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 急いで支度をする。もう時間がない。

『志帆』

「わかってる」

 太陽の反対方向に同じように光る物が見える。ニュースで言っていた隕石が予想と違う進路になり、数時間もすれば地球に衝突するそうだ。

「お母さん」

 恐怖に怯える母を抱きしめ、膨らんだお腹をさすってやる。

「大丈夫。きっと何とかなるから」

「……志帆……うぅ……」

 怖いのは当然だ。私だって怖い。でも、藁にもすがる思いなのだ。

「どこ行くの……?」

「……私、願いを届けてくる。みんなが幸せで笑えるようにって伝えてくるね。だから、ばいばい。いつまでも元気でね。大好き。りっちゃんにもよろしく言っといてね」

「ま、待って……志帆!」


 用意していた箒を持って玄関を飛び出した。触れると光る魔法の箒。あの日から一度も触っていない。飛べるだろうか。いや、飛ぶしかない。私がやらなければならないんだ。


 廊下でばったりと出くわした孝文さんは息を切らしている。仕事を切り上げて帰ってきたようだ。

「し、志帆ちゃん! 何してるんだ! 早く家に入って!」

「孝文さん、お母さんのことよろしくお願いします。今も怯えてる。手を握って、優しく抱きしめてあげてください」

「当たり前だよ。……志帆ちゃんは、どこへ行くんだ?」

「……空へ。願いを届けに行きます。私は魔女だから」

 今なら言える。いつもごちゃごちゃ理由を付けて言えなかった思いを。


 孝文さん、こんなに優しい顔をしていたんだ。

「いつもお弁当作ってくれてありがとうございました。私の不注意で中身ぐちゃぐちゃになっちゃった時も、変わらず美味しかったです」

 私、ちゃんと笑えているかな。

「……お父さん、私はあなたと出会えて幸せでした」

「……志帆ちゃん」


『志帆、そろそろ』

「わかってる」

 憧れた空へもう一度飛んでいけるというのに、心臓が握り潰されるように痛い。

『安心して。私がついてる』

「……うんっ」

 廊下の手すりを飛び越えて箒に跨がる。重力に体はどんどん下へ落ちていく。

「飛んで……お願いっ!!」

 地面すれすれで箒は空へ方向を変えた。あの時と同じ、後ろには支えるようにして魔女が乗っている。

 チラリと後ろを振り返ると、住んでいたマンションが見えないくらい遠ざかっている。

『もうすぐだから。あと少し』






 雲を抜けた先には太陽があるものだと思っていた。雲海が広がっていて、空気が薄いのだと習ったから。しかし、そこにあったのは太陽でも雲海でもない、ましてや宇宙などという現実的な風景でもない。

 辺り一面のお花畑。その中心に誰かがいるが、何故か認識することができない。


「よく来たな。こっちへ来い」


 言われるがまま、その人へ近づいた。この人が神様なんだと直感した。

「長旅ご苦労であった。茶でも入れよう」

 あまりの現実味のなさに、自分が何をしにここへ来たのか、目的をすっかり忘れていた。

「あ、あの! 私、願いを届けに来たんです! あの隕石、何も被害がないように壊してください!」

「あぁ、あれな。あれだけでかいもんを壊すなんて、神でもできぬわ」

「……じゃ、じゃあ、進路をずらすとか……」

「それならできるぞ。ほれ」

 隕石はあっさりとどこかへ飛んでいってしまった。

「……よ、よかった……ありがとうございます」

「よし、願いは叶えた。では、お前は私のものだな」

「あの、もう1つ願いを叶えてほしいんです」

「……まぁ、いいだろう」


「魔法を無くしてください。今の時代なら科学技術で十分対応できます。お願いします」

「魔法がなければ死んでしまう奴らも多いが? そいつらは見殺しか?」

 まるで挑発しているかのような言いぐさにムッとした。

「……人間をなめないでください。魔法なんてなくても生きていけます。それより、こうやって生け贄の儀式が繰り返されていくことの方が見過ごせません。悲劇を繰り返さないためにも、どうか」

