97話 崩拳
MPの全消費と300秒間HPMPの回復効果半減、防御力と魔防に対して30%のデバフ。
これだけ見ると崩拳はリスクが高すぎてソロで使うスキルじゃない。
だけどそれに引替え、得る火力は最高峰。
兄貴の王の一撃が攻撃力300パーセントに対して、崩拳は400パーセント上昇。
防御無視はないけど、物理ダメージ75パーセント上昇のぶっ壊れ火力だ。
そして命中補正があるから、余程変なタイミングで打たない限りは外さない。
横っ腹の痛みを堪えて、右腕に全神経を集中させる。
身体を包んでいたオーラが消え、全て体内に集約してるのがわかる。
心臓の辺りが熱い。その熱は徐々に広がりやがて右の拳に到達。
しかしその瞬間、
「──ッ! があああぁぁぁッ!」
腹部に突き刺さった短剣から体内に直接雷撃。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い。
肉が焼ける。肌が焦げる。骨が、筋肉が、神経が全てが焼かれるような激痛。
脳が痛みに支配される。
ほんの一瞬が永遠のように感じる。
地獄の苦痛。
「ぐあああぁぁぁ──ッ! こ、こんなので倒れたり……し、しねェ」
崩拳の準備は出来てんだ。後は放つだけなんだ。
雷の威力は凄まじく今にも気を失いそうだ。
その刹那、脳裏には妹の……ルルの笑顔が浮かんだ。
歪んだ笑みじゃない。俺のよく知る太陽のような笑顔だ。
「た、助けるって……ガッ、き、決めたんだ。……たとえ誰であっても、兄貴にだって邪魔させねぇッ! 俺は、俺は最強になってアイツを……ルルを守るって誓ったんだ……暗闇からルルを救い出して、もう2度と手放さねぇって決めたんだッ! 」
もう自分が何をしているのかもわからない。
それでもただ1つ、相手の腕だけは離していないことはわかる。それだけ分かれば充分だ。
「待ってろよ、ルル。あと少しだ」
熱と痛みで馬鹿になった脳に無理やり司令を送らせる。
ただ拳を突き出せと。
何かを察したのか、影はもう片方の短剣で俺の肩を突き刺す。
「ゴフッ……ははっ、死にそうだな俺……」
それに加え衝撃波が顎を穿つ。鉄の味が口に広がるが、そんな事は今更だった。
痛みが多すぎて感覚が麻痺してるのか、最初と比べると影の攻撃全般の威力が低いような気もする。
でもきっと、それは俺の身体が限界に近づいてそう感じているだけだろうな。
死にかけの身体はゆっくりと、しかし確実に焼け焦げ今も尚流血の止まらない右腕を前に動かす。
縦の拳は敵の左胸にそっと触れ、ぴたりと止まる。
威力もない。衝撃もない。ただ触れただけだ。
俺達の時間が止まったように、お互いが動きを止めた。
「崩拳」
その刹那、限界まで圧縮され体内に留まっていたエネルギーは一点。拳から噴出した。
それに伴い、放った俺すらも吹き飛ぶ程の衝撃波。
一点集中したエネルギーは極めて高圧力の白炎と、神速からなる衝撃波により、左胸の細胞は消滅。向こう側の景色が覗ける穴が開いた。
古びた大社に激突し、壁の大部分を破壊し残骸に埋もれる形になった。
「グッ……くそ、もう動けねぇや。でも、やってやった……やっち、まったんだ俺……うぅ……くぅ……兄貴ぃ……!」
嬉しさはない。後悔もない。でも気付けば視界は滲み、罪悪感と自己嫌悪で頭の中はいっぱいだった。
影の左胸にはぽっかりと穴があき、何をどうしても生きていられる状況じゃないのは明白。
乾いた音をたて、影はその場に力無く倒れ込んだ。
「俺が殺した……のか。俺が……うああああぁぁぁッ! 」
どうしようもない感情は堰を切ったように溢れ、情けない位に叫び、それでも収まらず無我夢中で大地を殴りつけた。
何が変わる訳でもないのはわかってる。こんな事をしても、俺がした事は消えない。
【クロード・ラングマンのHPが0になりました】
【クロード・ラングマンを討伐しました】
【神宮への資格を獲得】
「あ、ぁ……」
確信はあったし、覚悟もしていた。
だが文字で、ウィンドウでそれを見ると途端に心が重くなった。
ぐちゃぐちゃだ。心が、ぐちゃぐちゃだ。
そこから俺は暫くの間呆然としていた。
ルルのためにも、なにより兄貴のためにも進まないといけないのはわかってる。
それでも不思議と身体が言うことを聞かなかった。
「少し、ほんの少しでいい。休もう。今はもう駄目だ、進めない。少しだけ、少し、だけ……」
心身と一緒でボロボロになった大社で、俺は意識を手放した。
another side end
◇◇◇◇◇◇◇◇
「待てクラッドッ!」
目の前にはへたり込む小柄な影と、その首目掛けて槍を振るう直前のクラッドの姿。
クラッドは俺の声を聞いて、ギョッとした顔で動きを止めた。
思った以上にクラッドは負傷をしていた。
だが重症かと言うとそういう訳でもない。
かすり傷がかなりあるが、致命打は受けてないらしい。
それにどの傷も切り傷。属性攻撃の痕はない。
──となると、相手の影はやっぱりリリアか。どうやら最悪の事態は免れたならしいな。
クラッドの身体に着いた傷は弓矢でのものだろう
。
もし相手がウルなら少なくとも火傷は負っていたはず。
「クロードさんどこいってたっすか!? て言うか皆いないし、敵もなんだかやりにくいっす。なんすかこのダンジョン?」
クラッドは疑問の全てをぶつけてくるが、神域ダンジョンの特性なんて俺にも分からない。
それに俺とクラッドは互いに姿が見えているみたいだが、リリアから見たら俺も影になっているのだろうか。
「さあな。俺もわからねぇ事だらけだが、1つだけ言える事がある」
神域ダンジョンが俺の想像通りなら、恐らく俺達は幾つかの分岐点の最良の道でスタートした。
くそったれなダンジョンに変わりはないが、それでも幸運だったのは間違いない。
あとはウルの扱いしだいだが……。
「なんすかそれ」
すっとぼけた顔でクラッドが言った。
「最高にツイてるって事だ」
最も、この後しなきゃいけないことを考えると、それも微妙ではあるが。




