007 移転詐欺
「なんか最近さ、参拝者多くない?列作ってるじゃない」
「アレでしょ?ほら、この前のあの人のさアレ」
「女神ちゃんったら認知症の入り口に両足突っ込んじゃったみたいね」
「なっちゃってるじゃない!?」
キョンちゃんの前に2段の棚と水の入った白い瓶が並べられ、棚に供物や花が置かれ瓶には小銭が入れられていく
列は街から続いているようで魔物から一般人を守護するための武装した人達が借り出されているほどだ
「これだけ人がいっぱいくるのも久し振りで『看破』してたら面白い人がいっぱい居たのよ」
「どんな人が居たの?」
「90歳過ぎの髪も無くなった腰の曲がったお爺さんは『下半身無双』なんていう称号持ちだったし、パンツにスカート入れてた3歳の女の子が『聖女』だったり何日も風呂入ってなさそうな汚い服で身体中土まみれだった冴えないオジサンは『幸運』のスキルの持ち主なのに『クソ真面目』『貧乏性』なんていう呪いが掛かってて無効化されてたりねぇ」
「最後のオジサンは可愛そうだねえ」
何故か参拝者が入れ替わり立ち替わりで留まることを知らない
「ちょっと遊び行ってもいい?」「良い?」
「普通に駄目でしょ、あの武器持ちに見つかったら首チュンよ」
「首チュン!」「ババチ!」
天使の石像から汗が流れた
「我の錆にしてしまおうか」
「鋳潰されても知らないよ」
「そんな風に思ったこともあったかもしれないな」
奉剣クラウゼン・モーは光を浴びて輝きを増した、まるで脂汗が輝くようにだ
「顔の角度上向きに変えたらどうかな?」
「某歌手みたいになっちゃうじゃない」
「ん?」
「細かいことはいいの!不気味すぎて粉にされて畑に撒かれちゃうよ」
「粉…ガクブルね」
朝から夕暮れ時まで人の列が絶えることがなく完全に日が落ちてからようやく人が居なくなった
「あぁ〜疲れるわ〜人に見られるって緊張するのよねぇ」
「女神ちゃん、まだ気は抜けないよ?またアイツが来る」
「アイツって?」
「いつぞやの尾骨骨折の斥候、今度は隠れてないから良いけどね」
魔王が追い払った斥候は周囲を警戒しながら荷車を牽いて鏡の盾のキョンちゃんの前に止まって一度頭を下げた
「御迷惑お掛けしています
魔王と街が敵対しないために街としては神殿の保存を考えております
私達が『女神様の周囲だけは魔物が来ない聖域のような状態だ』と上の者に進言したところ、街の民の間で何かしらの御利益があるんではないかと尾鰭がついて話が大きくなり現在に至っています
一部には女神様のところに通っていたら寝たきりのおばあちゃんが動けるようになった、便通が改善した、体調が良くなった等の喜びの声があがり拍車を掛けている状態になっています
しかし供物やお金が放置されれば魔物を呼ぶ材料に成りかねませんのでこちらで保存させていただきたいと参った次第です
では本日から毎日回収して帰ります、失礼します」
そう言って斥候は水瓶の中の小銭を網で回収、棚の上の供物も全て荷車に積んでいく
「あいつね、『看破』すると称号のところに『詐欺師』って入ってんのよね〜」
「というと?」
「神殿の保護ではなくて私腹を肥やすのに金使うんじゃない?」
「まぁ良いんじゃない?それならそのうちバレてさ、何らかの罪に問われるでしょ」
「女神ちゃんは呑気ね〜
私達良いように使われてんよ?詐欺がバレたあとから人なんて来なくなるかもしれないんだよ?」
「それならそれで今度は自由に動けて良いんじゃない?」
「それならそれで良いか、私は潰されて粉にされなきゃなんでも良いわ」
「様子見しないわよ、どうせもう300年くらい放置されてるんだからさ」
