060 遠き春
「アンパーソンさん、来てくれたのね」
「ああ、ミィさんのためなら同伴くらいしちゃうよ」
「あらぁ〜嬉しいわ、でもこのままお店に行くのはちょっとロマンチックが足りないわ
夕ご飯に連れて行って頂けないかしら?」
「もちろんさ」
「動き始めたね」「ね」
「追いかけるよ」「うぃ」
大人な2人は腕を組んで歩き始めた、上空からそれを見ている2人がいるとも気付かずに
「何を食べるのかな?」「肉?」
「魚かもしれないぞ」「串焼きかな〜」
赤い太陽が連れ合った影を伸ばす
いい歳をしたアベックが他愛もない会話をしながら路地裏に入り込むと影は吸い込まれ魔法の灯りが薄っすらと2人を照らす
「…それでね」「それで?」
同じタイミングで話を進めた2人は顔を向き合わせた
ほうれい線こそあれどまだ張りのあるミィの唇が妙に色っぽく見えそっと顔を寄せようとしたアンパーソンの口をミィの人差し指が止めた
「まだ早い、こんな路地じゃ恥ずかしいよ」
「そうだった、後のお楽しみにしようか」
「ん、もう!」
ミィが赤らめた顔でアンパーソンの分厚い胸に額を押し付け顔を見られないようにしてまた歩き続けた
「ここだ、ちょっと下町な感じで煮込みしかないけど美味いんだ」
「アンパーソンさんも庶民の料理を食べるんですね?」
「美味しいと思うものなら何でも食べるさ
大将!煮込みとメシを2セット」
「あいよ!」
客がカウンターに腰掛けていると横向きにしか通れない細く狭い通路を笑顔で進み奥まった席に腰掛けた、勿論ミィは壁側に座らせてもらえた
「アンパーソンさんて紳士なのね」
「そうか?ミィさんの隣は僕が独り占めしたかっただけさ」
「お上手ね」
「煮込みとメシ」「同じの!」
甘ったるい平成前期のトレンディドラマみたいな雰囲気を醸し出しているが煮込みしかない居酒屋だ
入口付近の席にはフードを被ったイーちゃんとプンちゃんが陣取り注文、魚の頭と内臓と野菜類を生姜を効かせて甘塩辛く煮込んだモノを口にかきこんでいた
「ウメェ!」「ンメ!」
「魚のエラコリッコリじゃん!」「こりゃおいしいわ」
「野菜もウメェ、野菜の皮が食感と苦みのアクセントになってら」「こりゃんめぇわ」
「ごっつぉさん!」「さん!」
隣の人が帰った時と同じようにチャラチャラっとテーブルに小銭を置いて店を出て2人は消えた
「あっ!金足りてねえ!逃げやがったな!?」
2人は毎回テッキトーに小銭を渡し、足りなければ追加で払い多ければお釣りを貰う雑な支払い方をしていたのでテーブル置きするパターンでは足りなかったらしい
店主が店を出て衛兵に報告して戻って来るまでの数分間、奥の席では2人っきりで食事を楽しみ話に華を咲かせていた
「そろそろ行かないとかな」
「そうね、楽しいプライベートな時間はここまでか…」
「流石にお店でこんな感じにはできないか、そう考えると僕は果報者だ」
「ありがとうございます」
「どうしたの?畏まって」
「こんな楽しかったのなんて久しぶりだから」
「ずっとこんな感じで楽しく過ごせるといいなって僕は思ってるけど?」
「え?」
「考えておいてくれるとありがたいかなってさ」
「うん!大切にする、でもすぐには難しいかな」
「時間は有限だけどじっくり時間を掛けて育まないとね」
「ありがとう」
「じゃあ行こうか、釣りは要らないよ」
「毎度!」
食い逃げ犯分を上乗せしてもちょっと過分なお金を置いて店を出る2人はミィの働く夜のお店に向かっていった
「これは待ちだね」「んだ」
