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反響


「このような理不尽がまかり通っていいはずがありません!」

「あの俗物が大神官代理で、あんななんの実績もない子どもが聖女だなんて」

「神殿はこれからどうなってしまうのでしょう」

広くとも質素な前大神官の私室には、憤る神官や涙する事務官があふれかえっていた。興奮する彼ら彼女らに、部屋の主は変わらぬ穏やかな笑顔で話しかける。

「罷免された私はもう大神官ではありません。神殿法に従う神官として、言葉には気を付けなさい」

「貴方様ほど大神官に相応しいお方はおりません」

神官たちが口々に言い募ると、大神官は眉尻を下げ困ったような顔を見せた。

「あなた方が私を支持してくれたことは何より嬉しいです。ですが、今はその気持ちは心にしまっておいてください。ここで、あなた方まで罷免されれば、それこそ神殿は道理を失いかねない」

支持者たちが憤りを飲み込んで顔を上げるのを十分に待ってから前大神官は続けた。

「私は神殿を去ります。治癒術士を必要とする地域はいくらでもありますから。誰かが血眼になって私の行方を探すかもしれませんが、あなた方はあなた方のなすべきことをしてください」







「北の国宗教新聞」

神官見習い募集 将来の神官を目指す青少年を募集します。また、特別枠として成年部を設けます。成年部は、諸事情で神殿学校を中退した人に神官となる道を示すものです。

――――――――――――

再雇用募集 諸事情で神殿を退職した方で、復帰を望まれる方への特別な機会です。再び神殿で神官や事務官として働きたい方を募集します。

――――――――――――

治癒術士募集 市井で治癒術士として働く方が特例で神官となる特別枠が出来ました。神官にならず、神殿勤務の治癒術士として働く方も募集しています。



「業界新聞 北の宿」

神官減少による影響じわじわと

神殿派遣の神官の減少により、医療の大半を神官に頼っていた地方では治癒術士の不足が問題となっている。王都や大都市で治癒術士が不足する一方、辺境には元神官の治癒術士が微増している。医療の手薄さなどから今まで人が集まらなかった辺境に人口流入が起こっており、将来的に生産地図が書きかわる可能性もある。



「貴族新聞北の国」

王家の専制に貴族連合から質問状

王子による公爵令嬢への一方的な断罪、国外追放命令は一週間たった今もまだ撤回されていない。言うまでもなく、貴族を裁くのは貴族法であり王家ではない。今回の件は王家の専制と言っても過言ではなく、貴族連合として王家に正式に質問状を送付して真意をただすこととなった。

質問状はすでに王家に受理されたが、国王不在の折でもあり回答の遅延が予想される。

よってここに質問状を公開し、貴族諸家に対する説明にかえる。……



「北の国経済新聞」

西の国との通商条約締結 我が国に不利な条項

長年、西の国と交渉中だった通商条約が先日締結された。今回の条約には係争地の領有権も絡み、両国とも譲歩の姿勢を見せず外交上の懸案となっていた。

交渉の膠着状態を脱するため、両国で使節団の一部刷新があり、我が国からは先月立太子を終えた王太子が、西の国からは、わが北の国の先々代王妹の曾孫に当たる公爵子息が加わった。これは王太子の外交初舞台であり、王家の世代交代を内外に示すものでもあった。……



「あなたの疑問になんでも答える北国大衆新聞」

神殿大改革のなぜ!

神殿を去る神官が跡を絶たない。神官には治癒術士が多く、神殿を辞めても仕事はどこにでもあるからだ。だからこそ毎年一定の退職者がいたのだが、今年の退職者数は異常だ。何があったのか、現役神官と退職神官の生の声をお届けする。

―――――――――――――

(中略)

記者 つまり、あなたは前大神官の言葉に感動し、神殿を去って市井の治癒術士となったわけですね。神殿支部もない田舎中の田舎で。

元神官 私のなすべきことを考えたのです。治癒術士がひとりもいなくて困っているような地域には神殿支部もありません。私が僻地の神殿勤務を希望したところで、派遣されるのはあくまで神殿支部がある場所です。私の力が必要なのは神殿支部すらない辺境だと気づいたのです。私と同じような元神官は多いと思いますよ。