 直角90度に頭を下げた。リンカのように悲しむ人を二度と出してはいけない。

「悲劇……クハハハハハ!! 贄の儀式が悲劇か! お前たちが始めたことというのに!」

「確かにそうです……だから、終わらせるんです。いつか自分も生け贄にされるのではないかと怯えるなら、いっそ魔法自体を無くしてしまった方がいい。私はそう思います」


「よかろう。その願い、聞き入れよう」


 あまりにあっさりと願いが叶ってしまった。

「……あ、ありがとうございます」

 今の流れだと、もう少しお互いに主張し合うと思っていたが……。いや、願いさえ聞いてくれればそれで良いのだけれど。神様の気まぐれ、なのか。


「お前、名前は?」

「佐々木……いえ、真辺志帆です」

「志帆……ふっ、お前もシホか。なかなかに面白い。ついてきなさい」

 何故か名前を笑われた。


 どれだけ歩いても一面の花が咲いている。花を踏んで歩いているのに花は押し潰されることなく真っ直ぐに立っている。まるで私は存在していないかのように。

「わかっているだろうが、ここへ来た時点でもう終わっている。苦しむことのない終わりはささやかな贈り物なのだ。お前たちへの敬意を込めた贈り物。わかるか?」

「はぁ……」

「わからんでもよい。なぁ? シホ」

『はい』

「え……」

 あの魔女も私と同じ名前だったのか。


「楽しませてもらった。我は満足だ。しかし、シホはこれでよいのか?」

『はい。彼女の願いは私の願いです』

「最期まで面白い奴だな。2人ともここへ座れ」

 言われたとおりに雲のようなふわふわした物に座った。感覚がないほど柔らかい。隣の魔女は驚いたように目を丸くしている。

『わ、私もですか?』

「こいつだけやっても意味ないだろ。ほら、早く」

 魔女は恐る恐る腰かけ帽子を取った。


「シホ、長いことご苦労であった。次は人のためのみならず己のためにも生きてみよ」

『つ、次があるのですか……!?』

 神様はうっすら微笑みながら魔女の頭を撫でた。1つ撫でると輪郭がぼやけ、さらに撫でると周りの景色と同化していく。

「そう怯えるな、志帆。お前たちは同時でなければならないのだから、まだやらぬわ」

 同じ呼び方なのに、どちらに向けて言っているのかすぐにわかる。


「最後にもう一度問おう。願いはなんだ?」

「隕石、は終わったので……コホン」

 頭の中に隕石が残ってる。それほど焦っていたのだ。

「魔法を無くしてください。私たち魔女を普通の人間に戻してください」

 顔は認識できないのに、じっと見つめられているのがわかる。無理だとか嫌だとか言われたらどうしよう……。

「……ファイナルアンサー?」

 予期していなかった言葉に一瞬戸惑った。

「え……ふぁ、ファイナルアンサー……」

 クスッとからかうような笑い声がした。

「よかろう。それでは」

「わ、わぁー! 待って!」

 神様をぶんぶんと払いのけるように手を動かした。大事なことを忘れていた。

「……な、なんだなんだ……」

「お母さんの赤ちゃん! 元気で生まれてきますようにってことも追加でお願いします!」


 ぷっ、と噴き出したかと思うと、クハハハハハ! と豪快な笑い声が響いた。

「わかったわかった! その願いも叶えてやろう。他にはないのか?」

 神様、楽しくなってきたようだ。

「えーと……うーん……」

「無理に捻り出す必要はないが、じっくり考えるがいい」

「……世界平和かな……」

「ぎゃはははは!! せ、世界平和ぁ!? 無理に決まっているだろう! ぎゃはははは!」

「な、ならっ、無病息災!」

「ひーっ! も、もう笑わせるな! あっははははは!!」

「じゃ、じゃあ恋愛成就!」

「お、想い人でもいたのか……? クハハハハハ!!」

「交通安全!」

「ぎゃー! は、腹痛い! 腹痛い! ……ひーっ! ひーっ! ふーっ……あ、あー、すまなかったな。変なツボに入ってしまった」


 ひとしきり笑うと、はぁ、と息を吐き出した神様は平静を装った。声はかなり楽しそうだが。

「志帆は優しいな。優しすぎるがゆえ愚かでもある。我のもとへ来る者は皆、お前のような愚か者ばかりだ。だからこそ愛おしいまでもあるがな」

 誉められたのか貶されたのかわからない。


「お前のその願い、全てを叶えると約束はできぬ。平和も安全も、決められるのはお前たちだけだ」

 それはそうだ。無理なことくらいわかっていた。けれど、いざ平和な世の中を願えないとなると悲しい。

「そう落ち込むな。我も願っている。そして信じている。人間はなめるほど弱くはないのだろう?」

 さっきの私の言葉だ。

「はいっ!」

 神様が私の頭を撫でる。溶けていく感覚。周りと同化していく、そんな感覚。

「おやすみ、こどもたち」

 意識が遠のいていく。瞬間、魔女が手を握った。


『志帆、ありがとう』






『……衝突するかのように思えた小惑星ですが、こう、かくんと進路を変えましたよね? いったいどういうことなのでしょうか?』

『未だはっきりとしたことはわかっていません。可能性をあげるのなら、重力の強い他の天体に引っ張られたか、そもそも予想進路がずれていたか……。まぁ、なんにせよ奇跡ですね。奇跡としか言いようがないです』


 おぎゃあ、と元気よく泣く赤子の声にニュースの音はかき消された。

「はいはい……どうしたのぉ…………」

 昼夜問わずの夜泣きに授乳で母親の体は限界寸前だった。日中稼ぎに出掛けている父親はなかなか育児休暇を取得できずに歯がゆい思いをしていた。

「お父さん、早く帰って……こないかな……」

 体力の限界に崩れるように寝てしまった母親。赤子の泣き声は大きくなるばかり。


 しかし、泣き声はピタリと止まり、きゃっきゃと楽しそうな笑い声に変わった。

 少し経つと笑い疲れたのか、赤子は小さな寝息をたて始めた。久しぶりに静かに眠ることができた母親のそばには高校生くらいの少女が1人。

 少女は母親と赤子を愛おしそうに見つめ、やがて姿を消した。


 父親が帰ってきてから目覚めた母親は、床に倒れた自分にタオルケットがかかっていること、寝ている間赤子が大人しくしていたことを疑問に思うが、夢うつつに見た出来事に顔を綻ばせた。

「亜紀さん、大丈夫?」

「大丈夫。お姉ちゃんのおかげでよく眠れたの。ね? 寿麻」

 あー、と赤子が答えるように声をあげた。

ありがとうございました。

書いてて楽しい作品でした。


作者は志帆と同じように菷で空を飛んでみたかったので、その思いを込めて作りました。

夢の代償に命を落とすとしても、夢を選択するのか、ということを念頭に置きながら書いていたつもりですが、うまく書けなかった感じがします。

まぁ、拙いながらも終わらせることができたのでヨシとしましょう。


最後までご覧くださりありがとうございました。


(実は志帆とシホは同一人物説があったりなかったり……?)

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