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 雲1つない真っ青な夏の空。

「ねぇ、おかあさん」

 部屋の中で洗濯物を畳んでいる母が鼻歌交じりに「ん?」と返事をした。

「あたしも飛びたい」

 遠くに大きな翼を広げて飛ぶ名前も知らない鳥を見た。

「パイロットになるの?」

「ぱいろっとって?」

「飛行機の運転手さん」

「うーん……そうじゃなくて、鳥さんみたいな」

「あぁ! 鳥人間か!」

 つい先日テレビで見た大会を思い出した。

「ちがうちがう! あたしの力で飛びたいのっ。タケコプターとかない?」

「タケコプターはないかな」

 困ったように笑う母に肩を落とした。


「でも、あなたなら飛べるんじゃない? 母さんも昔は飛べたから」

「え!? どうやって!?」

 母はベランダまでやって来て、そばに立てかけてある大人の身長ほどある箒を手に取った。

「これに乗るの。あなたも母さんも、おばあちゃんもそのまたおばあちゃんも、本当の姿は魔女なのよ」

「ま、マジョって、あの、テレビでやってた、あれ!?」

 13歳の小さな魔女が知らない町で修行をする。箒に跨がって高い高い空を自由に飛び回るなんて、羨ましい限りだ。


 橋の上から飛んでいくあのシーンを思い出しながらベランダの柵をよじ登る。

「そうそう。ってコラ! そんなところに登らない! 落ちたら怪我するよ!」

「だって、あたしはマジョなんでしょ? マジョなら飛べるもん!」


 箒を掴もうと手を伸ばす。が、バランスを崩して体が外へ傾いていく。

 伸ばしたままの腕を母が掴んでくれて落ちることはなかったが、代わりにとんでもない雷が落ちた。


「バカ!! 落ちたら死ぬって言ってんだろ! あたしの言うことが聞けないって言うのかい!? えぇ!?」

 死ぬなんて言ってなかったのに……。

「うぇ……ごめんなさいぃ……!!」

「昼飯抜きだからな。反省してな」

 魔女というより鬼だ。普段あんなにおっとりしていて怒る時はぶちギレるなんてどうかしてる。




 お盆は祖母の家に集まるのが習慣だ。

「あらぁ、こんなに大きくなってぇ」

 祖母はいつも朗らかに笑っている。母にそっくりだ。ならば、怒る時も鬼のようなのだろうか……。

「あら? どうしたの?」

「昨日怒ったのがまだ効いてるみたいで……」

「あらま、あんたこんな可愛い子叱ったの? かわいそうに。怖かったろうねぇ?」

「だってこの子、ベランダから飛ぶとか言い出したのよ。何もできずに落ちていくところだったんだから」

「あらら、それは大変ねぇ。お母さんが生きていたら、教えることができたかもしれないけれど……」

「あたしももう飛べないもの。どんどん薄れていくものね」

「……飛べないの?」

 母と祖母は顔を見合わせて唸った。


「ばっちゃん!」

 家の中から元気な声が聞こえた。いくぶんか年上の女の子だった。

「りっちゃん、来てたのねぇ。気がつかなくてごめんねぇ」

「えと……私、真鶴城リンカです。私の祖母がばっちゃんのお姉さんで……まぁ、ざっくり言うとはとこです」

「りっちゃんは血が濃いから、しーちゃんに教えられるかもしれないね」


「お名前は?」

「……佐々木志帆」

「魔法使いたいの?」

 ぶんぶんと首を振った。

「飛びたい。鳥さんみたいに」

 リンカは少し驚いた顔をした。

「本当に飛びたいの? それでいいの?」

「え? 何が?」

「……まぁでも、私にも大した力はないし、大丈夫か」

 何が大丈夫なのかわからないが、とにかく飛びたい一心だった。

「しーちゃん。空を飛ぶのはすっごく危険なの。私でも風が強い時とか絶対飛べない。だから約束して。無理しないで、怪我しそうなら私に言うこと。いい?」

「うん!」

 リンカと指切りをして、空を飛ぶ練習が始まった。




「これがないと絶対飛べない。魔法の木から作った箒を用意してください。昔の人は普通のでも飛べたけど、魔法の弱くなった私達は底上げしてくれる道具がないと飛べません」

 リンカは竹菷を持ち、まるで学校の先生のようにハキハキと教えてくれた。