―――――――――――――

いやはや、恐るべき信仰心だ。彼は国内の辺境を選んだが、中には国の枠すら越えて治癒術士が不在の地域へ赴いた元神官もいるという。

ところで大量の退職者を出した神殿だが、治癒術士はおろか事務職まで足りていないようで、怒涛の募集を行っている。なにぶん、神殿学校で学んで神官や治癒術士になるには何年もかかる。対して人手不足はまったなし! 神殿学校卒の神官しか認めてこなかった神殿が、退職神官はおろか市井の治癒術士まで募集する有様だ。それも仕方ないと言えば仕方ない。大量の神官による治癒術寡占で信者を集めてきた神殿にとって、治癒術士の減少は衰退への一本道だからだ。

だが教会には、慣例を破って学生の身で聖女に顕彰された子爵令嬢がいる。聖女顕彰と同時に王子の婚約者となった話題の令嬢だ。神殿いわく、聖女とは只人の一生をもってしても成し遂げ得ぬ功績に対して贈られる称号だという。実際、今までの聖女聖者はみな晩年か死後に顕彰されている。今代聖女はその慣例を破ったほどの治癒能力の持ち主である。彼女が神官たちのあいた穴を埋めてくれるに違いない。聖女の活躍に期待しよう。



「世の不正を告発する正義の新聞 月刊キタグニ」

総力特集! 連載 噂の聖女の正体 王家の不正介入によって誕生? 聖女と王子の裏の顔

神殿が揺れている。公明正大、謹厳実直でならした前大神官を神官長会議で罷免した神殿だが、その後の迷走ぶりは皆さまもご存じの通りだ。他人事なら笑って見ていられるが、神殿の崩壊は市民生活の崩壊である。すでに王都では治癒術士の減少による悪影響がじわじわと出始めている。

今こそ、神殿の聖女が活躍する時! なのだが、その聖女の活躍がまるで聞こえてこない。一体どうなっているのか? 徹底取材した。

――――――――――――――

聖女のお披露目は衝撃的だった。

貴族学園の最後を締めくくる卒業祝賀会で、卒業生の一人であった王子(現王太子)が、聖女を腕に抱いて声をはりあげた。

いわく、婚約者の公爵令嬢が聖女をいじめた。私物損壊、盗難、罵詈雑言に暴力と酷いもので、遂には階段から突き落とされ命の危険すらあったと。これは殺人未遂だ。そんな令嬢は王子の婚約者に相応しくない、婚約を破棄して国外追放に処する!

衆人環視の中、泣きそうな聖女の体を支え、学園での陰湿ないじめを告発、自らの婚約者に厳罰を言い渡す王子。かっこいい、かっこいいではないか。大衆演劇の舞台なら起立拍手間違いなしだ。舞台にはおひねりが痛いほど投げ込まれただろう。

だがこれは現実である。冷静に考えると色々おかしい。おかしすぎる。むしろおかしくないところがない。

貴族学園に縁のない読者諸氏のために説明すると、卒業祝賀会は最高学年の学生の卒業を祝い、その門出を祝福するものである。合理的と言おうかケチと言おうか、わが国ではこの卒業祝賀会が新成人のお披露目を兼ねている。卒業生はこの祝賀会をもって公式に成人と見なされるのである。つまり貴族子女にとっては一生に一度の晴れ舞台なのだ。

王子と聖女も卒業生なので主賓ではあったが、それは卒業生全員に言える。卒業祝賀会は王子と聖女の襲名興行舞台ではないのである。会場で婚約を交わし、ファーストダンスを踊る王子と聖女。当人はご満悦だが、他の卒業生や保護者はどう感じただろうか。

晴れの舞台である。お祝いである。だが、婚約破棄だ。いじめの告発だ。追放だ。台無しである。しかし踊らないわけにはいかない。これが自分の一生に一度のお披露目なのである。悲劇だ。

舞い上がって天井に頭をぶつけそうな王子と聖女が退場したあと、会場は寒々しいものだったそうだ。誰ともなく帰路につき、異例の早さで閉会となった。祝賀会場には山のような料理が残されたという。我々の税金で。

