041 SAW魔To
「世の中、薄い顔でシュッとしていて細マッチョなんていうのがモテるだなんて聞いていないぞ」
薄れていく意識の中で男は妬み嫉みに雁字搦めにされていた
「父さんはムキムキで顔が濃いほうがモテると言っていたじゃないか」
いつのまにか暗い部屋で昔の思い出を俯瞰しながら見ていた
「顔がそっくりな僕は絶対にモテる、自分がモテていたのだから絶対にモテると言ったじゃないか」
思い出ムービーには今の自分と全く同じ顔をした父がパンツ一枚でポージングしているのが流れている
「早く逝きすぎだよ、父さんは
肌の薄さを出して筋肉の溝を出したいからって少しの水しか飲まないなんてだめなんだよ」
背中に四角く切り出した岩を背負ってスクワットをしているマッチョがいる
「血管が切れたのかもしかしたら栄養失調で心臓止まったかもなんてさ、悪い冗談かと思ったよ」
布団の中でムキムキゴリマッチョが白くなっていた
「あのあとお母さん大変だったんだよ
父さん以上に筋肉をつけちゃいけない、でも栄養は取りなさい、バランス良く食べて、しっかりと鍛えていい身体を見せればモテるからって
結局ゴリマッチョになっちゃってさ」
父より一回り大きい自分が石を抱えてスクワットをしているのを傍目から見ている
近くを通り掛かった女子たちが赤い顔でササササとでもチラチラ見ながら通り過ぎていく
「この頃は自分の筋肉にエロティシズムを感じて恥ずかしがっているものだと勘違いしていたよ」
場面が変わってタンクトップ短パンのゴリマッチョが教会の裏でナイスバディの女性を口説いているところが映った
「ごめんなさい、私、アマミ男爵の妾になるって決めてるからあなたの気持ちになんて応えられない」
「そんな…僕だって何れは準男爵になるんだよ?」
「準男爵は世襲出来ない、あなたのお父さんはモンスタースローでイエロードラゴンをジャイアントスイングでぶん投げて世界一になったから準男爵になれたの、でも今はヌメヌメ滑るブルードラゴンを投げる時代なのバカ真面目に筋トレしているだけの貴方にできる分けがないわ!」
「何れ投げてみせるさ!」
「じゃあ投げてから私を誘って、出来ていないなら私は妾でもいいから端っこで貴族の暮らしをするわ!もう話しかけないで!」
「そんな…」
細マッチョイケメンの男爵の嫡男を見つけた女の子は腕を絡めて豊満な胸に押し当てるどころか谷底まで引きずり込むようにしっかりとアピールをした
「私の胸筋の方がよほど溝は深いのにな」
次はマッチョな女性が血を吐いて倒れ込む場面だった
「お父さんが亡くなってから働き詰めだった母さん、最後は肺高血圧で血管が切れ肺が破れて喀血したんだ、頑張り過ぎだよ」
その後、それを見た男は走った
体力の限界等無いと言わんばかりに、隣の伯爵領の領線を数日かけて一周し戻ってきた時には母は土の中だった
「このとき、僕は走ることに目覚めたんだ
僕のスキルは肺活量極大、パワーに振るよりも走ることに特化したら良かったんだと気付いたんだ
奇しくも母の死がきっかけとはなったけど、母の墓前に頂点に立った証の準男爵バッヂを供えるために僕は走る才能に目覚めたんだ」
次のシーンは四つ這いになった自分を見下ろすどこかで見た細マッチョの優男の顔だった
「スピード、スタミナ、魔法三拍子揃わなければレースには勝てない
お前には魔法の才能は無い、お前が持っているのは無駄に太った筋肉だけだ!」
男爵の嫡男に見下されたのは屈辱だった
スピード、スタミナ、根性だけは絶対に負けない、負けないが魔法で地面ごと吹き飛ばされたらどうにもならない
いくら距離を開けようともスタートラインと同じ位置のゴール直前に爆破魔法が仕掛けられている等、分かるわけもなかった
