止まらぬ反響
「北の国経済新聞」
あらがえぬ政治改革の波
我が国の貴族議会は現王派と正統派の二大派閥の争いとなっていたが、西の国公爵子息による我が国公爵令嬢への婚約打診を受け、血統主義廃止を掲げる改革派が台頭している。建国以来の厳格な血統による権力継承が岐路を迎えている。
「世の不正を告発する正義の新聞 月刊キタグニ」
総力特集! 連載 噂の聖女の正体 王家の不正介入によって誕生? 聖女と王子の裏の顔
王子と聖女によるいじめ捏造、それをもとにした婚約破棄と私刑、外交交渉での大惨敗と王位継承問題。どれひとつ取っても大問題である。問題が大きすぎて、もうこれより酷い問題は起きようがないと思ったあなた。甘い、甘い、甘すぎる。前代未聞の王子と慣例無視の聖女をなめすぎである。
前号に引き続き、関係者に徹底取材を敢行。今回は増量版でお届けする!
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言うまでもないことだが、聖女の認定は神殿の専権事項(思いのままに出来ること)である。神殿は国から独立していて、その独立した神殿が聖女を顕彰するのだから当然だ。
その聖女認定がおかしい。
神殿の公開資料によると、聖女とは只人の一生をもってしても成し遂げ得ぬ功績に対して贈られる称号である。男性版として聖者があるが、今代以外の聖女聖者はみんな晩年か死後に顕彰されている。只人の一生分以上の働きだからね。そりゃそうなるよね。
その称号が今回に限って、学園を卒業したばかりでなんの実績もないただの子爵令嬢に贈られた。治癒能力に優れているから? 治癒能力を持ち沢山の人を治療した人間などざらにいる。老年の神官や治癒術士なら聖女の何千倍の人を癒したはずだ。
それこそ前大神官など、見習いの頃から優秀な治癒術士と評判で、戦争があれば戦場に行って敵味方関係なく治療し、流行り病があれば現地に行って陣頭指揮を執る人格者として有名だった。今、聖者顕彰に一番近いはずの人物である(編集部調べ)。彼らがまだ顕彰されていないのに、なぜ子爵令嬢が聖女に?
賢明な読者諸氏はすでにお気づきだろうが、聖女の聖女認定は王子の手引だった。
しかし聖女認定は神殿の専権事項である。推薦も市井からか神官からのみ受け付け、王族貴族からは受け付けない。そのくらい神殿と国家の相互不可侵は厳格だ。
もちろん市民や神官の名を借りれば迂回推薦できないわけではないが、相互不可侵に違反するのでバレたら大問題になる。聖女顕彰はあくまで名誉を称えるものであり、たいていは死後の認定だったりで旨味もさしてない。普通の貴族なら介入しない。
普通じゃない王子は介入した。あちこち買収して聖女を推薦させたのである。推薦理由は、学園一の治癒能力があるから。聖女の要件など全く満たしていない。却下されて当然だろう。猫でもわかる。
しかし二人には、わからなかったようだ。推薦者を変えてまた提出、却下。提出、却下。提出、却下。
繰り返すうちに王子と聖女は考えた。これはどこからか妨害が入っているに違いないと。妨げているのは推薦理由なのだが二人にはわからない。
さて、では妨害しているのは誰か。きっと婚約者の公爵家に違いない。知らんがな。公爵家が聖女推薦への不正介入を知っていたら全力で止めていただろう。介入自体が不正なのだから。
だがこの時点ではまだ二人にも良識?があった。真っ当?に却下理由をなくそうとしたのである。
彼らは考えた。子爵令嬢が聖女と認められないのは婚外子だからであると。初代聖女は婚外子だったのに?