だが、卒業祝賀会がぶち壊されたというだけなら、まだ問題は少なかっただろう。もちろん当事者にとっては大問題だが。

さらに問題となったのは王子(現王太子。面倒なので王子で統一する。この国に王子は一人しかいないし)の言動である。

まず前提として、卒業祝賀会の時点では王子は立太子前だった。つまり王権の一部すら委譲されていないただの王子である。聖女もまた、当時は神殿の認めた聖女でもなんでもなかった。ただの治癒能力がある学生である。しかし王子はなぜか、聖女をいじめた罪で公爵令嬢を断罪した。存在しない聖女である。謎かけか哲学問題だろうか。

問)存在しない聖女へのいじめを元に公爵令嬢を裁くことは可能か。

答)不可能である。

大前提、我が国は法治国家である。おおまかに分けると、国家による貴族法、神殿による神殿法があり、互いに独立して相互不可侵となっている。その貴族法によると、貴族の罪は公開裁判により裁かれる。王族の一存で決まるわけではないのだ。

国王ですら貴族を私的に裁けないものを、立太子すらしていない一王子が公爵令嬢の国外追放を独断で宣言した。公爵家の了承を得ていたなら話も変わるが、公爵家が王家に猛抗議したのは皆さまもご存じだろう。あのときは大変だった。公爵領からの生地の流入が半減したのだ。王都の物価高騰は記録的だった。秋までに解決しなければ凍死者が出たかもしれない。

王家による専制に他の貴族家も黙ってはいなかった。貴族連合が王家に対して質問状を叩きつけたのである。外遊中の国王夫妻が日程を切り上げて飛び帰り、国外追放は間違いだと公式発表するまで冷戦状態は続いた。これにより王家の求心力は大幅に落ちたのである。

心優しい読者諸氏は、ただの学生でも殺人未遂は酷いとお思いかもしれない。法によって裁くべきだと。だがここは現実、勧善懲悪の舞台ではないのである。公爵家ほどの貴族なら格下の貴族への暴虐などよほどのことでない限り許される。それが貴族法である。現実は厳しい。

では、もし仮に、二人が平民同士ならどうだったか?

階段から落とされて大怪我するところだったって? 酷いね。殺人未遂だろう。警備隊に突き出そう! 何段目から落とされたの? 覚えてないの。危ない目にあったから仕方ないね。じゃあ、どのくらいの怪我したの? え、かすり傷もない? 男子学生が受け止めたし自分で治癒したから? じゃあ今は傷もないし治癒術士の証言もないのか。

平民同士でも無理そうである。

しかし現実はもっと酷い。聖女(当時は学生。面倒なので聖女で統一)と王子が告発した殺人未遂やいじめが全部嘘だった。

祝賀会では、王子の側近や公爵令嬢の取り巻きから平民学生まで多数がいじめを目撃したと証言した。ところが祝賀会の翌日に神殿が再聴取したら全部嘘だったと証言がひっくり返ったのである。神殿で証言をする場合は神聖契約が交わされ、嘘が全部ばれる。人は騙せても神は騙せない。嘘をつくたびに神器がぴかぴか輝いて、神殿は一日眩しかったそうである。

ちなみに神聖契約による証言は後日公開されるので証言者の名前も身分も丸わかりだ。公爵家を敵にまわしてこの国で生きていけるだろうか? まあ、偽証で無実の令嬢を国外追放しようとしたんだから同情の余地はない。

それにしても、いじめを捏造して婚約破棄して国外追放して別人との婚約を祝福させようとは、自分で放火して火を消して賞賛されようとした放火魔のようである。普通に婚約解消して聖女と婚約しなおせばいいのに、なんでそんなバカげたことをしでかしたのか。ずばり、王子と聖女の浮気を誤魔化すためである。