「そうね」
「我はまだそれほど長くないがね」
明くる日も行列ができて供物と賽銭が溜まり回収されていく毎日を眺めていた
「『看破』に飽きてきた」
「面白い人居ないの?」
「うーんとね、変装した魔王が何回か混ざってたしイーちゃんとプンちゃんが人間に化けて笑いながら拝んでたりとか、『村の英雄』という称号をもってたのが7歳くらいだったりとか『下半身無双』のおじいちゃんが女神ちゃん見ながらニヨニヨしてたりとかくらいかな」
「どれも放置しちゃいけない人達じゃない!?」
「まあねぇ〜イーちゃんプンちゃんバレたらどうすんのよ!?ってね、帰って来ないし」
「偵察行ったな?」
「あの2人はそのまま街に入ってったかもね」
「やるね〜」
その頃、インプのイーちゃんとプンちゃんは…
「街はイイネ〜」「イイネ〜」
水瓶からこぼれた賽銭を使って肉串を買い食いしながら街ブラしていた
12歳程度の男2人、ローブを纏った旅人風の格好に変身して街の声に耳を傾けていた
帯剣した奇抜な格好をした人達はどれだけ凄い魔物を狩ったかの自慢話
奥様方は旦那の夜遊びの痴話話
おばあちゃん達は病比べのお話を自分の好きなペースで話しており噛み合ってない会話が平和的なお話ばかりだった
「意外と神殿の話がないな」
「無いなぁ〜、あっ女神ちゃん」
「え?」
ちょっと立派な建物の壁に貼られた板の上に描かれた女神ちゃんと数行の文字群に吸い寄せられるように2人は寄っていった
「なんて書いてあるんだろうか」「老化ぁ」
「森に飲まれて幾百年、魔王すら膝をつく神聖な女神像の移転にご協力を
神殿新築協議会って書いてあるんだわ」
「へぇ〜」「へぇ〜」
読んでくれたのは太鼓腹でアメてるオジサン、首や手に金がジャラジャラ付いていて厭味ったらしいし人相の悪い腰巾着を2人連れているので胡散臭さは抜群だ!
「どっかの冒険者が女神様の近くで魔王を見つけたが返り討ちにあったけど女神様の前では殺生しないっていう誓約があるらしくて街の入口に移設したら良いんじゃないかって話になったらしいんだ」
「凄ぇ〜どんな女神様だか見てみたいな」「みたいなぁ」
「でも領主もこの街の代官も移動する方が危険だからって却下してよ、説得出来なかったから協議会立ち上げて資金集めしてるんだ」
「そのお金でその格好良い身なりを保ってるということですか」「ヌーボ!」
「まぁな、力持ち3・4人と護衛が居りゃあんな森の浅い部分なら移転なんか簡単なんだから金なんか対して要らんのさ」
「素晴らしい〜」「コンメーン」
「まぁ人気があるうちに稼いで貰うしかねぇやな〜あ?へっへっへ」
親切なオジサンはエヘエヘ笑いながらブヒブヒ鼻を鳴らし肩を振って歩いていった
「『真実の口』の魔法はよく効くな」「キクな〜」
詐欺師の成金太鼓腹オジサンはイーちゃんの魔法で素直に話しすぎてしまったらしい
「プンちゃん、スリは駄目だよ」「軍資金」
「それで肉食って帰るか」「共食い」
「共食いじゃ駄目だろう?」「ダミカナぁ〜?」
プンちゃんは服に縫い付けられていたキラキラの宝石を1つ千切り取っていた
2人はそれを質に屋台で両手に一本ずつ肉串を買い門が閉まる寸前に街を出て森へ戻った
「ただいま〜」「たーまー」
「どこ行ってたのよ!」
「キョンちゃん怖いな〜」「からいな〜」
「どこ行ってたの?」
「街だよ」「あはは」
「何か楽しいことあった?」
「肉串美味しかった」「肉肉ぅ」
「他には?」
「あのね、腹も顔も真ん丸のオジサンがここのお金を使って遊んでてね、肉串買うのにキレイな石くれたの」「軍資金!」
「プンちゃんが取ったな?」