あまり知られていないことだが、聖女推薦の合否について神殿は一切公表しない。聖女に顕彰されたら通ったということだ。聖女聖者への推薦書は年間千通を超えるそうで、却下の通知など出していられないのだろう。ちなみに人気投票ではないので数が多くても駄目である。
二人はなぜ却下理由が婚外子などと勘違いしたのか。本誌は買収された神官が返答に困って適当に答えた説を押す。
閑話休題。子爵令嬢は「神殿で神に結婚を誓った夫婦」以外に生まれた婚外子であり、神殿籍がなかった。
神殿としては、神殿籍のない者は存在していないことになる。当然、神殿籍がないと神殿での婚姻は認められない。神殿からすれば存在しない者をどうやって結婚させるのかというわけだ。
実はこれ、庶民なら別に困ることもない。神殿籍がなくとも、神殿に入れないわけでも、顔に印があるわけでも、税金が高くなるわけでもないのだ。神殿での正式な婚姻はできないし、そのまま死んだら神殿の墓地には入れないが、気にしないなら放置しても問題ない。
無籍者への救済措置として移民登録(みなしご登録は蔑称)もある。移民や異教徒は教会に籍がなかったり、移住前の神殿に籍があっても写しを用意できなかったりするので、親の欄を空欄にして本人の名前だけの籍を作成するのだ。
婚姻相手との子どもなら、両親の申請で両親の名前入りの籍が作られるが、婚姻相手以外と子をつくると、相手の了承を得られないから自分の子として籍は作れない。移民登録でまっさらの籍を作るしかないわけだ。
神殿としても神殿籍を持ってない人ばっかりになると困るので婚外子の移民登録が嫌がられることはない。庶民なら、はじめから移民登録で届け出られる子も珍しくないのだ。結婚っていろいろ面倒だしね。舅とか姑とか財産とか。
移民登録として神殿籍を作ることからもわかるように、神殿籍は個人単位であり神殿は血筋に拘らない。家系図も作成しないので、自分と祖父母の関係を神殿籍で証明するには自分の神殿籍と親の神殿籍の写しを並べて見せる必要がある。小金持ちで相続する財産があるとちょっと面倒だ。
この点、貴族なら貴族籍というものが別にあって家系図が王城に登録されている。祖父母だろうがご先祖だろうが証明は容易だ。相続の手間を省けますね。
ちなみにその貴族籍登録の証明となるのは神殿籍の写しだ。爵位継承や婚姻では家系図も更新されるので届け出に神殿籍の写しを添付しなければならない。登録の時は当然、親の欄も確かめられる。家系図上の親とあってなければ却下されるし、親欄が空欄の婚外子も当然却下。我が国の貴族法において、婚外子は爵位を継げないし貴族と婚姻もできない。浮気とお家の乗っ取りを防ぐための法律ですね、わかります。
我が国の貴族籍の維持には神殿籍が最重要なのだ。神殿の場合と違って貴族籍には移民登録のような救済措置はない。家系図なのでまっさらの貴族籍を作るのは叙勲された初代以外ありえないからだ。
爵位継承は貴族法なので本来は神殿には関係ないのだが、神殿による破門が継承権剥奪と直結するために、結果的に神殿側の殿下の放蕩、違った伝家の宝刀となってしまった。
破門とは神殿籍を抹消することである。破門状が出ると貴族法でも存在しない人間と見なされるため、破門された当人は爵位を維持できない。子がいるとさらに大変だ。親の神殿籍が消えると、これから生まれる子どもは生まれつき籍がない婚外子となるし、すでにいた子どもの籍も連鎖で消えて婚外子になる。襲爵直前だったとしても継ぐことができない。移民登録で新しい籍を作ったとしても、貴族法では親の欄がない婚外子は爵位継承も婚姻も認めない。政略結婚すら不可能だ。親の放蕩で人生設計がずたぼろだ。
その婚外子だが、爵位は継げないが養育することはできる。移民登録の神殿籍では政略結婚の駒にもならないので、そこそこの教育を与えて平民として生きていけるようにするのが普通だ。夫人としても、家を乗っ取られる危険もないので目の前にいないなら見て見ぬふりだ。