王子には婚約者がいた。婚約者のいじめを捏造して一方的に婚約破棄を通告した。破棄と同時に聖女との婚約を宣言した。それって婚約中から付き合っていたということですね。浮気ですよね。それで円満な婚約解消などコケにされた公爵家が吞むはずもない。普通に考えれば王子が慰謝料をはずんで頭を下げるところだ。だが王子と聖女は普通ではなかった。いじめを捏造して公爵令嬢有責で婚約破棄しよう、慰謝料が浮く! 婚約者のいじめに立ち向かった王子と聖女として貴族の支持も得られる、一石二鳥だ! そんなわけあるか。格下の浮気相手が潰されるのは当然だろ、それが貴族の総意だった。いじめ捏造がばれなくても支持は得られていませんでした。ちゃんちゃん。

なお、王子はいじめ捏造について知らなかったと供述しているそうだが、隠蔽に動いていたため誰も信じていない。

これだけならまだ、恋に浮かれて暴走した若人の大失態で済ませられるかもしれない。だが貴族的にはこの婚約破棄は国政を揺るがす大問題だった。国政がゆるぐのだから我々国民にも大問題である。

その理由は、衝撃の婚約破棄翌々日の大神官(当時)と王子の会談記録を見ればわかる。

以下公開記録(現在はなぜか非公開。これは非公開になる前にとられた写しである)から抜粋。

――――――――――――――

「ところで殿下。これは老婆心から申し上げるのですが、たとえ本物の聖女と結婚しても貴方の血の補強にはなりません。

殿下もご存じでしょうが、傍系であった前国王陛下は血を補強するために前王妃陛下とご結婚なさいました。前王妃陛下は亡き先々代国王の弟王子の長子であり、この国の誰よりも王家の血を濃くひいていたからです。先々代王弟殿下の遺児が姉妹ではなく兄か弟なら、王位は彼らに渡ったでしょう。姉妹だったがゆえに、姉君が前国王陛下の妃となられました。ですが残念なことに、前国王夫妻には御子が出来ませんでした。

その上、側室との間に生まれた国王陛下もまた南東の国の姫を娶られました。前王妃陛下の妹君がお産みになったのはご兄弟で、姫君がいらっしゃらなかったからです。

このままでは西の国に嫁いだ先々代王妹の曾孫そうそんである西の国公爵令息のほうが、殿下より王家の血が濃いことになります。彼は孫世代のいとこ婚により生まれたのですから。先々代王弟殿下の孫兄弟がご存命か、ご子息が生まれていれば、西の国から何を言われたとしても、上位の継承者がいるので国内で王位を継承するとはねのけられたかもしれません。ですが、ご兄弟ともに授かったのはご令嬢でした。だからこそ、殿下に血の正当性を与えるために、先々代王弟殿下の曾孫である公爵令嬢が婚約者に選ばれたのです。ですがその婚約は破棄されました。

血に拘り、長子継承、男子継承を旨とする貴族法のもとでは、子爵令嬢とのご成婚はいばらの道となるでしょう。ご健闘をお祈りします」

――――――――――――――

待て待て待て待て待て。

公爵令嬢と結婚しなかったら、血の正当性で西の国に勝てないということか。これは絶対に結婚しないといけないやつ。貴族でなくてもわかる。なんで婚約破棄するんだよ、バカなのか、バカなんだな。

卒業祝賀会に来ていた保護者と来賓は顔面蒼白だったという。そりゃそうだ。

その後の西の国との通商交渉で我が国が大惨敗を喫したのはご存じの通り。

なんせ、王子のやらかしで国内貴族が現王派と正統派に二分されてしまった。当然、使節団の連携はぼろぼろ。そのうえ、西の国公爵子息が我が国公爵令嬢との婚約に言及し、王位継承をほのめかす始末。やばい。ちゃかせないくらい本気でやばい。

思うにこの王子、自分より公爵令嬢の立場が上であることが気に食わなかったのではないか? だから婚約破棄をしでかしたと。自分が出奔しろよ。公爵令嬢の相手は他の貴族子弟でいいから。あの王子より賢いの、いくらでもいたんじゃないか? むしろ、いないならうちの国やばい。

では、なぜ致命的な婚約破棄を敢行した王太子を挿げ替えないのか。

匿名の王城関係者によると、国王夫妻にとって「王子は国境を超えた大恋愛の末に生まれた愛の結晶」だからという。けっ。愛の結晶ならきっちり育てとけ。

――――――――――――――

さて、まだまだ問題はつきないが、紙面は尽きたので以下次号!

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