60話 強くなるための試練
サブパーティとの衝突以来、俺の日課には新たな項目が加わった。
経験値ダンジョンやトレーニングに加え、サブパーティメンバーとの手合わせだ。
かなりめんどっちいが、あの日以来手のひらを返したように態度が変わった。
心酔とまではいかないが、もれなく全員従順な召使いのようになっていた。
あれをしろ言えばするし、やめろと言ったらすぐに辞める。
その分手合わせさせられてはいるが、全体的に見ても戦力増強はメリットしかない。ステータス頼りな戦い方から、少しづつだが戦略を駆使するようになっている。
俺だけではなく、クラッド達にもボコボコにされたのがかなりキツかったらしく、メインとサブで完全な上下関係が出来上がってしまった。
近接戦闘に関して言えば、エルメスの成長速度は凄まじく、あの日圧勝したクラッドと今ではいい勝負をするようになった。
まあこの場合、レアリティの低いクラッドを褒めるべきだろうが、アイツは俺と共に多くの死線を乗り越えてきている。
それを加味すれば、勝つのは当然だろう。
そして今俺は、貯めに貯めたアイテムをそろそろ消費すべく、畑へと足を運んでいる最中だ。
力の種や資質の葉など植物系のアイテムは、数や時間が必要だがそれなりにステータスを上げることが出来る。
畑に着くとそこでは、緑色の長い髪を三つ編みにしたシエルが懸命に畑を耕していた。
俺に気付くと作業を中断し、おぼつかない足取りでこちらに向かってくる。本当にこれで農作業が出来るのか疑問だ。
「ラングマンさん! どうしたんですか? 珍しいですねここに来るなんて」
「ああ、そろそろ収穫したアイテムを使おうと思ってな。かなり貯まってるだろ」
それを聞くとシエルは、手のひらをポンと軽く叩き「着いてきてください」といって、納品ボックスへと向かった。
納品ボックスとは各施設限定のアイテムボックスで、ここで収穫したアイテムは自動的にそこへ転送される。
見た目はただの木の箱だが、中は異次元空間のようになっており、基本的にアイテムで溢れかえることはない。
「どうぞ! 沢山とれましたから、少しはお役に立つかと思いますよ」
そう言って、土で汚れた顔を拭きもせずに微笑むシエルは、この殺伐とした世界には向いていないのだろう。
この畑という機能がなければ、間違いなく合成素材になっていたはずだ。
こういう残酷な考えが浮かぶのは、俺の元々の性格なのか、それともこの世界に染まってしまっただけなのか、今となってはわからない。
俺はウィンドウを操作して、納品ボックスからアイテムボックスに移した。
「ありがとう。じゃあ手間をかけるようだが、引き続き頼む」
「私は……皆さんのように戦えないので、こんな事でしか役に立てなくてごめんなさい。 こちらこそいつもありがとうございます」
俺達がボロボロになって帰って来るところを、何度も見ているシエルはきっと戦闘に参加しない分、罪悪感もそれなりにあるのだろう。
俺がそれをなじるとでも思っているのか、表情が暗く落ち込んでいるようにも見える。
俺はシエルの頭に軽く手を添え、
「この仕事も俺達を間接的に支えてる。適材適所ってやつだ。気にする必要はない」
「――ぁ……えっと、その……わ、私! お仕事の続きがありますので!」
顔を赤くしたシエルは慌てたように、畑に戻ってしまった。
そういう意図がある訳じゃなかったんだが……。
シエルを見ていると、日本にいた頃の年の離れた妹を思い出すな。
今はアイツは……俺の家族はどうしているんだろうか。
ここに来てかなりの時間が経っている。
凄い仲がいい家族という訳ではなかったが、ふと思い出すと会いたくなってしまう時がある。
俺がこんな事になって、母さんと妹は気が弱いから悲しむだろうが、どんな時でも楽観的で笑顔を絶やさない豪快な父さんはどうだろう。笑って帰りを待ってそうな気もするな。
「……なんで感傷的になってんだ俺。戻ってアイテムの整理でもしよう」
今は感傷に浸っても得られるものはない。
溜息をつき、自室へと戻ると早速ウィンドウを開きアイテムを確認する。
今、畑から回収したアイテムは、
【力の実×126 守りの実×121 魔力の実×113 速度の実×89 資質の葉×435】
「おお、かなり貯まってるじゃん」
思った以上の数がある。これならそこそこステータスを上げられるだろう。
力と守りの実は1つにつき、それぞれ攻撃力と防御力が1上がる。
魔力の実は魔攻と魔防で、速度の実は速度と確率で回避が1。
資質の葉は10個使えば、HPが10とMPが5。
俺1人に使えば個人の戦力はかなりあがるが、メインパーティ、サブパーティの10人は勿論、必要ならばオリバー率いるサポートパーティにも分配する必要がある。
オリバー達を除外して考えても、1人あたり10分の1しか使えない。ただそれでも、取捨選択すれば各々の職業に向いたステータスをそれなりに伸ばすことができるな。
「劇的に変わることないが、幾らかは強くなれるか? 先に俺の分だけ食っとくか」
俺はアイテムボックスから必要数の種を取り出し、さくらんぼのように真っ赤な力の実を1つ摘んで口に入れると、
「――ッ! な、なんだこの辛さは!」
力の実を噛み砕くと舌が焼けるような感覚に襲われ、全身から汗が吹き出す。
急いで水を用意し飲み干すが、気休めにもならない。
「こ、これをあと20個も食べるのか……? いや、ひとまずこれは後にしよう。だけど、このパターンで行くと、他のもまともじゃなさそうだな……」
◇◇◇
◇◇
◇
あれから1時間ほど地獄のような時間を過ごし、俺は何とかステータスを強化することが出来た。
力の実は辛く、守りの実は酸っぱい。
速度の実はなんだかよく分からなかった。
中でも1番やばかったのは、資質の葉だ。
瑞々しくシャキシャキした食感までは良かったが、恐ろしく苦い。
身体が受け付けないほどの強烈な味がした。
だがそれでも、ステータスを上げるためと念仏のように唱え続け、何とか全てを倒し今は俺の胃の中だ。
そして全員に必要数配り続け、リリアを最後に配り終わる所だ。その際に全員の顔が引きつっていたが、それがなんでなのかは分からない。
部屋をノックし、ドアが開かれるとリリアは目を見開き、
「ど、どうしたんですかその顔! まさか1人でダンジョンに潜ったんですか!? 無理しないで下さいって私あれほど――」
「違う、そうじゃない。 とりあえず何も言わずこれを食べてくれ。ステータスが上がるはずだ」
そう言って袋に入れた種と資質の葉を渡し、ドアを閉めてそそくさと自室へと戻ろうとした時、廊下にはリリアの悲痛な叫びが響いていた。
「これも強くなるためだ。頑張ってくれ」
その後、自室へ戻り鏡で顔を確認すると、
「俺は、この顔で他の奴らと会っていたのか……」
力の実のせいか、口全体がボコボコに腫れ上がりかなり酷い有様だった。
ダンジョンへ潜ったと言われるのも、少しだけわかった気がした。