「アイツがずっと邪魔だった、邪魔だったが目標でもあったな
ゾンビ、すまん」
その後は家を売り払いスカンピンになって国内の手紙配達業で生計を立てる毎日だった
その中で突然出会ったのが不細工な格好ながら走ろうとしているゾンビであり、彼女を見た時にはこれは原石だと確信した
最初は女性だと気付かなかった、何度も腿の上げる高さや腹筋を使って上半身の位置を安定させるように指導している時にサワっと胸に触れたのだ
「ゾンビだけど柔らかかったな」
走るようになって徐々に腐っていた顔が張りを取り戻してきたときにドキッとしてしまった
なんて端正な顔立ちだろうかと、腐ったゾンビ相手にキレイだと言いそうになり女神様等に見られている感じがして恥ずかしくなったのだ
「ゾンビ、キレイだよ」
次は人生最後のレース、トレーナーとして本気で向き合い爆破魔法にも耐える靴を揃えて万全の状態で乗り込んだレースだった
「まさか短距離走で地面が逆走するなんて思わないよな」
ゾンビの足元の地面がランニングマシーンの如く逆走し全然速度が出ず予選敗退だった
「マイルレース、アレは合法なのか?」
10マイルレースでは8本足のケンタウロスが完全武装で走りきった、追い付こう追い越そうとする選手全てをハルバードと呼ばれる長い斧槍で叩きつけていた
ゾンビは及び腰でまともに走れていなかったのが敗因だろう
「マラソンはまさかのまさか爆破じゃないなんて男爵は流石だよ」
マラソンはゾンビが圧巻のレース運びでぶっちぎり1位でゴールテープに触れた瞬間ホーリーブレイクで弾き飛ばされ動けかない身体を這って進んでいるところで後ろから来たケンタウロスに追い抜かれたのだ
「ケンタウロスの父親があの細マッチョ男爵だもんな、種族違いで子を成すとかどういう構造してんのかな」
彼のスキルは種魔王、称号の下半身無双に並ぶ生殖系最強スキルの一つだ
「男爵様、負けました
貴方に生涯を掛けて挑み続け、最後まで土を付けられなかった
これでお目にかかるのは最後になると思います、今までありがとうございました」
「まだまだ、これからも君の上に立ち続けるつもりさ、魔法だけが私の勝る点だからね
それとこれで私は子爵になる、君を騎士爵に推薦出来る立場になった
どうだい?うちに来ないか?君のフィジカルに掛ける情熱と僕の魔法が合わされば無敵のランナーが生まれるよ」
「私のような下賤な者になんと勿体なき御言葉
その言葉だけで私は救われました、もう私には
次の時間が無いのです」
「そうか、まだ育てているランナーがいるのか!私も精進しよう、ではまた合うときには私の頼みを聞いてくれよ?」
高笑いして居なくなった男爵の後ろには美女に動物、魑魅魍魎と百鬼夜行が続いた
「もう私の人生は終わりか」
最後のシーンは顔をぶつけるような下手くそなキスだ
「このあと振られるんだよね〜」
膝から崩れ落ちてそのまま息を引き取った自分の最期をみてなんだか腹が立ってきた
「細マッチョがモテるっておかしくない?
なぜあれほど活躍した私に誰も寄ってこない
金が無いのは分かる、分かるが浮浪者にすら恋人が居るのに私にはなぜいない?
ゾンビにはセクハラした、いや突然に口づけを強要したわけだから強制わいせつか
私が何を言っているかも分からなかったかもしれないし突然のキスで動揺したかもしれない、あぁ最後まで意識を保てばなんとかなったかもしれない
悔やまれる、悔やまれるな
5年分を前借りする呪いなんて受けなければ、前借りの5年なんてなかったろうけど
ゾンビと話がしたい
謝って、一緒に走って、出来ればずっと一緒に…」
ライオネルの意識がブラックアウトした




