完勝記念日と逆恨み
決戦の日。一番の目標は神聖契約を無効にすることです。
相手が普通の人なら、事情を説明して両者の合意で契約を解消して終わりでしょう。邪魔立てする国王夫妻も公爵代理もいないのです。楽勝です。
ですが、王子は普通ではありません。普通の人は冤罪をふっかけて婚約破棄しようなんて思わないし、実行しないです。普通ではない人用の作戦を立てなければいけません。
本来は婚約解消ですむところですが、王子がごねる可能性があるので、破棄と文言を揃えたほうが無難でしょう。
おそらく王子は私が一方的に悪となる婚約破棄以外は認めません。冤罪はばれているし、一方的な破棄は不可能だと事実を教えても、王子に無礼だとか、政教分離がとか、恫喝とすりかえを繰り返してごねる可能性が高いです。枕で窒息して死ね。
こんなことで、これ以上、大神官様の貴重なお時間を無駄にするわけにはいきません。
この騒動で、ただでさえお忙しい大神官様が大幅に時間をとられ、神聖証言の合間にすら仕事を入れて休憩もとれない有様です。さらに王子と偽聖女の欠席で、大神官様が王城へ出向くことになってしまいました。王城への移動だけでも時間と体力の浪費です。神殿の皆様が大変お怒りなのですよね。本当に申し訳ないです。
何が王子に対して無礼でしょうか。王子の態度が神様と神殿に無礼なのですが。紙一枚で婚約破棄を申し立てるとか、緊急召喚状を無視するとか、破門が怖くないのでしょうか。
大神官様がわざわざ王城に乗り込んでいくのも、王族だから大神官様が出向いてくれるのではなく、王族ですら許されないから大神官様が出向くのです。場合によっては王子を即時破門する可能性があるから、最高責任者の大神官様がいらっしゃる。それほどの大事なのです。
もしかすると王子は、神殿は王権の及ばない独立勢力だと理解していないのかもしれません。神殿を弾圧すると他国の神殿も一体となって戦います。政教分離は神殿との全面戦争を防ぐための王国側の盾でもあるのです。常識です。でも常識が通じないんですよね。血の正当性の何が問題か理解してないヒョウタン王子ならありうる。
そういうわけで、説明はすっ飛ばして婚約破棄だけを目指すことに決めました。だいたい、冤罪をふっかけてきた相手に懇切丁寧に説明してあげる必要がどこにあるのか。冤罪も私刑も水に流せるような些細な罪ではないのです。
王子の態度は神殿的にも無礼が過ぎるので、各部署の神官様方も前のめりで賛成してくださいました。向こうが紙一枚で一方的に婚約破棄を通知してきたのだから、そのまま破棄の部分だけ手続きを進めてもなんの問題もないと。
お優しい大神官様だけは契約書を見せて説明すれば王子も円満に解消に合意するのではと仰いましたが多数決で負けました。三十対一で完敗です。
あと、多分説明しても無理です。王子は普通ではないので。
「この神聖契約は一方的に破棄しようとしても神罰がくだるだけで破棄はできません。両者合意での解消ならできます」
「王子の婚姻に口出しするなど王権に介入する気か。神殿は罪を犯した者との婚姻を強制するのか」
「神聖契約の規則の問題です。中身は関係ありません。あと冤罪でした」
「証拠を見せろ!」
「証拠です」
「神殿による王家の婚姻への介入は許されない。両者合意ではなくこちらからの破棄にしろ」
そして最初に戻る。
想定問答だけで疲れました。大神官様の貴重なお時間を王子の教育に使う必要はありません。
私と違って手元に契約書があったのですから、契約内容も神罰規定も見ていますしね。
そういうわけで不意打ち作戦に決定しました。
両者合意による円満破棄のためには、両者が同じ場所にいたほうが確実です。なにが神様の判定にひっかかるかわからないので、可能な限りの安全策をとります。
