8話 歪んだ思想
『経験値特化ダンジョン』をクリアし、転移した俺とリリアを出迎えたのは、憎たらしい管理者アルタートだった。
転移して気づいた事だが、ダンジョンでの傷は支援施設に戻ると回復された状態になるらしい。
俺の左手もどういうカラクリか、元通りになっている。ゲームの世界と言うのはご都合主義だな。
ただ、血や泥と言った汚れに関してはそのままだった。どうせならそこもリセットして欲しいんだがな。
そしてやはり、シンとアルグの姿はなかった。
『seek the crown』ではペナルティだけだったが、そう都合よくは行かないようだ。
本来のアプリでは瀕死と告知が出たはずだが、この世界出てたのは体力が0になったという事だけ。
本来の設定とは若干の齟齬がでているのは、もしかしたら俺がアンインストールしたせいなのかもしない。
アルタートは俺達が戻ってきたのを少し意外そうに目を見開き、ニヤリと笑い、
『おっかえりー!随分レベルアップしたね!君達が最初に戻るとは思わなかったよ!』
コイツはそんなくだらない事しか言えないのか。
レベルアップ? そんなもんどうでもいい。
嬉しそうに俺達の周りをグルグルと飛び回り、やがて俺の右肩に止まった。
「リリア、お前は先に休んでろ。俺はコイツと話がある」
そう言って『宿舎』がある方向を指さす。
自分でも驚く程声に抑揚がなく、冷たい言い方をした。
リリアは俺の内心を悟ってか、何も聞かずそれに従ってくれた。
『僕も丁度君と話がしたかったんだよ!奇遇だね』
「――黙れこのクズ野郎。てめぇの勝手な指示で仲間が死んだ。これ以上俺を怒らせるな」
俺はその場で指1本動かさず、昂る感情を必死に押さえ込んだ。
少しでも動いてしまえば、アルタートを握り潰してしまいそうだからだ。
『それは悪い事をしたね!反省するよ。でも、僕にも事情ってものがあるんだよ。何も君達にいじわるをしたい訳じゃないんだ』
アルタートから反省の色は見えない。
ただ、コイツの言う『事情』とやらは興味深い。だが――。
「そんなもの俺には関係ない」
当たり前だ。ほぼ全ての権限を有するこいつの事情など、しったこっちゃない。
「気に食わないならケンの時みたく、合成素材にでもすればいい。尤も、それをすると自分の首を締める事になるがな」
『どういうことだい? 申し訳ないけどR4のなんて珍しくもないよ』
ただのR4なら、な。だが俺は違う。
アルタートは俺が何を言っているのかわからない、と言った様子で、首をかしげ口元に手を当てる。
「――お前の目的はダンジョン攻略で間違いないな? だがその為には強力なキャラクターが必要のはずだ
」
『うん!その通り!』
「お前にいい事を教えてやろう。俺の名前はクロード・ラングマンじゃない。馬渕翼だ。――この意味がわかるか?」
鬱陶しいハエのように俺の顔の前で飛び回るアルタートは、驚くと言うよりも妙に納得したような表情だ。
そしてなにやらブツブツと独り言を呟いたかと思えば、今度は満面の笑みで、
『そっかぁ! 君はどうやら外の世界から来ちゃったんだね!うーん、初めての事例だよ。凄いね凄いね!それで、それが何か関係ある? 見たところステータスも並みたいだけど』
「まだわかんねぇのか。俺は70階層まで到達した経験と知識が頭に入ってる。勿論、隠し要素も知っている」
そう言って、ここだと言わんばかりに自分の頭を指さした。
ここまで言ってアルタートはようやく理解したらしく、
『君、アカウント保持者……プレイヤーだったんだね!かなりやり手の』
アルタートが造られた存在のAIだと言う自覚まであるのかはわからないが、少なくとも『プレイヤー』という単語が出てきたということはある程度の事は理解しているようだ。
「わかったか? だから今後はさっきみたいな勝手は許さねぇ。攻略したいなら俺の意見を優先しろ。他の奴らは知らねぇが、俺は――お前の操り人形なんかにならねぇぞ」
『……そうかい。それが本当なら確かに君の方が僕よりも知識があるし、仕方ないね!いいよ、それで!僕はこのダンジョンを攻略出来れば正直何でもいいんだ』
思っていた以上にアルタートは素直にそれを認めた。
意外だ。コイツならもう少しごたつく展開にしてくると思っていた。
これで、合成素材にされる危険や、ステータスに見合わない高難易度ダンジョンを恐れる必要はなくなった。
アルタートが本当に言う事を聞くのであればだが。
「そうか、俺達の目的は一致してる。わざわざお互い憎み合う必要は無い。それより先に行ったパーティはどうした」
別にコイツを許した訳じゃない。今だって殴っていいのならそうしたい所だ。
だがそれは何の解決にもならないし、万が一コイツが暴走でもしたら素材にされて終わりだ。
口ではああいったが、コイツが能無しの馬鹿ならこの駆け引き自体意味はない。
それと、カインズ率いる先行パーティが気になるのも事実。
経験値特化ダンジョンは時間制だが、通常のダンジョンは主に討伐がクリア条件であり、R8カインズがいるならば一瞬で片付け、既に帰還していると思っていた。
何かトラブルでもあったのだろうか。
