79話 修羅へと続く縄
ウルの魔法陣から放たれた漆黒の槍は、強すぎす弱すぎず丁度いい威力に調整されていた。
井戸を破壊することなく、中に詰まった土砂だけ地下に落とされ、地下水路への道を繋げた。
こういう細かい技術を見ると、ウルの成長がよく分かる。
最初の方なんて高火力しか打てなかったはずなのに、いつの間にか微調整まで出来るようになっている。
俺には魔法が使えないから、それが簡単なのか難しいのかはわからないが、応用をきかせてくれるのは有難い話だ。
「ワシが1番のりなのじゃぁー!」
「あ、おいっ!」
井戸からは未だ土煙が舞い上がっている中、ウルは1人中へと飛び降りてしまった。
「褒めてなくて正解だったな。次は俺が行く」
下にモンスターがいないとも限らない中、様子見もせずに突っ込んだウルに続き、俺も井戸に飛び込む。
高さにして10メートルあるかないか位か。
――ウルのやつ前衛でもないのに、よくこの高さを飛び込んだな。
この世界に来る前の俺だったら間違いなく重症、最悪死んでいる高さだ。
ステータスがいかに重要か再認識させられる。
今の俺なら20メートルから落下した所で、特に問題はないだろう。
「す、涼しいのじゃ!」
埃まみれになっているウルが叫ぶと、その声が木霊する。
「地下なんだから温度が下がるのは当たり前だ」
降りた先は井戸から射し込む光で多少照らされてはいるが、かなり視界が悪く数歩先は闇だった。
着地した時の音から察するに、地下水路もほとんど枯れてしまっているらしい。
足を動かす度に、枯葉や木の枝の乾いた音が響く。
俺は足元にあった大きめ木の枝を拾い、適当に服を破り先端に巻き付ける。
「ウル、これに火をつけてくれ。この暗さで進むのは危険だ」
「任せるのじゃ!」
次の瞬間には枝の先端に火が灯り、地下水路を照らした。
思った通り城の方角に水路が続いている。
そしてこの水路が攻略の鍵として用意された道だと言うのを、証明するように水路の壁には火は灯っていないが、松明と燭台が等間隔に設置されている。
試しにそれに火を付けて見ると、油がまだ生きていたのか簡単に松明は地下水路を照らしてくれた。
その後順々にリリア達が降りて来た。
「ジメジメしてると思ったんですけど、全然そんな事ないですね」
枯葉を蹴飛ばしてリリアが言う。
俺としては水路が枯れている方が進行に支障がないので有難い。
「いないとは思うが、敵への警戒を怠るなよ」
一々左右に松明を灯しながら進むのも面倒だ。
俺は燭台の松明を取り出してそのまま進む事にした。
「わかってるっすよ」
そこから俺達はひたすら真っ直ぐ水路を進んだ。
途中、どこに繋がるかも分からない道があったがこの階層でくまなく探索している時間はない。
枯葉が踏み潰される音だけが響く中、モンスターの出現もなく恐いくらいに順調に進んでいた。
――71階層が順調なのは逆に怖いな。
プレイヤー時代はオートプレイと言うのもあって、進行は地上一択だった。既に敵の遠距離攻撃や罠に対応し消耗している頃だ。
――まさかこんな通路が本当にあるとはな。それにここに来てから、毒ガスによるフィールドダメージがかなり少ない。もしかするとこれが攻略法なのかもしれないな。
無味無臭の毒ガスにより微減していたHPは、もうほとんど減っていない。
封鎖されていた事もあり、ガスがここまで届いていないらしい。
どれくらい歩いたろうか。
ウィンドウが残り時間を告知していないから、まだ60分以上あるはずだが、そろそろ城の下に着く頃だろう。
「行き止まりだぜ兄貴」
「ああ、どうやら……敵城の真下にいるらしいな」
その証拠に上から光が差し込んでいる。
草原に井戸が設置されていない限り、ここは敵の本拠地という事になる。
ご丁寧に縄まで垂らされている。これじゃあ登ってくれというようなもんだ。