かれこれ3時間程、店の入っている建物の屋根で2人はゴロ寝をして待った
「もっと若い娘と遊びたかったんじゃない?」
「若けりゃ良いってものじゃないのさ」
「出てきた」「きた!」
ミィはアンパーソンの右腕を両手で抱きしめるように胸のアサーい谷間の胸骨に押し付けながら店を出てきた
まだまだ人通りの多い夜道を歩く2人を上空から追いかける2人は大分眠たくなっている
「ダニオゥに知らせておくか」「そだねー」
アンパーソンはミィに連れられて未改修のとある工場跡地に入っていった
「ここはなんだい?」
「私の家なの」
「やんちゃそうな家族が大勢居るんだね」
「そうなの、皆兄弟よ」
「生きているのに生きていないようで怖いね」
「え?皆生きているわよ?飢えているだけでね」
ゾンビ一歩手前のようなカビ臭い男達がヨロヨロと覚束ない足取りでアンパーソンになんとか掴まろうと手を伸ばしながら近付いていく
アンパーソンは少しずつ後ろへ下がりドアノブに手をかけたが回らず、鍵がかけられていることに気付いた
「ミィさんこれはどういうことかな?」
「私はね、私を不幸にしたのに幸せそうに生きている人を許せないの
でも幸せを壊すのは忍びないから私の不幸に付き合ってもらうことにしたの
私の不幸は皆と分け合ったら薄らぐでしょ?だからね、私は私を不幸にした人に私を好きになってもらって一緒に不幸を抱えてもらってるの」
「心が汚れていて力が出ない」
アンパーソンは膝をガクガク震わせて右膝をついた
「力は暴力だけじゃないのよ?強い権力?そんなものだって数が揃えば負けないわ」
「感情が欠けていて力が出ない」
終いには両膝に両手もついて頭を垂れた
「これでアンパーソンさんも私のものね、皆仲良くね?」
「「あいー、あいー」」
男共は何らかの薬を嗅がされているようで脳が痺れたようになっていた、アンパーソンは頭を下げたからか陰鬱な感覚が少し薄れて正気に戻ってきた
「僕はね、誰かに笑顔になって欲しくて生まれてきたのさ
仕事も笑顔のためだ…一時を凌ぐお金を貸して見返りに少しの利を頂く、返してこない人も大勢いたが家族に債権を回したことなど一度もない!
不幸等とは言うものは引き寄せたに過ぎない、脱却しようとする心が必要なんだ!強い志が!魂が!
それを踏みにじられているのは僕だ!
家族の為に金を貸して欲しい?
ここを乗り切れば必ず返す?
本当に?と疑うことなど日常茶飯事さ!でも貸すのさ、その人の人生が輝くために!周りの人を幸せにしてくれるだろうと願いを込めて」
アンパンマンは力の入らない体を奮い立たせなんとか立ち上がった
『ドンッ!』『ガギィ』『ドサ』
「オッ、こ」
鍵のかかっていたドアが突然に開いた
「アンパーソン!大丈夫か!?」
ダニエルがドアを体当たりで突き破り突入してきたときにはアンパーソンはうつ伏せで倒れていた
「尾骨が…足が痺れて力が出ない」
重心を後ろに腰を上げるように中腰で立ち上がった直後にアンパーソンの尾骨に丸いドアノブがダニエルの体重を乗せつつ体当たりの勢いで突き刺さった、激痛プラス足は電気ショックのような痺れが持続している
「この匂いは!全員突入、窓開けろ!」
「「はい!」」
「なにするの!!やめてよ!」
ダニエルの引き連れてきた門衛等が室内になだれ込み窓を全開にした
「新しい空気だぞ」
「元気は残り2割、アンパーソン」
「まぁちょうどいいや、アンパーソン金利法違反にて捕縛する、9分までだっつってんのに1割超で金を貸した容疑がかけられている」