聖女もそのはずだった。
しかし、そこで治癒能力である。聖女には強力な治癒能力があった。学園始まって以来と言われるほどの。(ちなみに前大神官は神殿学校卒なので、比較対象には入っていない)
強力な治癒術士は貴重だ。そこで神殿籍がないまま子爵家に引き取って養育することにした。事情が事情だけに子爵夫人の同意も得られた。そして学園入学である。神殿籍がないと普通は平民枠でも入れないのだが、そこで治癒能力である。諸事情も考慮され、特例で認められた。
つまり、入学時の聖女は子爵令嬢ではなかったのだ。単に子爵が養育しているだけの平民である。子爵令嬢を名乗ったら詐欺である。
そして学園で聖女は王子と出会い、恋に落ちた。王子の婚約者からの妨害(思い込み)、あらがえない身分差(事実)、婚外子差別(貴族法の問題)、聖女推薦の不当却下(彼らの中で)、障害だらけである。むしろ障害以外存在しない。二人は燃え上がった。彼らにとってすべての問題を解決する神の一手が、聖女顕彰だったのである。
自称子爵令嬢が聖女と認定されれば―――
聖女への加害を盾に、気に食わない公爵令嬢と王子の婚約を公爵家の有責で破棄できる。
聖女である自称子爵令嬢と王子は婚約できる。
神殿の聖女を王家に取り込んだ功績をもって王子は立太子される。
聖女と神殿の後ろ盾で、頓挫している西の国との通商交渉を王子に有利な条件で締結できる。
王子が押しも押されぬ国王として戴冠し、聖女と大々的に婚姻する。
なんともはや。聖女は名誉称号であって神殿の代表でもなんでもないのだが、彼らの中ではそうだった。
乾坤一擲、起死回生の妙案である。全力投球しかない。
その聖女認定の障害は、もちろん聖女が婚外子であることだ。彼らの中では。
現実の神殿法は、貴族法と違って婚外子も嫡出子も気にしない。親の欄が空欄なだけだ。聖女認定にも関係ない。婚外子が貴族家を継げないのはあくまで貴族法の問題である。
神殿の場合、事情によっては時期をさかのぼっての婚姻も認めてくれるし、その間に生まれた子どもをまとめて登録してくれる。子供をすでに移民登録していたなら上書きしてくれるのである。意外と融通がきく。
そんなことは露知らず、王子と聖女は婚外子であった事実を消し去ろうとした。子爵と聖女の母を遡って婚姻させるのである。神殿の担当者に頼んだら簡単だった。子爵や母親の許可をとる必要すらない。王子と聖女はこんなに簡単だったのに遠回りしてしまったなと笑いあった。
重婚はできないので、子爵と子爵夫人の婚姻記録は抹消しておいた。離縁扱いにしておけばまだよかったが、政略結婚の夫人に疎まれ日陰者にされた聖女の母が可哀想と婚姻をなかったことにした。子爵令息は突然婚外子になった。ふざけんな。
当時の神殿籍の担当者は体調を崩しがちで、とうとう神殿を辞めて田舎に帰ったそうだ。妻と娘を連れて。娘の命にはかえられないと何度も呟いていたという。
さて悪事は必ず露見する。子爵が子爵令息に爵位を譲ろうと神殿に写しをもらいに行ったら、突然息子が婚外子になっていた。子爵の婚姻は勝手に解消されたあげく、勝手に再婚させられていた。当然すぐに王国法務部に駆け込んだ。駆け込んでよく見たら再婚相手の名前は聖女の母である。生活費まで渡して面倒を見ていたのに恩を仇で返されたと子爵は怒り心頭。聖女の母だろうが知ったことか、逮捕しろと訴えた。しかしそこは王国法務部、神殿籍のことは神殿に訴えてくれと言われた。
確かに訴えるべきは神殿だ。だが神殿が鳴り物入りで発表した聖女に傷をつけるだろうか。公明正大な前大神官は罷免され、今の神殿は腐敗の殿堂である。
それでも子爵は奮起した。長年連れ添った妻のためにも、子爵を継ぐために努力を惜しまなかった息子のためにも、かわいい孫のためにもこのまま引き下がるわけにはいかない。