でも私の顔を見ると王子がごねる可能性があるので、見習い神官の制服をお借りしました。顔を隠さなくても多分王子は気が付かない。それでも王城の侍従は気づくでしょうから頭巾もつけました。
そして会談直前に私が大神官様を通じて両者合意による契約破棄を神に申請し、大神官様が王子との会談で王子の破棄の意志を確認してくださる。王子はほいほい頷くから契約破棄確定です。
会談場所には王城の侍従もいるので、事務連絡を装って大神官様にこそっと囁きました。神様は耳がいいのでこれで大丈夫なのですって。
これで準備万端。あとは王子が来るのを待つだけ。お怒りを表すという建前で大神官様は一切口を開きません。間に雑談が混じって、神様が私と王子の破棄申請を一体と見なしてくれなかったら困るからです。
なのに、あの王子が来ない。わざわざ出向いてくださった大神官様を、さらにお待たせするとはどういう料簡か。まったく雑な神聖契約でなかったら神罰をくだしてやりたかったわ。
神官様方はぴりぴり、侍従たちは真っ青、沈黙が痛い室内にやっと王子がやってきました。そこはかとなく事後の姿で。なめてんのか。腹の上で死ね。
おまけに遅れてきて挨拶もしない。雑談は無視する予定でしたが無礼すぎます。
開口一番、大神官様が破棄の意志を確認すると、王子はあっさり同意しました。大神官様が意志を確認したと言ってくださった時の私の気持ちがわかりますか。頭巾をかぶっていてよかった。
これで神の承認が得られなければ、正体を明かした私がもう一度破棄に合意する予定でした。そんなことになれば、婚約破棄が通る通らないとは別に、追放しただのなんだのと騒動になるのが目に見えています。大神官様のお手をこれ以上煩わせずにすんで不幸中の幸いでした。
大神官様は、婚約を破棄できた後のことも私に決めさせてくれました。
具体的に言うと、婚約破棄の理由とした冤罪について殿下と聖女に神聖証言を求めるかどうかです。一応まだ猶予期間ですが、前日までの神殿での神聖証言で私の冤罪はほぼ確定しています。勝訴側である私は二人の証言を求めなくてもいいのです。
神殿としても、神殿法で裁けない冤罪については叱責で終わらせてもいいのです。婚約破棄を書面送付ですませようとしたこと、合意なく破棄しようとしたことが格段に重い罪ですから。
ですが、私個人としては殿下と聖女に冤罪を認めさせたい。そして貴族法で殿下らの罪も問いたい。婚約破棄要請の書面だけだと誰かの捏造だと言い逃がれる可能性があります。王家の法務部は手強いですから。
私は証言を求めました。
殿下が証言するとしたら、万が一のとばっちりを防ぐために婚約破棄とは別件の神聖契約で証言させる予定でした。昨日の関係者の証言も婚約破棄とは別件としています。ただ、神聖証言が採取された理由が書かれているので、関連案件であることは明らかです。逃げられません。
殿下と聖女が証言から逃げたら、公開文書に証言拒否と記載されます。認めたも同然ですよね。
これで完全に殿下から逃げられる。
婚約が破棄されただけだと、再婚約だの、傷物にした責任を取らせるだのと結婚を強制してくるのは目に見えています。血を欲しがる王家も血統主義者もパンを喉に詰まらせて死ね。吸血鬼め。
殿下による冤罪捏造が公式に確定すれば、周囲が傷物にした責任をとって結婚させるなどと世迷言を述べても、世論に訴えて堂々と拒否できます。世論なめるな、求心力もないくせに。
殿下はパン死でいいとして、偽聖女も滅多打ちにしないと気がすみません。たとえ彼女が冤罪関係の神聖証言を拒否したとしても、聖女詐称について神聖証言が求められるので勝手に階段から落ちますが。つんでいます。
王子の婚約者になるという俗世利益のために、公の場で聖女を騙ったことが事実と確定すれば本人は破門、殿下も厳罰となりそうです。
