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72話 再びの10階層


49階層の攻略を終えた数日後、俺はパーティを抜けてソロでダンジョンに挑み続けた。

勿論50階層に挑むようなことはしていないが、30階層から40階層を順に攻略し、レベルも更にあがりスキルのレベルも上がった。


日に日に力をつけている実感はあるが、それとは裏腹に俺の心は止まったままだ。

あの日10階層で遭遇したミノタウロス亜種。どんな強敵を倒しても、あの日の無様な自分が脳裏をよぎる。



数ヶ月たっても未だ鮮明に覚えているし、何度もあの時の事を夢に見る。


うなされている訳じゃない。

恐怖している訳じゃない。

あの日逃げた事を後悔している訳でもない。


ただ、悔しい。それだけだった。

思い出す度に怒りにも似た感情に支配される。


1階層から今まで、強敵と呼べるモンスターを思い返せばキリがない。何度も何度も窮地に陥った。


だがそれでも、アイツ程の屈辱を味わった戦いはない。


『本当に行くんだね。きっとそれを倒すことが出来たとしても、現状なにも得することはないよ』


朝日が照らす広場には俺とアルタートの2人きり。

アルタートはいつになく真剣な表情で俺をさとす。


「受けた借りを返す。それだけだ」


『それに、フィールドボスはいつでも遭遇する訳じゃないのは知ってるよね』


「ああ、だがアイツは必ず俺の前に姿を現すはずだ。ただの勘に過ぎないし根拠もないが、確信に近いものを感じる」


俺はあれ以来、他のメンバー全員に10階層への立ち入りを禁止している。

ミノタウロス亜種はあの場所で、ボス部屋に必ずいるはずという直感があったからだ。

あの日俺達が転移する瞬間、扉を開けたのは奴に違いない。


本来ならばそんなシステムは存在しない。

だがそれ以前に、ダンジョンの通路を破壊して移動するモンスターすら存在しないはずなんだ。



あれは『seek the crown』の仕様上、存在しないはずのモンスター。

バグの1種かもしくは――。


『そうかい? クロード・ラングマン……ううん、馬渕翼君。行くのは構わないけど、僕と1つだけ約束をして欲しいんだ』


数ヶ月ぶりに自分の名前を聞いた気がした。

俺はいつしかクロード・ラングマンとして生きる事に違和感すら抱かなくなっていた。


「約束?」


アルタートはいつになく真剣で、いつものおちゃらけた姿はどこにもない。

俺の顔の前まで飛ぶと、そこで静止して、


『負けないでおくれ。君はどうか知らないけど、どうやら僕は君をかなり気に入ってるみたいなんだ。君には死んで欲しくない』


それは意外な言葉だった。

コイツにはそんな感情はなく、ダンジョンを攻略する事しか頭にないのだとばかり思っていた。


「負けると思うのか?」


『まさか。……そうだ、実は君には話していない事が沢山あるんだ。その中でまだ話せない事もあるけど、そうだね……君が帰ってきたらこの世界について少し話そうか』


「どういう、事だ……?」


アルタートはこの世界について何か知っている? いや、コイツの口ぶりから察するに何が所ではない。

恐らく、全てを知っているはずだ。


『その問の答えも君が帰ってきてから! 気をつけてね!』


アルタートは急にいつものように戻り、俺の足元に魔法陣を展開した。


「おいまて! まだ話は――」


言っている途中で視界が切り替わり、俺は10階層へと強制的に転移された。


【10階層に侵入しました。クリア条件:フロアボスの討伐】


数ヶ月ぶりに潜った10階層は俺の知る階層とはかけ離れていた。

洞窟のような場所に変化はない。だが、モンスターの気配が感じられない。


「アルタートの言うことも気になるが、今はダンジョンに集中したほうが良さそうだな」


まだスタート地点だと言うのに、ただならぬ気配を感じる。

それは1歩進む事に増していき、フロア全体から重圧を感じる。


――間違いない。この先にアイツがいる。


俺の見立てでは、あのミノタウロス亜種の強さは40から49階層のフロアボス相当。

この階層では雑魚モンスターに手間がかかる訳もなく、俺は万全の状態で挑むことが出来る。


ポーションはHP、MP共に3つずつ。心もとないが、これが在庫の全てだ。


以前のように一方的な展開にはならない。

それどころか、恐らくだが俺の方が戦闘力は上のはずだ。


過信はしていない。客観的に見ても全力での俺の能力値は50階層でも十分に通用する。

50階層のフロアボスと40階層のフロアボスが戦えば、どちらが勝つかなんて言うのは考えるまでもない。


――それなのに何でこうも嫌な予感がするんだ。


フロアに充満する重圧とは別に、10階層に来た時から、べっとりとまとわりつくような不快感を感じる。


考えすぎているのかもしれない。今更何をどうしてもアイツを倒す以外にここでできることはない。


そう思い、重たい足取りで静寂に包まれるダンジョンを進んでいくと――。


「なんだ……これは……」


目の前にはリザードマンやキラービーの死骸。

それもただの死骸ではない。既に腐敗してはいるが、何者かに喰われたような痕がある。


ダンジョンでは確かに死骸が瞬時に消えることはない。

不思議と周回や2度目に入る頃には綺麗さっぱり消えている。それはどの階層でも同じだ。


だがしかし、目の前の光景はそのシステムから大きく逸脱している。


一体この世界で何が起きてるんだ。俺の知っている『seek the crown』ではこんな事はありえない。


――本当にここはゲームの世界なのか?


あまりにもかけ離れた光景からは、自然とその疑問が湧き上がった。

なんにせよ、ここを出たらアルタートに話を聞くしかない。


進む度にモンスターの死骸は増えていく。

死臭が漂い、捕食者の存在を暗示する。


地面も壁も、辺り一面に飛び散った血液が凝固し、どす黒い赤に染まっている。


骨や肉片などは数え切れない。


踏み出す度に、それらを踏む嫌な感触が足にまとわりつく。


捕食者の正体はわかっている。

この惨劇はあの特異なモンスターが生み出した結果だ。


「俺は、何と戦おうとしてんだ?」


この扉の先にはフロアボスがいる。

サイクロプスではない。ミノタウロス亜種だ。


重厚な扉から漏れ出る殺気は尋常ではない。


身体が震える。

だがそれは恐怖からくる震えとは違う、武者震いだ。


体温が上がっているのがわかる。

俺はきっと興奮しているのだろう。


深く息を吸い、時間をかけて肺の空気を全て出し切った。


「――行くか」


俺は巨大な扉に手をかけ、ゆっくりとそれを開けた。


ボス部屋へと侵入すると、松明が一斉に灯され暗い部屋を照らしだした。


照らしだされた部屋の中には案の定、サイクロプスはいない。

ただ、サイクロプスだったであろう肉と骨はそこら中に転がっている。


そして中央に奴はいた。


青かった体毛の色は、白に変わり薄らと輝きを放っている。

見た目は違えど個体は間違いなく同じだ。あの時俺が潰した右眼は傷になり開いてはいない。

捻れた漆黒の双角には雷のようなものを纏っている。


「おいおい、お前まさか進化したのか……?」


モンスターが進化するなど聞いたことはない。

形態変化や別個体ならともかく、フロア内で進化を遂げるなんてそんな馬鹿げたシステムはあるはずがない。


俺の問に応えるかのように、ソイツは天に向かい破壊的な咆哮を放つ。


フロア全体を揺らし、その衝撃で身体が吹っ飛びそうになる。


そして俺を睨み、武器である血肉のこびり付いた大骨の斧を構えた。



【ユニークモンスター:破滅の者 オピオタウロスLv61】



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