42話 災いの種
フロアボスの待つ下水道の入口は街外れにあり、何事もなくそこまで来ることが出来た。
下水道へと続く階段を下ると徐々に、鼻を突く臭いがただよいはじめる。
とてもじゃないが、俺ならここをアジトにしようとは思わない。幾ら隠れられるとはいえ何事も限度と言うとのがある。
――狂信者の連中は鼻がひん曲がってるのか?
しばらく下ると、ようやく下水道への入口が見えてきた。
「この悪臭はなんとかならぬのかのぅ。ワシの鼻が駄目になりそうじゃ」
服で鼻と口を抑え悪態をつく。ウルの気持ちはよくわかる。恐らくこの場にいる全員が同じ気持ちを抱いているはずだ。
「我慢しろ。ここから先はいつどこで敵が襲ってくるかわからない。全員油断するなよ」
下水道は暗く視界があまりよくない。
それに道の半分は下水が流れていて、歩けるスペースは片側に残された幅3メートル程だけだ。集団戦闘をするには広いとは言えない。
場所が悪いのは相手も同じだが、今来たばかりの俺たちとは違いここをアジトにしているくらいだ、かなり慣れているとみて間違いないだろう。
だが恐らく、フロアボスに辿り着く前に戦闘はないはず。
と言うのも、そもそもこの8階層に関しては難易度が異様に低い。戦闘は少ないしフロアボスは大した能力もない。
俺はプレイしたての頃、難易度の低さから8階層はサービス階層かとばかり思っていたが、この鬼畜仕様なアプリに置いて当然そんなものはなかった。
この低難易度にはしっかりと訳があった。だがそれも今はあまり関係がない。
どの道この階層にはまた来る必要がある。コイツらにそれを話すのはその時でも問題ないだろう。
吐き気を催すような臭いに耐えながらしばらく歩くと、先に見える壁になにやら扉のような物があるのが見える。
それを見たアルベルトが扉を指さし、
「あ、兄貴! あそこなんかありそうだぜ!」
「見るからに怪しいっすね、あそこ」
「怪しいもの何も、あの扉の先が奴らの根城だ」
フロアボスである幹部と、下っ端が数人あの中にはいるはずだ。
このまま突撃しても何も問題は無さそうだが――。
「ウル、お前の出番だぞ」
「へ? まだ敵はおらぬぞ。何を訳の分からない事を言うておるのじゃ!」
ウルは突然の言葉に状況が呑み込めていないようで、マヌケな顔でそう言った。
「あの扉に向かって魔法を撃つんだよ。ただ加減しろよ。じゃないと俺達まで生き埋めになっちまう」
これから殺し合いをする相手に、わざわざご丁寧に扉を開ける必要はない。
地の利は向こうにあるなら、こっちは奇襲をかけてもバチは当たらないだろう。
「なるほどなのじゃ! ワシに任せるのじゃ!」
「念の為全員下がってろ」
ウルは杖を掲げ、魔法陣を展開し始める。
コイツらが気付く必要はないが、この奇襲にはもう1つ別の意味がある。
シンプル奇襲というのと、ウルを慣れされるためだ。
人殺しに抵抗があるようだったし、敵が見えなければ幾らかはマシだろう。
リリアは元々精神面は強い方だから手早い方法を取ったが、ウルに同じ事はさせられない。
アルベルトは、殴る事には抵抗があるようには見えない。成り行きで殺す事になるだろうが、そこまでは心配していない。
ウルの後ろで見守るが、扉に放つ分には問題なさそうだ。
魔法陣からは炎の槍が放たれ、爆炎と共に閉ざされた扉を破壊し中で爆発を起こす。
言った通り加減はしたようで、全力の魔法と比べると爆発の規模は小さい。
中は密閉されているのか、爆発による炎が勢いよく扉から溢れ、下水道の温度を上げる。