「そうとも言う」「ババチ!」
キョンちゃんの優しくもねちっこい追求で全てを洗いざらい正直にお話したイーちゃんはとても鼻高々になった
翌日も人が並んだが水瓶を倒したり、棚を壊したり供物をかっぱらっていくヤクザモノが出始めた
「ついに終焉ね」
「そうみたいね」
「女神様は詐欺の片棒を担がされたかな」
「そうみたいね、残念だわ」
「ひと泡吹かせる?」
「ドヤッて?」
「イーちゃんとプンちゃんの魔法でかな」
「へ〜やってやって」
その日の夕暮れ、参拝客がまだ数人残っているところに小銭と供物を回収に来た人が来て「シケてんな」と呟きながら荷を積み始めた
それだけでも十分そうだったが追い打ちが掛かる
「ガーッハッハ(フガフガ)
今日も金が集まったな」
アメてる太鼓腹成金オジサンがキラキラの石の付いた服をジャラジャラ鳴らしながら子分を1人連れてやってきた
「ゴクロウ」
「今日はちょっと少ないですね」
「ああぁん!?何でだ?」
「かっぱらっていった人が居たみたいで」
「女神様の神殿の移築に反対の野郎共だなぁ?俺の金をギりやがって取っ捕まえて全部金吐き出せないと気が済まんなぁ〜ハーッハッハハー(エヘエヘエヘ)」
「そうですけど、まだ参拝方がいらっしゃるんで」
「ん〜?」
残っていたのはそろそろ50歳くらいのお世辞にも若いと言えないやつれた感じの奥様とその親と思しき腰が曲がってちょっとオムツ?が大きく膨らんだようなズボンのお爺さんだけだった
「ピチピチの姐ちゃんよ、俺の金で今日遊ばねえか?いい思いさせてやるよ」「させてやるよぉ」
太鼓腹オジサンとその子分は小銭の入った麻袋に手を入れてジャラジャラと金属の擦れる音を鳴らした、2人の動きがリンクしているのが面白くてキョンちゃんも女神ちゃんも笑いを堪えるのに必死だった
「何なんですか!お父さんの前で端ない
私を幾らで買うと言うんです?大した価値などもう有りませんよ!?」
「価値がない?良い肉が買えるのにそんなわけ無いだろう?」
「人殺し!私を食べるつもり!?アナタ人間じゃないわね!?」
「ヤベっバレた、ヅラ狩るぞ」「ババチ!」
太鼓腹オジサンと子分は街から少し外れた方向に逃げていった
「お父さん、早く帰って代官様に報告しましょう」
「そうじゃな、あの男が魔物だったとは思わなんだ、そこのほれアンタも早く片付けて証言しに行くよ」
「あ!はい!今直ぐ!」
荷車にお爺さんが乗ってチンピラと奥様がガニ股で走って行ってしまった
「アハハハハ、ヒー、ヒー、ババチってぇ!」
「あのおばさん肉にされると思ったのねぇ〜サイコー!」
「キョンちゃんのアイデアは流石ねぇ〜」
「あんなに芝居が下手なのに上手くいくとは思わなかったけどね」
「『下半身無双』のお爺さんも中々にいい芝居だったわね」
「芝居なの?」
「ずっと親のフリしてたように見えたから」
「親じゃないの?」
「あの奥さんあのお爺さんの掛けた『誘惑』が掛かってたし『股スレ』の状態異常があったから多分あのお爺さんが旦那さんね」
「はぁ〜それでお父さんかぁ〜」
木の上から半透明のイーちゃんとプンちゃんが飛んできて柱の裏で天使になった
「ただいま〜」「たーまー」
「おかえり」
「おかえり〜バッチリだったよ」
「魔物ってバレると思わなかった」「かった」
「肉串一緒に食べようって誘ったのにね」
「それで何でバレたのかなぁ」「バレたったなぁ」
「人間の感って鋭いね」
「そうだね」「そーだねぇ」
その日を境に人足は減り、数日に1度人が訪れる程度になるまでそう時間はかからなかった
いつも通りの平穏で静かな日常が戻った
「暇だね」
「そうだね〜」