7話 仲間
「――がはッ!」
落ちた衝撃とは別に、鋭い痛みが脇腹に走る。
脇腹の1部を角が貫いていた。
血反吐を吐き、一瞬痛みに悶える。
かなりの痛手ではあるが、背中から地面に叩き付けられるよりは幾分ましに思える。
俺の下敷きになった角兎は、それだけで絶命していた。他が襲ってくる前に直ぐさま体制を整え、大木に背を預ける位置を確保。
これで少なくとも全包囲攻撃は封じたはずだ。
大木が倒れた事により、かなりの数が圧殺されていて、大木の葉を血の池が赤黒く彩っていた。
リリアとシンはかなり近い場所に落下したらしく、互いに手を取り迎撃態勢に入ろうとしている。
残り時間はあと僅かだ。生き残れるかどうかは運の要素も絡んでくる。
俺が落下した事に虚をつかれたのか、角兎達の群れは一瞬その動きを止める。
その隙を見逃さず、俺は復讐者の剣を薙ぎ払うように振り抜く。
兎の胴体や首が宙に舞い血の雨を降らせる。
同胞が殺られた事で我に返ったのか、先頭にいた1匹が飛びかかる。
それをかわし蹴り飛ばす。ふと、後ろに気配を感じ振り返ると、
俺の視界に映ったのは襲い来る角兎。その角兎がスローモーションに見え、俺はその憎たらしい顔面をまじまじと見つめる。
詳しくは知らないが、人は死の直前に脳内物質の過剰分泌により情報処理能力が加速するらしい。
今のこの感覚はそれなのだろうか。
――俺が、死ぬってことか? 俺が? この兎如きに殺される?
コマ送りで徐々に近ずいてくる角兎。
コイツらは俺達になんの恨みがあって襲い来るのだろうか。
恐らく、理由などない。ただ腹が減ったから。ただ目の前に餌があるから。
――ふざけんじゃねぇ……ふざけんじゃねぇぞ。
俺の中で激情がめばえたのを感じた。
それなのに不思議と、冷静な自分もいる。
――諦めるもんか。あの時誓ったじゃねぇか……必ずダンジョンを攻略すると。コイツら全員、1匹残らず皆殺しにしてやる。四肢が喰われようが関係ねぇ。例えどんな手を使っても、必ず殺してやるッ!
自らに立てた誓いが脳裏を過ぎり、その瞬間感情が弾けた。
「――そんなに喰いたいのなら喰わせてやる」
俺は迫る角兎の口内めがけて、手首の無い左手を殴るように突っ込み、そのまま全力で地面へと振り抜いた。
肉が潰れ、生暖かい感触が腕にまとわりつく。
今はそれが気持ちよく思える。
【称号・憤怒の虐殺者を手に入れました。称号は1種類のみ適応されます。またステータス補正率が高いものが自動的に反映されます】
【ステータスがアップしました】
力がみなぎる。でもこんなもの今更遅い。
反面、俺は自分の口角が異様に上がるのを感じた。
――これで殺しやすくなった。
「――こいッ!てめぇら全員肉片にしてやるこの、クソカス共がァッ!」
理不尽に対する怒りを剣に乗せ、暴れるように剣を振る。それは剣術ではなく暴力。
【――――】
一瞬、ウィンドウが現れたがどうせ残り時間告知だろうと思い、見ることさえしなかった。そんな事よりもコイツらを殺した方が有意義だ。
肩を喰われ、脚をえぐられるが絶対に動きは止めない。いや、止められない。
自分の血が吹き出す感覚と、生命を奪う感覚の両方が同時にやってくる。快感にも似た感覚だ。
死屍累々の光景。
殺す。ただひたすらに。
満身創痍だ。関係ない。
身体が悲鳴をあげる。だから何だ。
下がった方がいい。馬鹿げてる。
俺はコイツらを根絶やしにする。ただ、それだけだ。
身体の全ての感覚が無くなった頃、俺の首元には角兎がその口を開け、喉元を喰いちぎろうとしている。
【残り0秒】
【『経験値特化ダンジョン』クリアおめでとうございます】
【経験値950獲得。R4クロード・ラングマンがレベルアップしました。スキルポイントを15獲得しました】
【経験値600獲得。R4リリアがレベルアップしました。スキルポイントを10獲得しました】
場に似合わないポップな音と共に、角兎達は光の粒となってきえていった。
俺の喉元には確かな傷があり、一筋の血が垂れていた。
「お、終わった、のか……は、はは……」
荒い呼吸を整えながら、永遠に感じた300秒が終わった事に安堵し、乾いた笑いが勝手に出てきた。
それと同時に、つんざくような叫びが鼓膜を揺らす。リリアの声だ。
ボロボロになった身体で、引き摺るようリリアの元へ向うと、
「シンさん、シンさんが……」
リリアはシンの亡骸を抱き、涙を流していた。
シンは最後まで必死に戦い抜いたんだろう。全身が傷だらけだが、腕が特に多い。これは致命傷を避けようとした証拠だ。
血と泥でぐちゃぐちゃになったリリアの泣き顔は、本当にシンが戦死した事を物語っている。
――そうか、さっきのウィンドウは……。
「目を、閉じてやれ」
無惨な姿を晒し、目を見開いたままでは余りにもシンが浮かばれない。
リリアはそっと瞼に触れ、眼球を隠した。
俺達は出会って1時間も経っていない。
普通はそんな奴が死んだとしても、泣くほどの悲しみは感じないだろう。
ただ、俺達には確かな絆があった。
互いに助け合い、死地を乗り越え、生き延びるために奮闘した。
パーティなんかじゃない。仲間だったんだ。
「お前の無念をここに刻む」
死して尚、シンが離さなかった鎌の先端に、右の掌を擦り付けるようにして一筋の傷を作った。
赤い血が滴るが、そんな事は今更だ。
「クロードさん……」
俺はシンの横に座り、せめてもと思い黙祷を捧げる。
――シン。1つ、約束をしよう。このクソッタレな世界を俺が終わらせてやる。お前の魂に誓って、必ず。
そしてそれを最後に、俺達は転移した。
【ステータス】
名前:クロード・ラングマン レベル:2→5
職業:無職 疲労:85
称号:憤怒の虐殺者
装備:R5復讐者の剣(耐久値40/50 )
HP:50/50→ 3/125
MP:12/12→16/ 17
攻撃力15→30(+30) 防御力13→21(+5)
魔攻11→15(+5) 魔防7→13
速度8→15(+3) 回避6→8
称号:憤怒の虐殺者
攻撃力+10 防御+5 魔攻+5
R5復讐者の剣
攻撃力+20 速度+3
スキル 無し
スキルポイント30