南の島
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「おねえちゃん、ほらもっと力入れて引っ張って! 海に引きずり込まれちゃうよ!」
「がんばるわ!」
「せーの!」
「あ、魚見えた!」
「こら手を離すな! 網が波にさらわれちまうだろ!」
「きゃー、ごめんなさーい」
「兄ちゃんのばかー、かっこつけー! ねえちゃんの前でかっこつけー」
「すけべー」
「ぶっとばすぞお前ら」
たくさんの子ども達と幾人かの少年少女が波間から漁網を少しずつ引き上げる。網の中にはいくつかの大きな魚と、たくさんの小さな魚が入っていた。
網を完全に引き上げると、小さすぎる魚を海に返して残りの魚をみんなで分ける。大人たちが手早く網をたたんで解散を告げ、銘々が魚を手に家路をたどっていった。
人気の無くなった砂浜に少女がひとり、葉に包んだ魚を脇に置いて海を見ている。網を片付けて帰ろうとした少年が声をかけた。
「教会まで送っていこうか?」
「大丈夫、日没を見たら帰るから。ありがとう」
日は見る見るうちに水平線の下に沈み、あたりを照らすのは残照だけとなった。
その頼りない光もすぐに薄れていく。
「楽しかったですか」
後ろからかけられた穏やかな声に、少女は振り向かずに答えた。
「はい、とっても。この小魚は私の分としていただきました。朝食に焼きますね。今度は焦がさないようがんばります」
「それは楽しみです」
「素晴らしい島ですね、ここは。暖かくて、みんな優しくて」
「温暖さゆえに一年中果物や魚が獲れるので貧しくとも飢えたり凍えたりはしません。この環境が人々の鷹揚さや優しさを育むのでしょうね。楽園と言われるのも納得です。
もちろん嵐もきますが、彼らは助け合って乗り越える逞しさを持っている。すでに大嵐を経験したあなたには言うまでもないでしょうが」
「あの時は教会の屋根まで吹き飛んで驚きましたわ。嵐を避けるために皆で洞窟に籠もるなんて体験も初めてでしたし」
「怖かったですか」
「少しだけ怖かったです。でも正直わくわくしていたんです。
風の音や海の音や雷の音は大きかったですけど皆が一緒でしたし、食べるものも寝る場所もしっかり用意されていて。みんなで枕を並べて雑談しながら寝るなんて初めての経験でしたわ。
嵐が去った後、屋根のない建物で寝たのも」
「島人たちがすぐに屋根を修理してくれて助かりましたね」
「ヤシの葉であっという間に屋根を作ってしまうんですもの。贅沢しなければ、生きるのに必要なものはすごく少ないんだなって」
あたりはすっかり暗くなり、星が見え始めていた。お互いの顔も見えない。
「私、こんなに楽しんで許されるのでしょうか。北の国は今ごろ……」
「貴女が逃げてくれたことで、王太子派や正統派、西の国も王位継承の大義を失いました。貴女が国に戻れば婚姻以外の道は許されない。婚姻してもいい誰かがいらっしゃいましたか?」
あの王子は生理的にも政治的にもありえないし、正統派の誰かと結婚しても血統主義は変わらない。併呑ありきの西の国の公爵令息との結婚もありえない。
「北の国にとっても私がいないほうが良かった気がします。ですが、これからあの国はどうなるんでしょうか」
「王制が貴族による合議制に変わるでしょうね。そしていずれは貴族以外の政府へと。武力による王朝の交代や革命が起こるよりは流れる血が少ないと思います」
その言葉はきっと正しい。自分は国から逃げたのではなく、国のために隠れているのだ、そう思いたい。
「血統主義も変わらざるをえません。派閥内での政略結婚を繰り返した弊害で、貴族同士では子ができづらい。なのに婚外子は後継者に認めないので貴族は減る一方です。
王家は王子ひとりですし、公爵家にもあなた一人しかいらっしゃらない。行き詰まるのは時間の問題でした」
祖国の閉塞がわかっていても逃げ出した罪悪感はいなめない。
「貴族の婚外子の多さも、好意的に考えれば、本能と理性が近親婚を否定し遠い血を求めたのかもしれません。
王子の場合は、自分より正当な血統とされる貴女への劣等感と、血統を否定すれば自分も王族の地位を失うというジレンマで、より複雑だったのでしょうが」
大神官様でも不貞擁護は許しませんよ?