二人によるだろう聖女推薦の工作もばれていますから悪質性が高まったんですよね。今回の騒動が公になってすぐ、偽聖女の名前をよーく知っていた神殿顕彰部から報告がありました。同じ推薦理由が書かれた推薦書が一年で百通あまりというのだから常識がなさすぎる。顕彰部では偽聖女は有名人だったらしいです。なんでばれないと思ったのか。もうちょっとやりようがあるでしょうが。王子が直接工作するわけもなし、側近も無能だったのでしょう。破門されたくらいだし。
相手が無能だったとはいえ、こちらは完璧な作戦をたて、そして決戦には完勝しました。完勝しすぎて逆恨みされたのでしょう。王子はそういう人間です。
なんせ、婚約破棄確定も、神聖証言の確約も、聖女詐称も、大神官様への不敬も、どうしようもない悪手です。墓穴を掘り過ぎて上がれない墓堀人です。普通の手段ではひっくり返せません。大神官様を罷免するくらいの暴挙しかなかったのでしょう。
それにしても、あの会談を思い返すだけで王子の態度が気に障ります。
大神官と国王は同位である。なんで一王子の分際で大神官様に敬語すら使わないのか。そういうところだよ、王子。
大神官様はいつも誰にでも敬意をもって話すのであって、王子にだけ敬語を使ったのではありませんから!
事後っぽかったこと、酒臭かったことなどは当事者しかわかりませんが、敬語不使用は会談記録を見た誰にでもわかります。
公式会談ですよ。記録して公開されるんですよ。神殿と王家の公式会談では、両側が書記を用意し、同時に記録します。神殿と国家の独立不可侵を貫くための措置です。そして神殿はすぐに公開してしまいます。
即ばれです。バカなんじゃないの。風呂桶で足を滑らせて溺れ死ね。
ありえない。公明正大でこの国の光たる大神官様を罷免するなどと!
あいつらの馬鹿さ加減をなめてた。王族が神殿法に介入するなんて内戦どころか諸外国の神殿が連合して殴りこんでくる案件です。バカなの、バカすぎでしょう。
私と結婚しなければ西の国からの介入をかわせないというのに、冤罪で裁判もなく追放しようとするボンクラです。権力を恐れず正義をなす大神官様に卑怯な手を使うことなど予想してしかるべきでした。
ですが、あの時の私はあまりの状況の理不尽さに参ってしまい、大神官様の優しさと正しさと強さにおすがりしてしまったのです。返す返すも貴族法で殴り返すべきでした。
何してくれてるのよ本当に!
こうなったら私が女王に即位して、あの男と国王を引きずり下ろすしかない。王妃も女王も大差ないわ!
いやだけど。すごくいやだけど。心の底からいやだけど。王子との結婚くらい嫌だけど。
なんでこんな国に生まれてしまったの。なんでこんな家に。血筋がなんだっていうのよ。大事なのは上に立つ器量でしょうが。私も従姉妹もむいてないのよ。せいぜい中間管理職むきなのよ。上に立つなら趣味でやっている手作り大好き令嬢の会会長が限界です。
ああ、父か叔父が生きていてさえくれれば押し付けられたのに。まさか、お父様、王位継承が嫌で天国まで逃げたのではありませんよね。
従姉妹もわずか16歳で思い切りよく北東の国の商家に嫁いだわね。一目ぼれとか言ってたけど、万が一にもあの王子の婚約者になりたくないという強い意志を感じたわ。
一家そろって凡人ぞろいなのにどうしてこんな血筋に生まれちゃったのかしらね。王家とか公爵家とかには大神官様のような方が生まれるべきだったのよ。私も逃げたい。
でもあの公明正大な大神官様を犠牲にはできない。
他国の神殿が介入してくるのも困ります。下手すると各国神殿兵がやってくる。
人生の墓場でも物理的に墓場に入るよりはまし! 頑張れ私!! 頑張るのよ、がんばる。やっぱり逃げたい。
天国の両親が手を振ってる気がするわ。肖像画しか知らないけど。