67話 悲しみの女神像と怨嗟の声
ジャックを無事討伐した俺達は、2階へと続く正規ルートを順調に進んでいた。
モンスターの数はそれほど多くはなかったが、個体の強さはそれなりに設定されていた。
だが、1度の戦闘で基本的には多くても3体程度。
フィールドボスも居ない状態で、消耗しているとはいえ苦戦する相手ではない。
3階ヘと進みしばらくすると、一際大きな扉があるのが見え、左右には小さな鍵穴が1つずつある。
右の鍵穴は、いつか手に入れた古びた鍵で解錠できるが、左の鍵はこれから手に入れに行く必要がある。
この扉はボス部屋なのだが、今回は開くことは出来ない。
そしてその扉の前にはもう何度目かの女神像。
見る度に姿勢や表情に若干の変化がある。
今回は悲しんでいるのか、ご丁寧に大粒の涙まで彫られている。以前は足もとにあった花はなく、代わりにと言っては物騒だが剣や槍など武器の類が散乱している。
相変わらず何を意味しているのかわからない石像だ。
――強き者よ。怨念を纏う汝には道はない。怨嗟の声を手繰るがいい。証を見せよ、進むべき道はそこにある。
女神像は俺達が到着すると、突然訳の分からないことを言い出した。
「怨念って私達誰かに恨まれてるんですか?」
「気にすんな。コイツはこれしか言えない。それより、恐らくここから先は俺1人進む事になる」
この女神像の試練には、プレイヤー時代に多くのユーザーがかなり苦しんだ。
と言うのも、モンスターが強いとかフロアボスどうのではなく、この謎解きのような言葉と、もう1つの鍵が手に入らなかったからだ。
俺も最初は意味がわからずに、ひたすら城内を彷徨っていたのを覚えている。まあそのお陰でアイテムの存在を知ることは出来たのだが。
今回の攻略の鍵は8階層にある。
実は以前手に入れた盲信者の福音は、この女神像の試練を突破する為の専用アイテムだ。
盲信者の福音を手に持った状態で、女神像に触れると8階層へと転移することが出来る。それが分かるまでかなりの時間がかかったのをよく覚えている。
そして何故俺が1人なのかと言うと、狂信者の幹部であるオシリスを殺したキャラクターしか先へ進むことが出来ない。
あの時8階層でオシリスを殺したのは俺で、怨嗟の声とはオシリスの事を指す言葉だろう。
「どういうことっすか?」
「それは後で説明する、攻略が先だ。お前ら退屈だろうが少し待っててくれ」
俺はウィンドウを開き、アイテムボックスから盲信者の福音を取り出す。
見た目はただ古びた本と変わらず、試しに開いてみても何語なのか全くわからない。
そして福音を持ち女神像に触れると、
――汝に祝福があらんことを。
「行ってくる。徘徊して雑魚共にやられんじゃねぇぞ」
「――――」
ウルとアルベルトが何か言っていたが、転移の光に阻まれて声を聞くことは出来ずにそのまま俺は8階層へと転移した。
「結局、こうなるのか」
あの時、8階層のフィールドは人々が賑わう活気のある街だった。そこに巣食うカルト集団を討伐し、街の治安維持をすると言うのが8階層のクリア条件。
だが、今目の前に広がる光景はそれが無意味だった事を思い知る。
街は荒廃し、あれだけ笑顔の溢れていた人々は見る影もない。道端にやせ細った老人が座り込み、ブツブツ何かを呟いている。
この街の惨状は酷いもので、人が住めるような場所ではなくなっている。それでもこの街だった場所を離れずにいる老人を見ると胸が痛む。
所詮データ上の存在だが、それにしても不憫な設定だ。
「さて、時間をかけても仕方ないしとりあえず奴隷商人のいた場所へ向かうか」
街並みが変わりすぎて、そこへ辿り着くまでの間に何度か道を間違え遠回りしてしまったが、何とか目的地へと辿り着くことができた。
「これは……」
用心棒もあの癖の強い奴隷商人も居ない。
だが、そこにあった多くの檻はそのままで、中には白骨化した死体が横たわっている。奴隷商人がコイツらを置き去りにしたのは容易に想像ができる。
かなりの刺激臭が漂うが、いつの間にかそういった臭いにも耐性が着いてしまった。臭いとは思うが、我慢できないほどじゃない。
そのまま奥へと進むと、赤い布で覆われている箱のようなものを見つけた。
俺その布を乱暴にどかすと、隠されていたのは白銀の宝箱。
「中身も豪華であってくれよ」
期待を込めて宝箱を開けると、
【雷霆龍の秘宝】
「うーん、確かにかなり貴重なアイテムだが今は1ミリも使えないな。もっと実用的なものが欲しかったな……」
これも隠し要素の1つだが、それだけに少し残念だ。
そのうち使うかもしれないと自分に言い聞かせて、アイテムボックスへとしまった。
この場所に用がなくなった俺は、オシリスを殺した下水道へと足を運んだ。
「下水道は前来た時より倍は臭いな」
以前よりもかなり臭いのキツイ下水道を進み、オシリス達が根城にしていた部屋まで辿り着くと、あの時殺したオシリスとその部下達の白骨化した死体が転がっている。
扉のもう1つの鍵はオシリスが持っている。
そのためこの白骨化した死体の服から、それを探し出す必要がある。
あまり死体に触れたくはなかったが、攻略のためには仕方がない。
「――なんかヌメヌメしてるぞ。気持ち悪」
謎の液体に侵されたローブをまさぐると、胸の辺りで指が何か硬いものに触れた。
取り出してみると、それは赤色の鍵だった。
――道は開かれた。心して進むがいい。
それと同時に、どこからともなく女神像の声が響き、俺は再び49階層へと転移した。
「――待たせたな。準備は出来たぞ」
女神像の前に戻ると、リリア達は城内を徘徊しなかったらしく、その場で待機していた。
「早かった……です、ね?」
リリアが俺に気付くと、途端に顔を顰めた。
そしてその他のクラッド達もそれは同じだった。
「どうした、何か変か?」
特に俺に変わった様子はない。負傷もしていないし、戦闘もなかったので返り血を浴びることもない。
「兄貴、あの……まじでくさいぜ」
「は、鼻がひん曲がりそうなのじゃぁぁっ!」
「クロードさん、気にしたらだめっすよ。臭いのは本当っすけど……」
どうやら下水道の臭いが俺にこびり付いてしまったらしい。俺はしばらく下水道にいたから慣れてしまったのか、自分では意識しないと気付かない。
試しに服を嗅いで見たが、確かにコイツらの言う通り服からはかなり強烈な臭いが漂っている。
「お前ら、もう少しまともな事は言えねぇのかよ。次はボス戦だぞ、気を引き締めろ」
俺はため息をつき、リリア達を置いて左側の穴に先程手に入れた鍵を差し込んだ。
するとガチャりと解錠された音が響き、扉が開かれる。
中は王の間なのか、かなり豪奢な作りになっていてその先の椅子には誰かが座り、俺達が入ると立ち上がり――。
「――この時が来るのをずっと待っていましたよ。貴方達をこの手で殺せる日をずっとね」




