61話 銀世界と歪んだ笑み
『今日は君にお知らせがあるよ!』
朝っぱらからアルタートに強制招集をかけられた俺は、眠たい目を擦りながら広場へ行くと、妙にテンションの高いアルタートが待っていた。
「で、その知らせってなんだ」
正直まだ少し眠たい。これでくだらない内容だったら、さすがに怒るかもしれない。俺は寝起きの機嫌がいい方ではない。
アルタートはくると1周回り得意げな顔で、
『なんと! イベントダンジョンが解放されたよ! それも2つも!』
ブイサインと決め顔で語るアルタート。
イベントダンジョンは今までも何回か攻略してきたが、1度に2つのダンジョンとは何か大掛かりなイベントなのだろう。
『まず1つ目は、聖なる夜と赤色の願いっていうダンジョンだよ! これは連結階層システムで、2階層分あるみたい! 難易度は……かなり低いね! アイテム配布が目的のダンジョンみたいだよ!』
なるほど、クリスマスイベントか。
現実世界との時間軸が同じなのかは知らないが、そうだとすれば確かにその位の時期かもしれない。
「もう片方は?」
『もう片方はね……んー、これはちょっと酷いなぁ。クリぼっち聖夜祭だって! これはソロ専用みたい!』
「クリぼっち聖夜祭? ふざけた名前のダンジョンだな。俺はそんな所に行くのはごめんだぞ」
運営は何を考えてやがる。ネトゲ廃人は確かに季節ごとのリアルイベントに疎いが、それにしたって馬鹿にしすぎだ。
ただでさえ俺は、このくそったれな世界に閉じ込められているというのに、その上こんなふざけた名前のダンジョンを用意するとは随分舐めた真似をしてくれる。
『うーん、ただこのダンジョン結構難易度が高めだよ? 多分君以外は辞めた方がいいかもね』
アルタートは『それに』と、付け足し、
『ドロップとは別に、クリア報酬は3つの中から選べるみたい!』
「ちなみにその3つはなんだ。それ次第だな」
実を言うとこの時点で既に、攻略する気にはなっていた。ふざけた名前には腹が立つが、『seek the crown』で報酬が選べる場合、かなり役に立つ物や入手が困難なアイテムが必ず選択肢に入っている。
考えてみれば年に1度のクリスマスイベントでケチる訳もない。
『えっとね、1つ目が……R6からR8まで使える進化水晶だよ! あとは――』
「いや、それだけ分かれば十分だ。今すぐ行く」
進化水晶さえ手に入れればR6になることが出来る。
俺は内心かなり高揚していた。R5からR6になる為の条件は4つ。
その内の3つは既にクリア済み。残るはR6以上のキャラクターを合成するか、進化水晶を使うかだ。
ステータス補正のスキルや称号ののおかげで今まで上手く戦えているが、実際の基礎ステータスは全キャラで最低値。
少しでも上げておかないと、いざと言う時に行き詰まるのは目に見えている。
『急にやる気になったね! 僕は嬉しいよ!』
アルタートは満面の笑みで指を鳴らして魔法陣を展開した。
『それじゃ、気を付けてね!』
その言葉を最後に、イベントダンジョンへ転移した。
「ここは……?」
辺り1面の銀世界。雪山をモチーフにしたダンジョンだろうか。吹雪とまではいかないが、雪は降り続けて視界を妨害している。
ここの世界来て初めて季節感のあるダンジョンに、どこか懐かしさを感じた。火山のようにフィールド特性のダメージや制限はないらしい。
降り積もった雪が背の高い木々の色すら隠し、極寒の地の上空には、静寂な闇を神秘的な光のカーテンが優しく照らす。
「こんな世界で人生初めてのオーロラが見れるとは、皮肉なもんだな」
【クリぼっち聖夜祭へようこそ! 聖なる夜は1人で過ごすのが1番! 憎きフロアボスを倒し、豪華報酬をゲットしましょう!】
【クリア条件:ニコラス&ルドルフの討伐】
「ニコラス&ルドルフ? サンタとトナカイじゃねぇか。なんかやりにくいな……」
次の瞬間、目の前の雪が勢いよく舞い上がり地響きが轟く。舞い上がった雪から姿を現したのは――。
【ニコラス&ルドルフLv50】
「――前言撤回。化け物じゃねぇか」
フロアボスの登場だ。ニコラスと言うのは恐らくこの大柄なのサンタクロースの事だろう。
3mはあろうかという巨体。それだけならまだしも、緑色の皮膚はただれ元々の衣装の色とは別に、全身が血で汚れている。
顔面はもっと酷かった。歯は所々抜け、白目の部分が黄色く黒目が異様に小さい。
袋を担いでいるが、中身はろくなもんじゃ無さそうだ。
そして恐らくだが、ニコラスが腕に抱いている妖精らしき小さな女がルドルフだろう。
ミニスカサンタのイメージなのだろうか。
見た目はまともだが、ニコラスにベッタリとくっ付いていて気色が悪い。
――コイツらは初見だ。攻略法はわからない。相手のレベルも思ったよりも高いし、少し様子見た方が良さそうだな。
双剣を構え、じっと相手を探る。
ニコラスは雄叫びを上げると、それだけで周りの雪が吹き飛び、痛いくらいに鼓膜を揺らす。
ルドルフが腕から肩に座り込む。
そして、空いた両の拳を蒼炎が包み込み――。
「――速いッ!」
たった1度大地を蹴っただけで、数メートルの距離を瞬時に詰め、拳を叩き込む。
双剣をクロスさせガードするが、それでも衝撃で吹っ飛ばされる。
空中で回転し着地するが、ここは雪山。足場が悪い。
ゼロコンマ1秒、体勢整えるのが遅れる。
ニコラスが迫り、右腕を袋に突っ込み何かを取りだし、そのまま振り抜いた。
銀世界の一点に火花が散る。
「物騒なもん袋に詰めてんじゃねぇよ」
ニコラスが取りだしたのは、細かい刃が高速で回転している血で汚れた大剣。チェンソーようなものだ。
拳の蒼炎は大剣に移り、受けた影縫を徐々に侵食していく。
――これは厄介な能力だな。
右脚でニコラスを蹴り飛ばし、一旦距離をとる。
恐らくあの蒼炎は、俺が触れれば一定時間持続ダメージを受ける。
影縫に移った蒼炎は、消えること無く静かに燃えている。
――ルドルフの方はまだ何もしていない。能力がわからない分、何もしていないのが逆に不気味だ。
影化以外は時間制限もあり、ステータスの自虐比率が高い。ルドルフの能力が分かるまでは使わない方がいいだろうな。
俺はニコラスが動く前に影化を使い、背後からの奇襲。相手はまだ気づいていない。
――もらったッ!
毒牙を振りかざすが、ニコラスに斬り裂く寸前で半透明のバリアにその刃が阻まれた。
肩に座っているルドルフが後ろを向き、歪んだ笑みを浮かべる。
「――グッ!」
その刹那、ニコラスの振り向きざまの裏拳が横っ腹を捉える。
吹き飛ばされ木に激突し、蒼炎が腹部を焼く。
ジワジワと炙られるような鋭い痛みが襲う。
ルドルフは補助要因か。
ニコラス単体でも厄介なのに、それにサポーターがいるとは笑えない。
「進化前のボスには相応しいな」
俺はぼやき、焼ける腹部を無視して再び双剣を構える。
――あの歪んだ面、ぐちゃぐちゃにしてやる。