妻の実家が力になった。妻の実家は子爵家の寄親の辺境伯家である。神殿に公開質問状を叩きつけた。辺境伯家の騎士が王都の神殿に出向き、物理的に叩きつけたそうだ。怒りのほどが伺える。
神殿も何が何やらわからない。事情を聞いてびっくり仰天。遡って婚姻することは珍しくもないが、遡って離婚するなど聞いたこともない。当時の担当者は辞めてしまい事情もわからない。ようやく探し当てた元担当者から事情を聞くと、なんと王子と聖女に頼まれたという。婚姻も離婚も当事者本人による届け出が必要だと何度も説明したが、真実の愛がどうの子爵夫人の妨害がどうのと繰り返され、王子から担当者の子どものことを聞かれ、無事成人できるといいなと言われて屈したそうだ。
不正である。脅迫である。強要である。
調査を担当した神官は、辺境伯と子爵に包み隠さずありのままを告げた。自分の権限で改竄された神殿籍を元に戻したことを説明し、聖女の罪を告発すること、王家に抗議することを説明した。辺境伯と子爵が神殿からの告発書に署名し、さらに貴族連合からも王家と聖女に公開質問状を提示することとなった。ことは王家と聖女による貴族家乗っ取りである。もう王家の求心力は地の底にめり込んだ。
なんせ聖女は子爵の子どもではなかったのだ。聖女の父は子爵の死んだ弟、つまり聖女は子爵の姪だった。婚姻前に子爵の弟が急死してしまい、お腹の子をかかえた母親は婚外子として産むしかなかったのである。死者には婚姻の意志を確認できないため、神殿が死後の婚姻を認めないからだ。
気の毒に思った子爵は夫人の同意のもと、聖女親子の生活費を出していた。ちなみに聖女が無籍者だったのは、子爵がどうにかして亡き弟と聖女の母を婚姻させてやれないかと神殿に嘆願していたからである。子爵弟を愛していた聖女の母も、書類上だけでも婚姻できる可能性があるのならと待ち続けた。娘の移民登録をしていなかったのも初めから夫の子として登録したかったからである。婚姻が認められれば子の神殿籍も上書きされるとはいえ、移民登録を後から書き換えるのでは心情が違うよね、わかる。
そんな経緯で子爵夫妻に大恩を感じていた母親は、聖女が子爵家に引き取られた時もそんな厚かましいまねはできないと子爵邸に入らなかった。ところが自分が子爵の娘と思い込んだ聖女は、母が別居したのは子爵夫人の嫉妬によるものと勘違いしたのである。親の心子知らず。
「おかあさん、一緒に行こうよ、せっかくお父さんと一緒に住めるんだよ」
「そうね、あそこにはお父さんの遺品がたくさんあるでしょうね。でも私が住むわけにはいかないわ」
「そうよ、お父さんのイヒンがいっぱいあるんだから、全部私たちのものよ」
「きっとすぐにお母さんとお父さん(子爵)も結婚できるよ」
「そうね、そうしたら晴れて(死んだ)お父さんとお母さんの子として、あなたの籍を作れるわ」
ああ、すれ違い。悲喜劇。
この騒動で聖女の称号剥奪が間近な聖女は、辞めていった神官たちの穴を埋めるために馬車馬のように働かされているそうだ。破門で当然と思われたが、破門したら奉仕も命令できないので逆にいいのかもしれない。このまま働き続ければ、晩年には聖女に顕彰されるほどの治癒を達成できるんじゃないだろうか。嘘から出た真か、めでたしめでたし。
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なぜ本誌がこれほど事情に詳しいか疑問に思う読者もいると思う。ぶっちゃけると、告発が引きも切らずに投げ込まれるからである。匿名が多いが、その詳細なことと言ったら、当事者だろうに隠す気があるのかと突っ込みたくなる。もちろん、卒業祝賀会にも従業員はいたし、神殿にだって出入り業者はいる。貴族や神職からの告発とは限らない、限らないのだが、どう見てもね。
紙面が尽きたので今月はここまで。続きは次号で!
2024/04/15 誤字訂正 辞めて言った→辞めていった
誤字報告ありがとうございました。