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6話 角兎の知恵

俺達は残されたスタミナ等考えずに、なりふり構わず大木を目ざして走った。


大木へと続く階段の役割を果たす岩にたどり着くと、3段目辺りに10匹ほどの角兎がいるのが見える。


岩を登った時のタイムラグが心配だが、それを乗り越えてしまえばこちらは3人だ、今さら10匹程度問題にはならない。


俺は2人を先に登らせて、後から来る角兎の迎撃のため剣を構える。


「クロードさん!?」


「お前ら先に登って俺の事引っ張りあげてくれ。恥ずかしい話だが、高すぎて片手で登れそうにないんでな」


「わ、わかりました!」


シンは俺が犠牲になると思っていたのか、それを聞いて安心した表情を見せた。

さっきは助けたが、わざわざ犠牲になってこんな所で死んでたまるか。


迫り来る角兎の顔面目掛けて、剣を突き刺し、そのまま薙ぎ払い。

鮮血が質素な俺の服を赤く染め、顔面にも飛沫する。

だが、そんな些細な事は気にも止めずうごめく群衆に向けただひたすらに、その刃を振るい敵を斬り裂く。


角兎は斬り裂かれ絶命の寸前、断末魔とも呼べる鳴き声を発するが今の俺にとっては心地のいい。まるでオーケストラのようだ。


「クロードさん、こっちへッ」


ようやく登れたのか、リリアの声が聞こえた。

それを合図に俺は大振りの横薙ぎで可能な限り多くの敵を葬り、その勢いを利用して半回転。


景色が角兎から岩に変わり、その上で2人が身を乗り出し手を差し伸べている。

助走を付けて全力で跳躍。その瞬間に剣は左の脇に挟み、右手でシンの手を取った。


「――リリアさん、手伝ってくださいッ!」

「勿論!――せーのっ!」


お互いにしっかりと手を握り、シンとリリアがタイミングを合わせて引っ張りあげることで、俺にとっては最初の難関であった1段目を無事登りきることが出来た。


高さにして2メートル程。両手が健在ならば訳ない高さだ。


角兎共はその高さを跳躍出来る訳もなく、岩の下で群がる形になった。

この時点で多少の時間は稼げそうだ。


「――や、やっと一息つけますね」


気の抜けたことをぬかしたのはリリアだった。

疲労が激しいのは皆同じだが、女だからか特に疲労の色が濃く見えた。

両手を膝につき、荒くなった呼吸を整えている。


「こんなの直ぐに登ってくるぞ。1秒でも時間が稼げているうちに少しでも距離をとるんだ」


一瞬下を確認すると、既に角兎は群れを踏み台にして徐々に高さを構築し始めている。

この勢いなら3秒もあれば登る個体が出てくるかもしれない。


だがその3秒が俺達の命運をわけるんだ。無駄にする訳には行かない。


俺達は残る岩を登り、遂には大木に手が届く距離まで逃げることが出来た。

数段の段差のおかげで角兎がくるまで数秒はある。

その間にこいつらどちらかだけでも枝に登らせないと間に合わないな。


「レディファーストだ、リリア。お前が先にいけ。その後シンを引っ張りあげてくれ」


「わかりました!」


そう言ってリリアは、シンの背中を踏み台にして跳躍し、その枝を掴む事に成功した。


「俺は少しでも時間を稼ぐ。頼んだぞシン、リリア」


そして再び俺は、迫る角兎を妨害をするために剣を振るった。


【残り60秒です】


角兎の血飛沫を上げながらウィンドウを確認。

たったの300秒が永遠のように感じ嫌気がさす。


それでも俺はその身の血を流しながら、無心で奴らを八つ裂きにした。

そしてとうとう俺の足元へ1匹の個体が着地したことで、撤退を決意。

その個体を蹴り飛ばし、先程と同じ容量で木の枝に飛びつく。2人は既に上にいるようでしっかりと引っ張りあげてくれた。


「あと60秒だ。流石にここまでは登って来れねぇだろ 」


