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龍と魔法使い

シルはとても静かな子で、初めて私を見たときの反応も淡白なものだった。


「何故お前は私を見ても逃げないのだ?」


シルは不思議そうに首を傾げ、銀色の長い髪も右に垂れ下がっている。


「あんまり怖くないから」


ちび娘の癖に私の巨体を見て最初の感想が怖くないだと? 随分と生意気で世間知らずな奴だと思った。


「逃げぬというのなら私を狩りに来た冒険者か?」


「私の家族はみんな死んだ。だから家を探している」


「ほう...」


シルの瞳は曇っていて、今にでも死んでしまいそうな程に灯火は弱い。

幼い頃に家族を亡くした者の痛みは分かる。

実際に私も家族を幼い頃に亡くして、一人で様々な苦労を強いられた。偶々ドラゴンだったから何とかなったが、それでも苦しいものだった。住むところを転々とし、食べ物も自分で調達し、度重なる負傷も自分で対処してきた。ドラゴンは感覚で魔法が使えるから、人間の負う苦労に比べれば随分と楽だ。


シルと出会った時は認められ無い感情だったが、今ならそれは同情と母性本能が齎した結果だろう。


「お前の名前は?」


「シル。他にも名前があったけど長くて忘れた」


「住む家の宛はあるのか?」


「無い。だけど、いつかは見つかるんじゃない」


「私と一緒に住むというのはどうだ? 獲物の取り方、魔法の使い方、飯の作り方ぐらいは教えてやる。

お前が独り立ち出来るまで面倒を見てやる」


「ドラゴンにそんな事出来る?」


うまい話だと思ったのだろう、シルの藍色の瞳が鋭くなる。まあ、疑われるのは当然だろうな。


「心配は無用だ。お前なんて食っても足しにならないからな。それに、ここで見過ごした方が寝覚めは悪くなる」


「手段は選んでられないか」


「そうだ。話が早くて助かるよ」


こうして、私とシルの生活が始まった。


始めはドラゴンと人間の違いに悩まされた。

シルの為に取ってきたオークの肉だが、シルに火だけ炙った状態のそれをやると、人間には合わないみたいでシルはすべて吐き出してしまった。

なので、人間に食事を合わせるために人間の料理本を森から出た人里で入手する必要に迫られた。

幸い返信魔法があったので、問題なく料理本を入手して事なきを得る。約一日をかけて読破し、シルに合う料理を次の日から調達するようにした。

すると彼女はぴょんぴょん跳ね、歓喜の表情を顔に充満させる。


「ありがとうドラゴン。久々に美味しいものを食べた」


この感情はなんだろうか。魔物は本来喜怒哀楽が乏しい筈なのに。


始めはこんな感じだった。次第にシルに対する扱いに慣れていき、私達の生活にゆとりが出てきた頃。


「そろそろ魔法を教えてやる」


最初に約束した通り、シルに対して生きる術を叩き込んで、一人でも生きていける様に準備を始めた。

私が使う魔法を理論化して、人間でもわかるように教える準備は済ませてある。


「私でも使えるのかな。人間で魔法が使える人なんて一人も見たことないよ?」


「当然だろう。魔法が使えるのはドラゴンだけだ。

元来、人間に渡してはいけない特権なのだ」


「そんな大事な技術なのに、私なんかに教えて大丈夫なの?」


「ああ。私は種族から孤立しているし、家族もいない。誰も咎める人は居ないからな」


シルの目が潤んだ様に見えたが、気のせいだろう。

魔物は感情の起伏に乏しいはずだから。


「特に文句もないなら問題ないだろう。先ずはその本を読み込め」


丸い木のテーブルに分厚い本をポンと置く。

あまりにも重い為、木で出来た家に弱い地震が起きたみたいになった。


「これは何?」


「私作の魔法の書だ。人間に合うかはシルの出来をみて判断しよう」


本を手に取ろうとしたシルはあまりの重さに一瞬よろめく。なんとか両手で持ち直し、意を決して自室に戻っていった。


「シル。甘い飲み物はいるか?」


「ホットミルクティーを一つ」


しばらく経って、シルが魔法の書を読破した。

次のステップとして、覚えた知識を外に現界させる必要があるわけだが、果たして出来るのか。


「出来た!」


杞憂だった。シルはあっという間に私の魔法を覚えた。大体1年程で覚えてしまった為、拍子抜けというか、寂しいというか。

