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02 平穏な日々

保育園を卒園した僕たちは

全員が同じ小学校へ行く

通う場所が保育園から小学校へ変わっただけ

大型ショッピングセンターもなければ

カラオケもないような面白味のない田舎で

このまま平穏に時が過ぎていくものだと

誰もが疑わずにいたに違いない

少なくとも僕はそう思っていた一人だ


けれどあの日から全てが変わった

当たり前なんてないのだと



小3の夏休み

庭の縁側でスイカを食べながら人ぼーっとしていた所に

母は慌てて僕を呼びに来た

普段おっとりしている母が

慌てふためくことなんてないので

すごくびっくりしたのを覚えてる


たいち!大変!ひなちゃんが…!



ひながどうしたの…?

ぼーっとしていたままの意識で

慌てる母に聞き返す

母の目に見る見るうちに涙が溜まり

それがそっと流れたかと思うと

慌てている様子とはかけ離れた

とてもとても小さな声で言った



ひなちゃんが…ひなちゃんが…

車に撥ねられて亡くなったって…



え…今なんて言ったの…?

ひながなんだって…?


毎日会話をしている母の言葉なはずなのに

聞こえてくるのは全く知らない言語のようで

不気味にも感じた

何語をしゃべっているんだろうかと思った

いや、言っている意味はわかる

何かの冗談だろうか

朝まで一緒にいたひなが

死ぬことなんてあるわけない

変な冗談やめてくれよ


そんな気持ちとは裏腹に

僕の目からは涙が溢れていた

まるで「その出来事」を認めたように…



急いでひなの家に走ると

家の前はシーンとしていた


おばちゃん?ひなは?

僕だよ、たいちだよ



いつものように

引き戸を開けて中にいるはずの

ひなのおばちゃんを呼ぶ

いつもと違うのは家がシーンとしていることと

僕の声が震えていること


奥からおばちゃんが出てきた

透き通るようなひなと真逆に色黒で豪快なおばちゃんが

いつもの何百倍も弱弱しく見える

そんな様子が嫌でも

ひなの有事をじわじわと実感させる



たいちゃん…ひなが…ひなが…

おばちゃんは僕を抱きしめずっと泣いていた

そんなおばちゃんを見たことがない僕は

何もできない歯がゆさで頭が真っ白になった

後ろから母が追いかけてきた事にも気が付かなかったが

鼻をすするような音で我に返った

そっと振り向くと母もまた泣いていた



2日後ひなのお葬式が行われた

人口が少ないこの町では生まれた時からみんな友達だ

小学校の友達は全員が来ていて

親族や近所の人など沢山の参列者たちが集まった

男の子も女の子もどうして、どうしてと言いながら

皆が泣いている

先生も近所の人ももちろん、おばちゃんや母も…

こういう時、ありきたりな言葉しか出てこないが

まさに、どうしてひななんだと思った

どうしてあの時間あのタイミングで

横断歩道を渡っていたんだ

もしも遊びに誘っていたら

もしも電話をかけていたら

なんて今更どうしようもない後悔で

胸が張り裂けそうだった


僕にはまったく責任がないことはわかっている

けれど何か出来たのではないかと苦しくなる


皆が同じ思いだったのかはわからないけれど

大人も子どももみな全員が悲しい空気に包まれ

最後のお別れを伝え終わった

ひなの顔を棺桶越しに見たけれども

今にも起き上がって

「あれ?みんなどうしたの?」

と優しい笑顔で話しだしそうだった

それが最後に見たひなの顔だった



ひなを撥ねたトラックの運転手は

居眠り運転だったらしいと母から聞いた

ひなが青信号の横断歩道を渡っていた所に

赤信号を無視して突っ込んできたらしい

何も悪いことをしていないのに…

ひなの命のロウソクは一瞬で吹き消された



一人っ子だったひなの家族は

お友達の顔を見ると辛いから

と言っておばちゃんの実家に引っ越してしまった


人見知りだったひなは

いつも恰幅のいいおばちゃんの後ろに隠れて

「この子ったら人見知りでね〜!」

なんて言われていたっけ

雨の中傘をさして歩いていったおばちゃんの背中は

見た事のないほどに小さくなっていた

あの日は川が氾濫するほどの大雨だった

無数の激しい雨粒たちが

おばちゃんの涙を流すように降り続けた


母が隣でそっと

元気でね

と小声で言ったが

その声もまた雨音でかき消された






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