008 下半身無双
「『下半身無双』の爺さんだけは週1で来てるね」
「そだね〜」
「それも毎回お供が違うっていうね」
「そだね〜」
「爺さんだけは毎回なんにも祈らないで私の胸よりちょっと下ばっかり見てんのよね」
「多分ねぇ〜、女神ちゃんのちょっとポチャッとしたその腹が好きなのよ!連れて来るお供さん達は皆そこそこ肉付きいいからね」
「え〜私はそんなにぽっちゃりじゃないけどな」
「服でちょっと隠れているから想像でもしてるんじゃないの?」
「その部分も石で出来てるんですけどね」
「大事なのは想像力を超えた妄想力なのよ」
「あの目にそう言うふうに見られてると思うと恥ずかしい」
「あ、帰るみたいだよ」
「ほっ〜」
ちょっと腰の曲がった小さいお爺さんがちょっと年のいったクネクネ歩くグラマーなお姉さんの薄いテロっとした布の上から尻を掴みながらちょこちょこと歩いて帰っていった
「あんな熱い目線を私の女神様に向ける男が居るとはな」
『バチバチッ』「アヂッ!」
若干のニアミスで魔王が現れライバル同士の目線がぶつかり合い魔王の目の近くで物理的に火花が散った
ひとしきり目を擦って涙で洗ったあと下半身無双のお爺さんを一瞬だけ見送ってから今度は女神様の目に向けた
「愛しい愛しい女神様、何故私の前では動いてくださらないのか」
魔王はミュージカルみたいに大袈裟な動きで女神様に語りかけた
「何で魔王は私が動けるって知ってんの?」
「知らないでしょ、希望というか願望というか妄想なんだと思うけどね」
「そういうとこ男って馬鹿よねぇ」
「脳の中で自分だけで楽しんでくれたら良いんじゃない?」
「アレの脳の中で私が動いているのが気持ち悪い」
「言うねぇ〜」
キョンちゃんと女神ちゃんがそんな会話をしている最中も魔王のソロミュージカルは続いた
「魔王はいつぞや詐欺の女が鳥に落とされて飲まれたときに動いているのを感知したんだって」「カーンチ!」
「え?どういうこと?」
「魔王の森の範囲内なら誰がどこでどう動いているのか分かるんだってさ」「カーンチ!」
「マジで?気持ち悪いんだけど…」
「じゃあそう言ってたって伝えとくね」「ズッチーナ〜」
「イヤイヤ伝えなくていいから、むしろ伝えないで!私に意思が有ることとか魔王が知ってる必要が無いから」
「え?それは前に伝えてあるよ?」「カーンチ!」
「じゃ知ってんの?」
「うん」「カーンチ!」
「だからなんだよ?な状態?」
「うん」「カンチ」
「何だよじゃないんだよー」
「ゴメン」「カーンチ!」
「言っちゃ駄目だよーーーーー」
女神の叫びが神殿の念話グループの内に響き渡った
「好き、あぁ、言っちゃった」
勝手に照れて赤い顔が更に紅潮している魔王、自分で告白したのにちょっとむくれている
「これだけ我が愛を説いても動こうとしないんだね、女神様に意思があることも意外とお茶目で世間知らずなことも裏のインプ2人から聞いているのに
君が動けるってことも私の手の平の上で動いたんだから知っていて当然なのだけど?それでも動かないつもりかな?」
魔王はミュージカル調にカッコつけた
「モーちゃん、力を貸して」
「いいよ、我は不錆鋼だから幾らでも切ってあげるさ」
「ありがとう」
「我等は運命共同体だからね、ねぇキョンちゃん?」
「そうよ、ヤッたるわ」
「ありがとう、一瞬だけ、ホンの一瞬だけ動くから補助宜しく」
「了解した」
吹き下ろした風が森の枝葉を揺らして粉を撒いた瞬間、魔王は目を少しだけ細めて止まった
「キューピットの矢ではなく剣で刺しに来るとは…」
奉剣クラウゼン・モーを持った女神ちゃんが魔王の心臓を目掛けて一突き、ただし刺さったのは数センチで心臓までは届いていない
「魂が…吸えない?」
「モーちゃん吸わなくてもいいよ、拒否が伝わればそれで良いから」
「いや、そうじゃない
魂を吸う量と速度は調節できるけど全く吸わないってことは自分では出来ないんだ」
「というと拒否されてる感じ?」
「そう、完全抵抗だ」
魔王が怖い笑顔を見せた
「君には昔やられたからねぇ、崩剣クレイモア
随分と時間が掛かったけど魂の流出を完全に止めることに成功してね、私は不老であり不死の存在となった
だからこそ!我こそ女神様に相応しい!