私の知識の集大成なのだが、一年で攻略されてしまった。


「何で悲しそうなの?」


「覚えるの早くね」


「センスがあったのかも」


シルの得意な表情を見てぶん殴りたくなったのは内緒だ。今の人間の姿で殴っても家が消し飛んでしまうのもあるが。


この様な経緯で私はシルと出会った。

人間の寸法に合わせて作った木のログハウスも、1年半経てばそれなりに愛着が湧いてくる。

始めは理解できなかった感情も、今なら明確に言葉にできる。

シルの背丈は相変わらず伸びていないが、力は十分ある。そろそろ潮時だろう。振り返ってみれば良い思い出ばかりだ。だが、これ以上私との生活に付き合わせる訳にはいかない。シルにはもっと、人間としての生活を楽しんでもらいたい。別れを切り出すなら、今しかないだろう。


「ドラゴンただいま」


日も暮れて来た頃、リビングの丸テーブルからシルの活き活きとした藍色の瞳が見える。


違和感を感じ取ったのだろう。シルの表情が固くなる。


「シル、話がある」


向かいの席に付くように促し、ミルクティーを飲んで一息つく。

心の準備はもうできた。あとは切り出すだけだ。


「もう私が教えることは無い。シルはもう一人でもやっていけるから、明日には此処を出ていくといい」


一瞬、シルは驚きで目を見開いていたが、すぐさま藍色の瞳から滝のように涙が溢れる。


「嫌だ! 私はもう家族を失いたくないよ!」


こんなに強く反論するのは始めてだったので少々狼狽したが、我儘は聞き入れられない。


「駄目だ。ドラゴンの私と一緒にいれば、きっとお前の人生は無茶苦茶になる。私と離れた方が幸せになれるのだから、我儘しなさい」


「嫌だよ!」


「駄目だ。どうしてもと言うなら力尽くで追い出す」


「どうしてこんな急に!」


「黙って受け入れろ! 何度も言わせるな!」


結局は怒ったシルは荷物も持たずに出ていってしまった。私の胸は後悔に包まれる。もっと良い別れ方は無かったのだろうか。今更考えても仕方無いが、それでも...


「後悔は払拭できないなぁ」


シルのせいで心まで人間に染まってしまったのだろうか。今後はシルのいない、慣れた日々に戻るだけだ。

すぐに忘れるさ。そう信じている。そう信じているが、シルの手作りのハンカチは水浸しになっている。


それからまた1年ほど経った頃。シルと別れてから丁度の森林が紅葉に満ちる頃、家のベルが鳴らされる。

シルが去ってからと言うもの、私は人間での生活に慣れてしまったので、変わらずにログハウスで人間の姿のまま生活している。


「どなたでしょうか」


ドアを開くと、そこには見覚えのある藍色の瞳に、白銀の美しい髪、食うに値しない小さな娘が居た。


「ここにドラゴンが住んでいると聞いたのですが、何処にいらっしゃいますか?」


「さあ。馬鹿な小娘に腹を立てて憤死してしまったと聞きましたが」


「この紅葉に似合う紅い髪色を持つ人間の女に化けるみたいです。なので、恐らく人間のまま何処かに隠れているのかもしれません」


「ほう。見かけたら近くの人里に知らせておきます。では、私は用事があるので失礼します」


「少し待ってください。実はですね、私は魔法使いなんですよ。それに、レッドドラゴンよりも強いのですよ」


「人間の魔法使いがですか?」


「そうなんですよ。例えばレッドドラゴンを使役したりとか出来るんですよ。こんなふうに」


「マジじゃん」


私の手首に紅葉がアクセントのブレスレットが出現した。通常使役の魔法は銀色の首輪が巻き受けられるのだが、彼女の場合は可愛らしいアレンジを加えたようだ。しかし強くなったものだ。感慨深いものだ。


ところで、最初から言いたい事が一つあった。


「なんでここにいるんだよシル!」


「あの後色々と考えた結果、ドラゴンを使役しちゃえば解決するじゃん! って閃いたわけよ」


「一年で私より強くなるって、想定外だ」


「結構頑張ったからね。さて、ドラゴン。私と一緒に冒険しない?」


どうせ拒否権なんて無いんだから聞くまでも無いのに。


「わかったよご主人様。私がお前を守ればいいんだろ」


「この使い魔物わかり良いじゃん。益々気に入っちゃうよ」


退屈した生活は終わり、ここから新しい章が始まる。




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