「国王も王子も片頭痛持ちです。おそらく近親婚の弊害のひとつでしょう。慢性痛があると苛つきやすくなりますから」
だから王子は気分屋だったのかしら。病気のせいでも許しませんが。
「だから、二人とも治癒術士を伴侶に求めたのでしょうね」
わざわざ治癒術士と結婚しなくても王家にもたくさんお抱えがいますけどね。
「どうせなら魅力的な異性に治癒してもらいたいという方は多いですから。私にはわかりませんが」
やはり大神官様は凡百の男とは違いますね。王子は凡百でしたけど。
「実をいうと、私も北の国の王家の血をひいているんですよ」
婚外子ですか? 本能案件ですか? 不貞擁護とか考えてごめんなさい。生まれた子に配慮が足りませんでした。声に出してなくてよかった。
「私の父は稀代の結婚詐欺師でした。あなたの大伯母様を騙して産ませたのが私です」
なるほど大伯母様の子ですか。なら大神官様はいとこ伯父ですね。おばあ様やお父様と似ているところがあったかしら? 日が落ち切って大神官様の顔が見えないわ。太陽戻って。
「国母たる前王妃陛下に、私の存在が許されるはずはなかった」
待って、大伯母様は前王妃陛下ではないの。
「前王の血筋は、どうにも障害ありきの恋でないと発情できない性情らしく、前王も前王妃陛下を障害役と定め冷遇しました」
どこかで聞いた話ね。遠い血や治癒術士を求めるのは勝手だけど、王位のために結婚した王妃を冷遇するな。
「前王の薄い血を補完するための王妃だったのに、子どもを作らなかったのです。子が出来ないことを理由に愛人を側妃とするため、そして愛人の産んだ子を次の王とするためでした」
子ができなかった理由がそんなくだらないことだなんて。婚姻前に破棄した王子のほうがまし、……それはないわね。
「勝手に障害物に認定された側は堪ったものではありません。前王の真実の恋ごっこに疲れた前王妃陛下は、私の父などにひっかかってしまいました」
前王妃陛下は大神官様のお父様に会えて幸せだったと思います。大神官様と国王を比べたら、父親の出来も一目瞭然ですから。
「私を妊娠した前王妃陛下は、前王の目を欺くために死の病を偽装して離宮に移りました。そして内密に私を産み落とすと、妹である前公爵夫人に託し毒を飲んだのです」
大叔母様は病人として死ぬことで大神官様を守ったのですね。おばあ様も辛かったでしょう。
「物心つくまでは公爵家の領地で隠して育てられましたが、道理が理解できる年になると、貴族の婚外子である孤児と偽装して神殿に入りました。前公爵夫人から、目立たぬように田舎で生きていけと言い聞かされていたのに、治癒能力を見出されて神殿本部に召し上げられてしまった」
戦争だったのです。傷ついた兵士を大神官様が見捨てられるはずもありません。
「それで出世して神殿本部での儀式に出ざるを得なくて、前公爵夫人と再会してしまいました。貴族は目敏いですね。夫人が一瞬目を見開いたところを目撃されたのです。
その後もお互い接触を避けたので、夫人に異国嫌いの血統主義者の汚名を着せてしまいました」
ごめんなさい、おばあ様。噂に惑わされて、あなたが血統主義者だったと勘違いしていました。
「前公爵夫人は、貴女を婚約者にとの王家からの再三の要請をすべてはねのけました。近親婚を拒否すると返答したのに、公爵家が血筋に劣る王家を拒否する言い訳だと邪推された。だから余計に血統主義者と思われたのでしょう。王子の劣等感も煽ってしまったのだと思います」
おばあ様がよく追い返していたのは王家の使者だったのね。ありがとう、おばあ様。王子は親ごと死ね。公爵代理も死ね。
「幸い、父の異国の血のおかげで前公爵夫人との血縁を疑われることはありませんでしたが、それでも王族や貴族との面会は極力避けました。規則にのっとって平民と同じ順番待ちをしてもらっただけですが」
おばあ様も王家の使者を待たせていたわ。叔母と甥ってやはり似るのね。
「考えようによっては、私にはあなたや王子より濃い血が流れています。正統派や他国は私を婚姻で取り込み王位に据えようとするかもしれません」
目に見えるようだわ。女性より男性のほうがたくさんの子を残せるから。
「王や王子は、色恋だけに目がくらんだわけではなく、目に見えない血統という力と戦うために、目に見える治癒能力を求めたのでしょう。治癒は見せつけやすい能力ですから」
治癒術は派手ですものね。大神官様の治癒術なんて神がかっています。
でも王子にそんな深謀遠慮はないと思います。王子死ね。
「ですがそれもまた別の断崖への道でした。
これは神殿の秘事ですが、治癒能力が強力なほど生殖能力に異常が出るのです。だから強力な治癒能力者ほど神殿に残るのかもしれません。神官であれば子ができない事を揶揄されたりはしませんから」
強力な治癒能力者は子ができない?
「歴代の聖者聖女には治癒能力者が多いのです。治癒能力は功績を数え上げるのが容易いですから偶像として選びやすいのでしょう。
そして治癒能力をもって顕彰された聖者聖女は、神官であろうとなかろうと子がいない。神殿秘史によれば数少ない子とされている人は実子ではない。
私の推論ですが、治癒能力は生殖器官の異常により発現する能力なのでしょう。ゆえに、その力が強ければ強いほど、その血を残すことはできない。偉大な治癒術士は必ず末代です」
だったら偽聖女は?
「子が出来にくい治癒能力者たちが排斥や隷属から身を守るためにつくりあげた機関が神殿です。だから神殿は血筋に拘らない。長い歴史の中で、血統を貴ぶ王家貴族家と神殿が決して交わらなかった理由です」
結婚相手に治癒能力者を選ぶなんて悪手すぎるわ、王子。
「貴女、王子、聖女、国王、私。今あるどの道をたどっても王家に未来はない」
きっと子どもは生まれない。
「もし神が本当に存在するのなら、—――神は王朝の終焉を望んだのでしょう」