『そろそろ戻ってくる頃だと思うよ!』
アルタートが言った瞬間、タイミングよく光の粒子が現れ先行パーティが帰還した。
たった一人だけ。
「――どういう事だ。何故1人しか生存していない」
先行パーティは5人編成で、高レアリティのカインズがいる。今はまだ通常ダンジョンは経験値ブーストの様な特殊な使用はない。いや、あるにはあるがせいぜい『レアドロップ率上昇』だけだ。
文字通りドロップ率が上昇するだけで、モンスターのレベルもステータスも何も変わらない。
あのパーティで死人がでる理由が一つもない。
「何故……お前1人だと聞いているんだッ!――ハイツッ!」
先行パーティの帰還した1人はR8のカインズではなくR3、つまり最低レアリティのハイツただ1人だった。
「な、な……なんで怒ってるんですか。ぼ、ぼくは、ただ……英雄になりたかっただけなんだ!」
召喚されてから初めて、ハイツが大声を上げた。
英雄になりたいなど、訳の分からないことをほざくハイツの目は狂気的だった。
瞳孔は開き、目が充血している。
返り血を拭いもしなかったのか、ベッタリと顔に着いた血液がよりいっそう狂気を際立たせている。
「――なにを、言っている」
「英雄になりたい。僕はずっと英雄になりたかった。それもただの英雄じゃない。物語に出てくる様な、仲間の死を乗り越え、強敵を倒し皆に頼りにされる最強の英雄だ! 僕はね、この世界に召喚されてからずっと考えていたんだ。僕が召喚された意味を。そして2階層で死にそうになって気づいた。これは僕が主人公の物語なんだってね。つまり英雄になるのは僕なんだ。でもね、もう1人居たんだよ英雄が。カインズって奴がさァッ! あいつは許せない。僕が英雄になる第1歩を、いとも簡単に奪っていった。 僕が仲間の窮地を救うはずだったのに。僕が死にそうになりながらゴブリンを倒して成長するタイミングだったのに! あいつが簡単に……許せないよねぇ? そんなの許されるわけないよねぇ? ――だから殺した。 この上なくスカッとしたね。最高の気分だよ」
ハイツは息継ぎする間もなく早口でまくし立てた。
話しながら悶えたり、地団駄を踏んだり、自分を抱きしめたり。
そして最後にこれみよがしに舌を出し、こちらを睨んでいる。
作家、という職業がらコイツは物語を書いていたのだろう。そしてその憧れの主人公を自分に投影させているんだ。
自分を主人公にする、そういう演出だ。
――正気じゃない。俺の27年の人生でこんな奴とは出会ったことがない。コイツは自己顕示欲の塊だ。
「――狂ってやがる。お前は狂ってるッ!」
英雄になりたい。たったそれだけの事で仲間を殺したのか。そんなくだらない事のために。
しかし、一体どうやってカインズを殺した。
R3がR8を殺すなんて到底不可能だ。
――コイツ、何か隠してやがるな。
俺の言葉にハイツは一瞬で無表情になった。
そして俺をジロジロと舐め回すように観察し、わざとらしく大きくため息をつき、
「――君とは価値観が合わないようだ。僕は疲れたから休むとするよ。構わないよね」
『う、うん』
それだけ言うと宿舎の方に向かって歩いていった。
アルタートもハイツの豹変ぶりに動揺したのか、明らかに表情が硬い。
それも無理はない。攻略の足がかりとなるカインズがたかがR3に殺されたのだ。動揺しない方がおかしい。
「なんて勝手な野郎だ……」
『――彼は問題児だね。合成素材にしちゃってもいいんじゃない?』
アルタートは平気な顔で物騒な事を言うが、
「いや、いい。あんなヤツと、一緒になるなんて考えただけでも吐き気がする」
『そっか!それもそうだね!君も休んだら? 疲れてるでしょ』
アルタートは俺に休息を促すが、コイツもまだ完全に信用した訳じゃない。
しかし、もう身体が限界を超えているのも事実。
「ああ、そうさせてもらう」
今すべき事は明日に備えて身体を休めることだ。
ハイツを糾弾し、問い詰める事じゃない。
『じゃあ僕はこれで! ばいばーい!』
アルタートは何処へ行ったのか、俺達が転移したように光の粒となって消えた。
俺は宿舎に入った瞬間、ベッドに倒れ込んだ。
宿舎は完全個室となっていて、プライベート空間として活用できるのはありがたかった。
ビジネスホテルのようにたいした広さは無いが、ベッドがあるだけ充分だ。
俺は天井を眺めながら今日あった出来事を思い返していた。
訳もわからず『seek the crown』の世界に入り込み、いきなりゴブリンとの死闘。
経験値特化ダンジョンでは、ここに来て初めての仲間を失い、戻ってくるとカインズは死んで、ハイツが本性を表した。
クロード・ラングマンの傭兵経験にもかなり救われた。武器の扱いにたけたキャラじゃ無ければ、今頃ここにはいないだろう。
何はともあれ今日は色々ありすぎた。頭がパンクしそうな程に。
ステータスやスキルポイント等、確認する事は山ほどあるがそれは全部明日にしよう。
「後は明日の俺に任せて、今日はもう寝よう」
――そして俺は意識を手放した。
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