45話 女神像の試練
先程のリザードマンを倒して後、警戒しながら先へ進んだが遭遇したのはジェネラルやオークのみで、今の所2体目のリザードマンには出会っていない。
迷宮にもてあそばれ、右へ左へとひたすらに歩いていくが一向に最奥部にたどり着く気配はない。
70階層までの知識があるとはいえ、さすがに迷宮の道順までは俺も覚えていない。
地面に傷をつけ、目印にしながら同じ道を歩かないように注意しているが、似たような道しかないので頭がおかしくなりそうだった。
「クロード、まだつかないのかのぅ」
痺れを切らしたウルがため息をつく。
考えている事は他の奴らも同じだ。口に出せば余計にその考えに支配される。
「まだだ。黙って歩け。退屈なら壁画でも見ていろ」
壁画はどこへ歩いても描かれていて、今の所途切れてはいない。
最初こそウルもそれに食いついていたが、しばらく歩き続けている内にこの壁画にも飽きてしまったらしい。
だが俺はある事に気が付いた。完全に憶測の域を出ないが、恐らくこの壁画は1階層から99階層までのダンジョンを表しているように見える。
壁画には60階層でかなり倒すのに苦労した海神オケアノスや、50階層の堕天使アザゼル。他にも、この後の階層で遭遇する、フロアボスに似ている者が描かれている。
そしてこれもまた憶測だが、入口が99階層だと仮定すれば必然的に女神像の待つ最奥部は1階層の壁画になるはずだ。
正しいかは分からないが、浅い階層の壁画を辿っていけばその内たどり着くかもしれない。
確証は全くないが、このまま迷いながらダラダラと歩き続けるよりはマシだろう。
しばらく歩き続ける内に俺の推測は正しかったことが証明された。
「どうやら、やっとゴールに辿り着いたようだな」
目の前には祈るような姿勢の女神像が、土台の上に置かれ足元には色鮮やかな花々が供えられている。
「兄貴、これぶっ壊せばいいのか?」
「そんな事しちゃ駄目っすよアルベルト」
個人的には破壊できるのか気になる所ではあるが、利口な行動とは言えなさそうだ。
歩き疲れたのかウルはその場でヘタリ込んでいる。
「これが女神像……一体誰が造ったんでしょう――ッ」
――弱き者よ、己に打ち勝って見せよ。さすれば道は開かれん。
突然、どこからともなく空間全体に響くような声が聞こえてきた。
俺以外にも聞こえたらしく、瞬時に全員臨戦態勢に入る。
【クエスト:女神像からの試練】
【クリア条件:幻影の討伐】
「幻影? なんの事、っす……か……」
ウィンドウが表示された途端、突然クラッドが倒れる。
「クラッドさん!? ……あれ、私も……?」
それに続くようにリリアも、他の奴も次々にその場に倒れて言った。
――なんだ? 視界が……
視界が闇に包まれていく中、身体の力が抜け俺も同じように倒れた。
◇◇◇
◇◇
◇
目を覚ますと、そこは真っ白な空間だった。
先程まで目の前にあった女神像も他のメンバーも、誰一人として見当たらない。
「――なんだここ。ここでなにしろってんだ?」
少し歩いても景色は変わらず、白い空間が続いていくだけ。
上下の感覚はある。ただ自分がどこに、どのようにして立っているのかはよく分からない。
宙を歩いているような気もするし、白い大地を歩いている気もする。不思議な感覚だ。
やがてその空間に1つの変化が現れる。
穢1つない真っ白な空間に一点、人型の黒い影のようなものが現れ、こちらを見ているように見える。
「なるほど、てめぇを倒せばいいわけか」
考えなくてもわかる。コイツを倒せば女神像の部屋に戻れるのは間違いない。
――ただ、どこかで見た事あるような気がするな。
次の瞬間、影は俺への距離を詰める。
漆黒の腕のの延長線上は短剣の形状。
「――ッ!」
勢いよく上から振り下ろされた漆黒の刃を秘剣で受ける。
今までにない衝撃。
同時にもう片方の剣が下からの斬撃。
後方に跳躍し距離をとる。
体勢を整え、今度はこちらから攻め手に出る。
上下左右、双剣で嵐のような連撃を放つもその全てに対応される。
「――趣味の悪い試練だ」
相手の動きを観察してわかったが、恐らくこの影は俺自身を投影したものだ。
コイツの身長も武器も、戦い方までも俺のそれと変わらない。
――自分自身との戦闘か、これまでで最強の敵じゃねぇか。
【スキル:影化を使用します】
【使用不可。対象となる影がありません】
面倒な事になったな。確かにこの空間に俺以外の影はないが、あれの身体から出れると思ったんだがな。
「――チッ!」
眼前に黒。
ギリギリ反応出来たが、掠めたのか頬が熱い。
幻影は中距離から片方の刃を投擲し、それと同時に疾走しそして消えた。
いや、地面に呑まれてったように見えた。
――嘘だろッ!
背後を振り返り、咄嗟に双剣で刃を弾く。
「俺の影があるからてめぇは使えるってか」
影化だ。ほぼ同じ戦力のコイツだけスキルを使用出来るとなると、一気に不利になるな。
このまま永遠に戦い続ければ必ず俺が負ける。
どうしたものか。王の資質を使えば今のコイツを凌駕することは簡単だ。
だが影化が使える事から考えて、王の資質すらも使えるはずだ。
となると何をしても互角か。まずいな、これと言って対策が思いつかない。
迫る神速の刺突を弾き、その勢いを利用し旋回。
そのまま腹部に踵をめり込ませる。
スライムを蹴り飛ばしたような感触。まるで手応えはないが、吹っ飛んでいる事から多少は効いているのかもしれない。
俺は影に迫り追撃を加える。
既に迎撃の体勢をとっている影の至近距離で、墨月を足元に投げつける。
軽く跳躍し、回避した場所に秘剣を投擲。
勿論これも弾かれる訳だが、その一瞬があればいい。
手薄になった顔面を殴り飛ばし吹っ飛んだ影を追い、脚を掴み地面へ叩き付ける。
通常の生物とは違い、怯むことも血を見せることもないコイツに、本当にダメージがあるのか疑わしくなってきた。
墨月と秘剣を拾い上げ影が立ち上がるのを待つ。
――少しだが攻略法が見えてきたな。