フラグのような気もするが、岩の時と違い今回は大木と岩との間に横幅1メートル程の溝がある。

その溝の深さも5メートル程あるようで、その溝を個体で埋めつくしたとしてもさらに高さがあるので、60秒以内にそれをやるのは不可能だ。


「た、助かったんですね。ほんとにもう駄目かと思いました」


リリアは大きく息を漏らし、その場にへたり込む。

大丈夫だとは思うが、この後何が起こっても逃げ切る体力は今のうちに少しでも回復しておいた方がいい。


「あの、なんですかね。この音――」


「音?」


ふと、シンが言った。

最初はなんのことか分からなかったが、耳を澄ますと何かを削るような音が絶え間なく続いている。


そしてその音が次第に大きくなるにつれて、大木が揺れている感覚を覚えた。


「――まさかッ!」


直ぐさま見下ろし幹の最下部を確認すると――。


「馬鹿なッ!あいつら削って倒す気かッ!」


角兎は登れない事を悟ったのか、作戦を変更しその鋭利な牙で直径5メートルはある大木を削り倒すつもりらしい。


――マズイ。ブースト前ならまだしも、今の奴らの数はどうみても500以上はいる。1匹1匹はしょぼくても全員で削られたらわからない。


俺の声に反応し、2人もそれを視認し――。


「わあ、頭良いですねぇ」

「言ってる場合か!ここを逃したら逃げる場所なんてもう無いぞ」


リリアは呑気な顔で角兎に賞賛の声を送っていた。


だが、実際問題今この場で出来ることは限りなくゼロに近い。

高さ故にこちらの攻撃も射程圏外だし、倒されるのならば上に逃げたところでなんの意味もない。


今できるのは精々タイムアップを祈ることくらいだ。


「――おわっ! なんだッ!」


そんなことを思っていると、一際大きく大木が揺れ、若干だが傾き始めた。

下を見ると、削りに削った後その場所目掛けて、角兎は何度も何度も突進していた。それもかなりの数がタイミングを合わせて。


第1波の角が、大木に水平の角度で突き刺し、第2波の角は45度の鋭角で深く突き刺さる。

単に削りきるよりも1箇所を集中して攻撃すれば、早くなるのは当然。

木こりなどが行う技法だが、まさか兎風情がそれをやるとは。


それを今まで何度も繰り返し行っていたと考えると、奴らにはそれなりの知能があるのかもしれない。

たかが兎と侮って逃げ場のない大木を選んだのはマズかった。

しかし、ここ以外に逃げ場がないのもまた事実。


「クロードさん、どうしたらいいですか」


「どうもこうも、為す術はない。万が一、万が一倒された場合だが、お前ら自分の命を最優先しろ。俺もそうする」


【残り30秒】


追い込まれていく俺達をあざ笑うかのように、ウィンドウは残りの時間をだした。


シンはウィンドウに表記された時間を見るやいなや、みるみる表情が曇っていき分かりやすく絶望したいる。

さっきまで呑気な事をぬかしていたリリアもそれは同じだった。


「あと少し。耐えれ、ますよね……」


リリアは祈るように呟いた。


そして数秒後、遂にそれは起きた。

大地震が起きたかのように視界は揺らぎ、身体がふわりと一瞬浮いたあと、重力を受け入れるのを感じた。


俺達の絶望が産声を上げ、森に木霊する。

叫んだところで意味は無い。しかし叫ばずにはいられない。


投げ出される形になった俺達は、空中では身動きは取れずただ大木と共に落下を受け入れる。

木の葉が揺れ、ざわめきを起こし次の瞬間には地鳴りと共に低い轟音が響く。

大木が完全に倒れた。


俺は地面に叩きつけられそうになる瞬間、出来る限りの力で身体を捻りほんの少しの軌道を変え、群がる角兎の上に落下した。

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