「はい、おねえちゃん」

「はい、しーちゃん」

「なんで、あたしたちは魔法が弱いの?」

「進化の過程だよ。今の時代、魔法を使わなくても生きていけるじゃない? だから、不要なものは失われていくの」

「ふーん」

 なんだか小難しくてわからない。


「続けるね。魔法の箒とそうでない箒を見分ける方法があります。握ってみて」

 言われた通り握ると、箒が一瞬眩しく光った。

「魔女の血と反応して光るの。普通の人は使えない。私達だけの秘密の道具」

 特別なもの。

「よし、まずは箒に慣れる練習から。落ちないようにしっかり捕まっててよ」

 リンカに支えられるように箒にまたがった。

「いくよ?」

「うん!」


 足が地面から離れ、家の屋根が見え始めた。と思ったらもう周りの山を追い越していて、あっという間に世界が小さくなっていた。

「うわぁ!! すごいすごい!」

「高いの平気なんだ。私はようやくこの高さまで行けたところ。これ以上は怖くて無理かな」

「あたし、もっともっと高いところにいきたい」


「……これでも?」

 リンカはジェットコースターのように急降下した。

「きゃーっ!!」

 目にも止まらぬ速さで地上へ落ちて行く。まるで風になったよう。

「……ぎゃぁぁぁあ!!!!」

 生まれて初めて断末魔の叫びを、しかも耳元で聞いたのは良い経験と言えるのか。リンカは絶叫しながら地面すれすれで箒を止めた。

「……ね、ねっ!? こ、こここ怖かった、でしょ!?」

「こわいならやらなきゃいいのに」

「う……」

 庭に飛び出してきた祖母と母によって、リンカは部屋の中へと運び込まれていった。うわ言のように「三途の川が見えた」と繰り返していたそうな……。


 悪いとは思いつつ、誰も見ていないうちにと自分の背丈の何倍もある箒にまたがった。真上の空には烏の群れが飛んでいる。

「あたしも飛びたい。飛んで」

 ふわりと浮かび上がったかと思うと、やはり次の瞬間には遥か上空にいた。心臓がうるさい。

「もう少しゆっくり飛んでくれたら良いのに」

 箒にこの言葉が聞こえていたらしく、途端に地面が迫ってきた。

「わーっ!! まってまって!! ダメー!!!」


 お願い! 言うことを聞いて!


 このままではぶつかってしまう。ぎゅっと目を閉じると箒を握る手に何かが被さる感覚がした。

 恐る恐る目を開くと地面は遠ざかっており、箒は優雅に飛んでいる。そして、私の後ろには逆光で顔の見えない女性がいた。この人が助けてくれたのだと直感した。どうしてか、懐かしさに包まれた。

「おねえちゃん、だれ?」

 女性は何も答えずに空の旅へと連れていってくれた。

 山ばかりの田舎町からビルの立ち並ぶ都会へ。途中には私の住む家も見えた。雲の中へ突っ込んだ時には、ふわふわだと思っていた雲がただの霧だったなんてとショックを受けた。そんな私を見てくすくすと笑う女性は多少性格が悪いと思った。


「あれ、帰ってきちゃった」

 家の回りでうろうろしている人たちがいた。あれは母たちだ。微かに私を呼ぶ声が聞こえる。

「うわ……怒られる……」

 内心びくびくしながら箒と共に3人の目の前へと戻っていく。


「志帆! あんた今まで何してたの!?」

「しーちゃん、1人で飛んだの?」

「ひ、1人じゃないよ! このおねえちゃんと一緒に飛んだの……」

「……どのおねえちゃん?」

「え?」

 振り返ってみるが、先ほどまでいたあの女性が見当たらない。

「あ、あれ? さっきまでいたのに」


「も、もしかして……白い帽子に白い服を着た人だった?」

「そう! とんがり帽子のキレイな人!」

 祖母は見たこともないような怖い顔を近づけた。

「もう、飛んではいけないよ」

「ど、どうして!? せっかく飛べたのに!」

「……悪い人に狙われてしまったんだよ。だから、これ以上目立つのはよくない」

「お母さんと約束して。もう絶対飛んじゃだめ。魔法は使っちゃだめよ」

 3人の異様な雰囲気に頷くしかできなかった。

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