この剣のようにドッキュンズッキュン胸打つような時間を過ごしたいのだぁ!」
魔王はムキッとフロントラットスプレッドのポーズを決め筋肉で剣を押し出した
「ムッサ苦しいわ、面倒だから無視
モーちゃん協力ありがとう!
今後魔王には一切の無視を決めますのでイーちゃん連絡して」
「アイアイサー!」「ズッチーナ!」
イーちゃんが念話でどう話したか分からないが真っ赤に紅潮していた顔が白くなり筋肉は空気が抜けたように萎んだ
数分後、再起動がかかりハッとした顔で何やらブツブツと自問自答を始めた
「もしかして、初めてだから?
どうして良いか分からないから?
照れ隠しなのか?
いや、本当に嫌われていたら?
普通に接すれば大丈夫か、うんきっとそうだ
ゴニョゴニョ、ゴニョゴニョ…」
魔王は表情を二転三転させ右の親指の爪をカミカミしながら森の奥の方へ消えていった
「なんていうか潔さが足りない」
「念話で繋げばいいじゃない」
「ずっと煩そうだからイヤ、絶対にイヤ」
「まぁ、私達は住ませて貰っているだけだからさいいんだけど
悪い人じゃ無いと思うけど」
「良い人、悪い人じゃなくてアレはキモい人、近付いちゃいけない人」
「はいはい、分かりました
でもアレは懲りずにまたくるわよ」
「無視しまーす」
結局翌日もその翌日も暇なようで魔王は毎日顔を出しにきた
なにか言うこともなく、膝を付いて顔を見上げてニコッと笑って帰っていくだけの魔王は何かを企んでいるが女神ちゃんは知ったこっちゃない
「爺さん珍しく今日は1人じゃん」
「本当だー」
翌週の下半身無双のお爺さんのお参りデーは初めて一人だった
頭を下げたあと女神ちゃんの後ろに回り込み石の゙ボディの特にお尻を撫回し始めた
「ボディラインの造形が素晴らしい
石像でありながら神秘的な美の前に骨格を意識して作ってあるのがよく分かる
あの男もこの魅力が分かるのか、いつか彫像や石像について語り合ってみたいものだ」
凄い真面目な顔で真面目な話しをしながらお尻を撫で回すお爺さん、手つきがイヤらしい
「くすぐったい」
「女神ちゃん、何されてるの?」
「お尻をサワサワされてる」
「我慢よ!」
「分かってるけどモーちゃんで切り伏せたい気分」
「我は嫌だ、剣ではなさそうだが何かしらの刃物を持つ仕事ではなかろうか
体の動きに無駄がないというと無駄に尻を触っているからなんというかだが」
「あ!『看破』したとき造形師ってあったかも」
「なんでも良いけどくすぐったいわ〜」
「「「がんばれー」」」
20分のお触り継続中に魔王がやってきた
「来たか」
いくら格好つけてもお尻をサワサワ、ペチペチしながら口を緩めているお爺さんはただの変態だ
「貴様、いつから触っている!?」
「四半刻くらいかの」
「撫回すのをヤメロ!」
「誰の物でも無いだろう?」
「女神様のモノだろう?」
「それはそうだが意思などあっても拒否はせんだろうな」
「いいや、嫌がっているね、俺には分かる」
そりゃ分かるよ、イーちゃんに伝えて貰ったからね
「この石像とコミュニケーションが取れるのか?」
「ああ、そうだとも、私には分かるのさ」
「では私が触っているお尻をどう感じているのか分かるか?」
「くすぐったいと」
「そうか、まだまだ開発する余地があるようだな」
撫で回す手が緩急をつけてきたが女神ちゃんは無の境地に入り始めていた
「あぁもう何も感じないわ、触られるのがとにかく嫌だ」
「魔王に伝えるね」「ババチ!」
イーちゃんが魔王に連絡すると突然に笑い始めた
「ハーッハッハハ、そこの爺や、もうお前にも何も感じないんだとよ」
「ナニぃぃ!?」
「心が拒否をしたのだ、我と同じく完全無視&完全拒否を決め込まれたのだよ」
「ば、馬鹿なァァァ
様々な女体を手籠めにしたこのゴッドハンドを持ってしても輝かせられなかったとはぁぁ」
「女性は心の生き物、体だけでどうにかなるなんてことは極稀!押しつけてばかりでは駄目なのさ」
お前が言うな、と神殿グループ全員が呟いた
「ワシより若いくせに分かったような口を聞きおって!」
「どちらにせよ、女神様の体も心もお前のモノにはならなかったのさ」
「お前もなぁ!」
「グハァアア」
早く帰れとイーちゃんから伝言が飛び魔王は放心、お爺さんはショックで四つ這いのまま街に戻っていった
「ナニコレ」
「石像増えたね」
朝まで魔王は石像となっていたが日が射し込むといつの間にか消えていなくなっていた