に散っていた子供達が動き始めたという情報も上がっている。定期的に集まっているみたいだけどそれが何を意味しているのかは不明と。
次に不死殺しの剣だけどやはり精霊達も関わりたくないようで情報は集まらなかった。まぁ、しょうがないわね。オベロン様が死んだのも不死殺し…。伝承があっても復活出来ないのだから。
アーサーたちに接触していたという精霊だけどこれも情報がなかった。精霊に関しては四大精霊やルナも情報を集めていたが何も出てこなかった。アーサーがお母様を欺くために嘘を言った…。それに精霊ではなく正体不明の人物が接触していたって言う情報も上がっているのが気になる。
アーサーたちのことを考えると恐らくお母様から課せられた罰を解くために各地を巡っているはず。1番手っ取り早いのが神聖国に行くこと。でも帝国と神聖国の関係性や帝国が王国に侵略されたことを考えると神聖国に行くことはリスクが高い。となると今この世界で精霊の罰を解くには星の核…原初の神に接触するのが1番確実。あれはあくまでも中立。星に危害さえ加えなければ公平を取るわ。
そして最後に魔人と呼ばれる集団の出現…。精霊たちも噂程度しか知らないようだけど魔王の復活を目論むとかなんとか…。過去1000年で魔王なんて呼ばれた存在は確認されてない…それなのに復活って…。魔皇は健在…なら魔人たちが言う魔王はまた別の存在…。警戒しなきゃいけない問題が増えたのは厄介ね。
「……。決めました。精霊は四大精霊を中心に世界樹の守護をしつつ引き続き情報収集を。さらに魔皇に連絡を取り魔族領の世界樹を守るようにと。何か見つかり次第私に連絡を。絶対に私の到着を待ってください。」
「リアナはどうするの?」
「私は各地を巡り不死殺しを探します。あれはこの世に存在していいものではありません。私にとっての脅威ということを抜きにしても…。それにあれを探すことがアーサーたちの足取りを追うことになりますから。」
「でもリアナ1人でなんて…」
「心配いらないわニンフ。私にはルナがいるもの。それに四大精霊の内誰かも着いてきてくれるのでしょ?」
「…そんなことまでお見通しなんてさすがリアナだね。不死殺しに関しての情報の少なさは想像できてた。仮に多くてもリアナは自分で不死殺しを探すと言うに決まってる。だからその時はリアナの意見を尊重して誰かついていこうって決めてたんだ。と言っても世界樹守護や情報収集もあるから1人が長期間リアナ達と同行できる訳じゃない。足を運ぶ地域の環境に合わせられるのがベストなんだけどね。」
「十分よ。ありがとうみんな。…それでは明朝から行動を開始します。」
今後の方針も定まり精霊たちも解散し私やルナも旅支度を始める。
世界樹の周辺は平野が拡がっており1番近い村でも徒歩で1日かかってしまう。でも幸い私が10年前乗っていた魔導馬車の回収されルナが10年間欠かさずメンテナンスをしてくれたおかげでいつでも出発できる状態になっている。食糧やその他消耗品は10年前の遠征の残りでおよそ1ヶ月分はあるし問題は無いはず…。
今の状態で魔力を消耗するのは極力避けたいわね。暫くは消耗の少ない支援魔術に徹する方がいいかな…。ルナには苦労をかけるけど戦闘は任せるしかないか。
あとはあれを作って今日はもう終わりにしようかな。