「どうじゃ! ちゃんと弱くできたのじゃ!」
振り向きしたり顔で言うが、確かに弱すぎず強過ぎず丁度いい威力だ。
中にいる奴らからしたらたまったもんじゃないだろうな。
俺達はそのまま中へ入ろうとしたが、入口から1人の男が無傷な状態で出てきた。
なるほど、フロアボスと言うだけあって多少はまともなのがいるらしい。
それに続き3人ほど、黒いローブを纏った奴らが出てきたが、所々焼け焦げている。それなりにダメージはあったようだ。
茶色い長髪に爽やかな顔立ちは、怪しげな黒いローブを纏っていなければとてもカルト集団の幹部には見えない。
だがその表情は穏やかでは無い。爽やかな顔を歪ませ、親の仇でも見るかのようにこちらを睨んでいた。
「――なんですか、貴方達は。いきなりやって来て魔法を放つなど頭がおかしいのですか?」
「虫ケラの駆除にはちょうどいい火力だろ? まあ、親玉は幾らか頑丈なようだが」
安い挑発だが、いきなり魔法をぶち込まれて相当頭にきている状態なら十分だろ。
「私が狂信者のオシリスと分かって――」
「てめぇが誰かなんて興味ねぇよ。御託並べてねぇでかかってこい」
オシリスと名乗る優男は遮られた瞬間、我慢の限界を迎えたのか、鳥の顔をかたどったようなステッキをかざす。
――まともな魔法使いと戦うのは初めてだな。
「アルベルト、クラッド、相手は魔法を使う。油断するなよ。ウルとリリアはいつも通り援護に回れ」
「雑魚は任せてくれ兄貴ッ」
オシリスは魔法陣を展開し、無数の氷柱が顕現する。
「――死になさいッ」
掛け声とともに宙に浮いていた氷柱は、弾丸となり射出。
数瞬遅れ、下っ端共もこちらに向けて距離を詰めてくる。
無数の氷柱を双剣で弾き、迫り来る下っ端の剣を躱し、その横っ腹に蹴りを放つ。
肉にめり込み、1人が吹っ飛ぶ。他の2人俺を通り過ぎ、後ろにいるクラッドとアルベルトに刃を向けている。
振り向くと、リリアはクラッドの援護で矢を放ち、それにより隙ができた所をクラッドが槍を突き出し、しっかりと連携をとっていた。。
ウルも同様にアルベルトの援護射撃として、低威力の魔法を放ち、アルベルトはそれに乗じて拳を叩き込んでいる。
――両方心配いらなそうだな。
背後で行われている戦闘はとりあえず無視し、俺はオシリスへと距離を詰め、墨月を斜めに振り下ろすが――。
「――無駄ですよ」
オシリスの身を包むように球状の魔法壁が展開され、火花を上げて墨月は弾かれた。
――物理耐性の魔法壁か。
バックステップで1度距離をとるが、既に氷の槍が俺目掛けて放たれている。
回避は出来ないと判断し、迫り来る氷の槍に秘剣を叩き付けるように振り下ろす。
ガラスが砕けるような音を響かせ、槍を破壊。
だが、その勢いは完全に殺せず砕けた氷が俺の脇腹を掠める。
痛みに構わず、再度刃を振るうもやはり魔法壁により弾かれてしまう。
「無駄だと言ってるのが分からないのですか? どうやら、虫ケラは貴方の方だったみたいですよ」
俺の攻撃が弾かれるのが嬉しいのか、オシリスは歪んだ笑みを浮かべている。
「ハッ、たかが数発防いだくらいで随分嬉しそうじゃねぇか」
あの魔法壁を破らない事には、確かに俺の攻撃が通ることはない。
あの魔法壁は物理耐性がかなり高い。しこたま斬りつければ破壊することも出来るが、そんな面倒な事を一々する必要はない。
俺はオシリス目掛けて跳躍し、先程と同じように刃を振るう。
「何度やっても無駄――ッ」
――勘の悪い奴だ。