だが登る順番を間違えればパーティの壊滅を招きかねない。
ここは俺から行くべきだな。
「分かってると思うが、上に登れば即座に戦闘が始まる。敵の数は100や200じゃきかない。この先は地獄だと思え。それにフィールドダメージも忘れるなよ。各自ポーションは持っているな」
室内に入らなければ基本的に雑魚ばかりだが、それでも数の力というのは馬鹿にできない。
そして恐らく地上に出ることで、フィールドダメージが加速するはずだ。
「まず俺から行く。その次にクラッド、アルベルトだ。2人が登ったらウル、お前の番だ。お前は地上に出たら敵の集まっている場所に高火力の魔法を頼む。城をぶっ壊すつもりでやっていいぞ」
実際にぶっ壊してくれたらかなり楽だが、そこまでの高火力はだせないだろう。
「ホントか!? 楽しみじゃのぅ!」
「お前の得意な分野だ。好きなだけぷっぱなしでいい。それと、リリア」
「は、はい! なんでしょう」
「お前はこの戦いで誰よりも重要だ。ポーションはあるが、お前の回復が必ず必要になってくる。だからいつも以上に安全マージンは確保しておいてくれ。お前が死ねばそこで全滅すると思っていい」
大袈裟なようだが事実だ。
ポーションは数に限りがある。足りるか足りないかと言われれば、恐らく足りない。
リリアの回復魔法にはいつも以上に世話になるだろうな。
リリアはそれを聞くとぎゅっと拳を握りしめ、
「わかりました。ただ皆さんも無理はしないでくださいね。怪我したら直ぐに知らせてください」
「それじゃクロードさん、先陣頼むっすよ! 俺達もすぐに行くっす!」
「ああ、お前ら死んだら殺すぞ」
俺は垂れている縄を掴み、少しづつ上に登る。
【残り時間60分】
そのタイミングでウィンドウが残り時間を告知。
概ね予定通りに事は進められている。
登る事に徐々に光が強くなっていき、俺は井戸から這い出ると城内のモンスター達はせかせかと動き、城壁の上には多くのモンスターが警戒し俺達を探していた。
そして、1匹のハイオークが俺の存在に気付くと叫び声を上げて周囲に知らせ、槍を構えた。
――くそ、せめてクラッドかアルベルトが登るまで待ってろよ。
その叫びに、視界に映るモンスターのほとんどが、視線をよこす。
そして、一斉に俺目掛けておそいかかようとしている。
俺はことの元凶であるハイオークに向かって駆け出し、瞬時に黒天で八つ裂きにする。
ざっと見回した感じ、やはり強敵と呼べる個体は見当たらない。
ハイオークにハイオーガ。悪鬼にサイクロプスなど多種多様のモンスターが蠢いている。
この程度なら原罪を使うまでもない。だがやはり、地上に出たことでフィールドダメージが一気に加速したのがわかる。
ざっくりだが減少率は1分ごとに総HPの1パーセント程。
最初から最後までで丁度100パーセントか。フィールドダメージにしてはやり過ぎだ。
前後左右から無数の敵が迫る。その数は20は超えるだろう。
焦ることなく双剣を構え――。
雷桜の一閃。
刃からは雷が走り、数体の敵を焼き焦がす。
それを逃れた敵からの四方からの剣戟。
その全てを双剣で弾き、高速で敵の間を縫うように駆け抜け斬り裂く。
20もの敵は一瞬にして絶命した。
だがそれでも敵はどんどん集まってくる。
そのタイミングで、ようやくクラッドが井戸から出てきた。
「うわっ! めっちゃいるっすね」
クラッドはあまりの数の多さに驚くが、少し嬉しそうにニヤリと笑い、槍を構えた。
「クラッド、他の奴らが来るまで背中を預けるぞ」
俺はクラッドと背中合わせに陣を取る。
最早何体かも分からない程のモンスターが俺達を囲い、それぞれが武器を構え叫び出す。
「クロードさんこそ、やられないで下さいっすよ」
「馬鹿言ってんじゃねぇ。来るぞッ!」




