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北の国の大神官

会話文の前後を一行あけました。大神官の長台詞は適当に読み飛ばしてください。

今行かないともう行けないと、先ぶれも出さずに大神官様の私室に押し掛けました。

大神官様はあの夜と同じく快く迎え入れてくださいます。いつもはたくさんの神官様方に囲まれる大神官様が今日はおひとりでした。あんなことがあったのですから当然かもしれません。王子死ね。

取り巻きや侍女にまで偽証された私にも、公爵家の供が一人もおりません。公爵代理が送ってきたけど、追い返してもらいました。公爵代理も死ね。

念のためと大神官様が女性武官を護衛につけてくださいましたが、大神官様の護衛と共に礼儀正しく扉の外に待機しています。

本来なら相手が大神官様と言えども密室で二人きりなど未婚の貴族令嬢には許されないことです。ですが神殿のどこに殿下の犬がいるかもわからない以上、今は大歓迎です。そこらの有象無象と違って大神官様は安全ですしね。

いつも穏やかに微笑んでおられる大神官様ですが、今日は笑顔を抑えきれないご様子で、まるで童子のように笑っていらっしゃいます。予想と違うお顔に気勢をそがれましたが、気合を入れなおして話しかけました。


「大神官様、私のために罷免されてしまったとお聞きしました」


「ああ、神職を辞すために利用しただけですので貴女が申し訳ながる必要はありません」


緊張のあまり耳がおかしくなったのでしょうか。大神官様のお顔を凝視しますが笑顔のままです。聞き間違いではなかったようです?


「……なぜ神職を辞すなどと」


「実は私、無神論者なのですよ。ですから神殿の頂点にいるのは良心が咎めました」


突然の変化球に思わず固まってしまった私ですが、令嬢教育と王子妃教育で鍛えた表情筋と精神力を総動員して立て直します。あんまり表情が動かない人間でよかった。王子は死ね。


「ですが大神官様は神殿始まって以来最高の治癒能力を持つ敬虔な信者だと……」


「私は神を信じると言ったことは人生で一度もありません」


お会いしてまだ一週間ですが、確かに聞いたことはないです。でもいちいち、私は神を信じますなんて宣言しませんよね?


「治癒能力や神聖契約行使能力は信仰心とは何の関係もないのです。子どもの頃から走るのが早い人間がいるように、ただの生まれつきの個人差に過ぎません。

神聖なんぞと名付けるから勘違いするんですよ。優良誤認させるためにわざとでしょうが」


やはり耳の調子が悪いのかしら? 最近立て続けに王子の戯言を聞きすぎたから疲れているのかも。

満面の笑みを浮かべていた大神官様が真顔になって続けます。


「貴女の婚約者と浮気した自称聖女も同じです。ただ生まれつき治癒能力が高かっただけです。

婚約者持ちの男性にすり寄る女性が神聖なはずがない。歴代の聖女と神聖という言葉に対する謝罪を求めたいくらいです。

そんな彼女が私が罷免されてすぐの神官長会議で聖女に選ばれました。つまり神に選ばれたなんて嘘っぱちである証明です」


大神官様の剛速球に私の鍛え上げた精神力も敗北寸前です。

あ、表情が消えると異国の血が少し混じっていらっしゃるのがわかりますね。東の国でしょうか。いえ、現実逃避をしている場合ではありません。なにか、なにか言わねば。


「ところで私はこのまま国を出るつもりですが貴女はどうなさいますか?

無神論者として清廉潔白に生きた私は神官としての給料をため込んでおりますので、余生は南の島でゆっくりと過ごす予定です。休養がてら島にいらっしゃるなら歓迎しますよ。

慌ただしくて申し訳ないのですが、追っ手を出し抜くために十分後には出発する予定です」


大神官様がにっこにこで滅多打ちしてきます。スピードもパワーも乗りすぎていてもはや打者なのか投手なのかわかりません。待って、今から南の島へたつのですか? 罷免は今日でしたのに早すぎませんか? 準備万端すぎですよね? 計画通りですか? 

いえ、ボンクラ王子に面と向かって異を唱えたのです。賢明な大神官様のこと、暗殺の危険すら承知していらっしゃったのでしょう。悪事にだけは無駄に行動力のあるあの王子ならやりかねない。我が身を守るために当然の備えですわ。

きっと大神官様はもうこの国に戻るつもりはないのでしょう。お会いできるのも、これで最後かもしれません。

せめてあと十分だけでも大神官様のお声が聴きたいです。あと少しだけ私にお時間をください。明日からがんばりますので。王子は死ね。


「大神官様はどうして無神論者なのに神官になられたのですか」


「食べるためです。

孤児だった私には衣食住が保証される見習い神官はまさに神の救いでした。たまたま神聖魔法に適性があったので、こんな地位についてしまいましたが」


たまたまでつける地位ではないと思いますが。


「私は無神論者ですし神殿での出世も望んでいませんでした。神殿で、ただ飯を喰らって、ただで教育を受けて、ついでに治癒魔法を覚えたらすぐに辞めるつもりだったんです。治癒術士なら食い扶持には困りませんから。