「そんな通達聞いてない!」
「いや通達した、親展で手紙を出したし門の近くの掲示板にも掲示されている
読んでいない分には知らん」
「青天の霹靂」
アンパーソンは門衛等に担がれた
「ミィ、違法魔法薬製造と使用の容疑、軟禁の疑いにて捕縛
他の男達は違法魔法薬持続使用の容疑で全員捕縛、操られていたのか自ら乗ったのかもハッキリさせるからな!覚悟しておけ!」
「「あ、あぁぁ」」「マジカヨ」「ヤベエ逃げ遅れた」
「意識があったの!?」
「「あ、おぁぁ」」
「騙されないんだから!」
ミィ含め全員が逮捕、起訴され本当に操られていた数人以外は全員が罪に問われた
ミィについては違法魔法薬製造ができるという点で死罪となる予定だったが代官とダニエルに協力するということを条件に隷属させられ街から出ることが出来なくなった
アンパーソンは法外金利で金を貸した全ての権利書の金利を消去し0となる軽い罰で済んだ
判決から数日経ったところで代官屋敷からミィがダニエルのところに移送されてきた
しかし判決文を衛兵から聞いたダニエルは渋い顔をした
「俺に2人も付き人は要らん、呼んだら来れるようにしておければ良い、行く宛はあるか?」
「ありません、お店も首になりましたし殆どの店で出禁となりました」
「金は?」
「魔法薬の材料に使ったこともあり手元にはありません」
「そうか、なぁどうしたら良いと思う?」
ダニエルの話を振った先には団子っ鼻で頬骨の飛び出たモテない男が居た
「0金利で貸出ましょうか?」
「そうじゃないんだよ〜、アンパーソンよ
だーかーら!モテないんだよ」
「ハラスメントか?」
「おっふ、違うっていうか違わないか、すまん
ミィに未練はないのか?」
「は?無いわけ無いだろ?」
「今のミィは隷属の魔法で嘘をつけないからな、よーーーーーく聞いておけよ?」
「ダニオゥ何をする気だ?」
ダニエルはミィに向き直って問いかけた
「アンパーソンと話しているときは楽しかったか?」
「はい、とても」
「アンパーソンと一緒に居るのは嫌ではないか?」
「はい、心地良いくらいです」
「アンパーソンのもとで厄介にならないか?」
「宜しいのであれば」
「心を開ける相手の1人になれるようにアンパーソンにも頑張らせる、良き相談相手になって欲しい」
「はい」
「おい、ダニオゥ待て!勝手に決めるな!」
アンパーソンは半分困り顔で半分ニヤけた顔でダニエル尋問を止めた
「駄目か?じゃあ止めるか」
「いや、駄目じゃない!心の準備…」
「新顔入りまーす」
「脈拍百倍アンパーソン!」
「ということでアンパーソン、ミィを宜しく頼むぞ」
「あ、あああ、あぁ」
「ミィはその気になったら嫁いだって良いんだからな?」
「はい、考えておきます」
「血圧百倍アンパーソン!」
イーちゃんプンちゃんはダニエルから貰った肉串を頬張って茶番をおかずにジュースを飲んでいた
「ただいま〜」「まー」
その更に数日後の夕方にイーちゃんとプンちゃんが帰還した
参拝客と数人すれ違ったくらいで相変わらず神殿の周囲には誰も居なかった
「おかえり〜」
「おかえり、長いお手伝いだったね、お疲れ様」
「ダニエルは人使いが粗いんだよ」「肉串くれたー」
「魔法遣って斥候練習してきたよ」「魚串美味しかったー」
「仕事してご褒美に美味しいものを貰ったんだね、頑張ってきたね」
「うん!女神ちゃん聞いて聞いて」「聞いて!」
数日間はイーちゃんとプンちゃんの話で楽しく過ごすことが決定した