あと腐れなく辞めるために上官の専横に意見し続け、神殿の不正を陰日向で告発しと好き放題やったのですが、私の意見や告発は、神殿の力を削ぎたい王家とか、自分の子飼いに神殿権力を握らせたい貴族とか、商売敵を潰して神殿御用達になりたい商家とか、出世頭への嫉妬だとか、神官同士のいじめへの恨みつらみだとか、聖職を利用した性犯罪者どもへの復讐だとか、いろいろな思惑を持った方に利用されました。

そして流されるままに大神官になっていたのです」


貴族はともかく王家は名指し同然ではないでしょうか。他も色々やばすぎます。大神官様は具体的に知っておいでなのですよね。確かにこれは逃げる一択でしょう。握っている権力者の弱みが大きすぎます。


「そんな方ばかりならとっくに逃げ出していましたが、一部には心から慈悲と正義を望む方々もいらっしゃって、彼らが力を持つまではと踏みとどまってきました。そして彼らは強くなった。これから私にできることは、ここから完璧に消え失せて敵を東奔西走させることです。その隙に彼ら彼女らが正義をなしとげるでしょう」


大神官様のお顔は彼らへの信頼に満ち溢れていました。いつも浮かべていらっしゃる慈悲にあふれた笑顔です。神々しい。


「齢四十を前にしてようやく重荷としがらみから解放されたのです。余生は南の島で異教の研究をして過ごす予定です」


大神官様のお顔が、私室を訪れた時と同じ、こぼれ落ちんばかりの笑顔になりました。


「実は私は宗教史や神の研究が趣味でして。大神官としての権限で神殿の禁書もすべて読み終えてしまいまして、別の宗教の研究に移る頃合いだったのです。近隣諸国の宗教は同教、もしくは類似ですので、全く違う神話を持つ宗教が比較対象として有用でして。その点、南の島は大陸から遠いこともあって大陸の宗教の影響を受けづらく、比較研究にうってつけなのですよ。神殿にも他宗教との信者獲得競争のために一通りの資料はありますが、部外者の書いた物ですし、商売敵として否定的な目線が散見されまして研究資料としては三流ですね。もちろんだから無駄という話ではなく、宗教間闘争の歴史や、教義・文化の差が人の宗教理解に与える影響の研究資料としては非常に有用です。ですが一宗教に限定せず、大きく宗教というもの自体の成立過程や変遷を調査するには誤訳らしきものや疑問点が多すぎるのです。もちろん宗教とは成立の過程からして矛盾の塊ですから、現地でその宗教を実際に見て体験した結果、その矛盾がそのまま教義だったとなる可能性はありますし、現地の人も矛盾していると感じているのか現地人にとっては理解できる土壌があるのかとか関連研究は尽きませんし、誤訳が誤訳ではなかったが誤解だったとか、矛盾が矛盾でなかったという嬉しい発見もありえると思います。現地で現地人に直接調査研究できるのも素晴らしいですし、可能なら入信して信徒にならなければわからない秘奥に……」


輝いております。大神官様のお顔が。もはや物理的に光っている気すらいたします。ぺっかぺかです。


「……、南の島においては神とは恐れるべき何かであって敬われてはいても禁忌がないそうです。もちろん予断は禁物で現地で実際に確かめないとわからないことではありますが。神とはなにか、実在するのか。実在するならば神のもととなった存在は何か、それは自然現象か、絶滅動物か、人か、まったく知られていない何かなのか。神話と史実との関係は、土着の宗教を取り込んで変遷していった過程は、と興味は尽きません。残念ながら、神殿においてはその探求は異端審問と隣り合わせでした。事実の追求を妨げなければ成立しない信仰というのも、教義が絶対とする神に対して失礼ではないかと思うのですが」


はっ。意識が途切れていました。

大神官様はとても美声な上に、韻を踏んだように流暢にお話しされるので、つい音楽を聴いているような心地になるのです。


「大神官様はとても神様がお好きなのですね」


「ええ。無神論者ではありますが、神は大好きです。私ほど神を探求している者はいないと胸をはれます。神聖契約の証言における神の偽証判定類型など、研究のしがいがあったのですが研究結果を神官長会にすら共有は出来ませんでした。悪用されては困るのもありますが、異端審問にかけられる可能性がありますから。ですが、類型を研究していたからこそ、神聖契約証言で負け知らずだったのです。今回の神聖証言十八連勝は私の研究の集大成でもありました。貴重な記録や古書や儀式の秘奥にはやはり神官でないと立ち会えませんので、大神官になったことも無駄ではありませんでしたね。これも神のお導きと……」


そういえば私、大神官様の罷免を取り消すために女王になろうとしたような……

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