40話 殺人
「さっきの街とは大違いですね……」
リリアは目の前のスラム街を見て、思わず声を漏らす。
先程居たのは街の中心部となる場所。そこから少し外れればまともな家もなく、崩れた家に布を被せただけの物や、犬小屋のような粗末な造りの家ばかりだ。
華やかな中心部とは違い、全体的に暗い印象を受ける。
住人もみすぼらしい布切れを着ているだけで、文化が違うと言われれば、それで納得してしまう程だ。
「スラム街なんてどこもこんなもんだ」
スラム街にはそぐわない格好の俺達は、気にすることもなく歩を進める。
途中、乞食に物乞いをされたが渡して役に立つような物はないので無視した。
「あの人達の目、なんだか少し怖いです」
先程から場違いな俺達を、恨めしそうに住人が見ている。だが俺が感じとっているのはリリアの感じるそれとはまた別ものだ。
こんなスラム街ではまともな女もいないだろう。
そこにリリアのような美女が通れば、そういう欲望の視線が向けられてもおかしくはない。
「気にするな。アイツらがなにかしてくる事は無い」
舐めるような汚らしい視線に耐えながら、しばらく歩くと――。
「あれが目的地だ。戦闘になるが、相手はゴブリンと変わらないと思え」
目の前にはスラム街にお似合いな、小汚い酒場があり、複数ある奴らの根城の1つだ。
「大丈夫ですよ、足でまといにはならないようにしますから」
胸の内に秘めているであろう不安を悟らせまいと、いつも通りにリリアは微笑んだ。
「そうか、ならいい」
俺達は武器を取り、ボロボロになった酒場の扉を開ける。
木がきしむ音がなり、開けた瞬間からむせ返るような酒の臭いが鼻を刺激し、その酒に溺れた下品な笑い声が鼓膜を揺らした。
一瞬、クラッドを連れてくるべきだったと後悔したが、バランスを考えた結果だ。仕方がない。
酒場にいるのはだいたい5人程度。小汚いローブを纏い、ゲラゲラ笑いながら酒を飲んでいる。
こういう時に酒場の店主がいないのは、ゲーム故の展開なのだろう。その方が面倒が少ないから構わないが。
ふと、その内の1人が俺達に気付きこちらに近寄ってくる。
「おめぇら、見ねぇ顔だな。こんな所に何の用だ」
ジロジロと値踏みするように俺達を見て、威嚇のつもりが顔面を近づけて凄む。
「おい、酒臭いから近んじゃねぇよ。俺達はこの街に巣食う虫ケラがここにいるって聞いたんで駆除にしにきたんだよ」
それを聞くとソイツは、酒に酔った赤い顔を更に赤くしてワナワナと震え出し、俺の胸ぐらを勢いよく掴む。
「てめぇ……俺達が誰かわかって言ってんのか?」
「狂信者の下っ端だろ? それがどうした」
狂信者と言うのは、『seek the crown』にしばしば登場する1種のカルト集団でコイツらの組織名。気取った名前の癖に人員はゲスぞろいだ。
俺の言葉を皮切りに、座っていた残りの4人も立ち上がる。
「そうか、てめぇら命は――」
モブAは拳を振り上げるが、俺は既に握っていた墨月を振り上げ、肘から先を切断した。
酒の臭いが充満する中、かすかに血の臭いが混ざる。
「――命がなんだって?」
「――ぁ」
一瞬の出来事すぎて、叫ぶ事すら出来ない。
音を立てて落ちた腕を拾い上げ、血が噴き出す断面にくっつけるように擦り合わせている。
無論、くっつくはずはない。
数秒それを見下ろしていると、痛みが到達したのかうずくまり、荒れ狂うように叫び出す。
「てめぇいきなり何すんだァッ!」
それを見たモブBが剣を振りかざし襲い来る。
――丁度いい新スキルでも試してみるか。
【スキル:影化を使用します】
「ちょっ、クロードさん!?」
次の瞬間、俺は自分の影に飲み込まれるように影の中へ潜った。
不思議な感覚だ。地面に潜り、地上が透けて見えるようだ。
――あそこでいいか。
俺は襲いかかってきたモブBの影に移動し、そのまま吐き出されるように地上に上り、
「――どこ見てんだ?」
「ガッ――」
後ろから墨月の刃で首を撫でる。
段々と血の匂いが濃くなっていく。
「リリア、ボサっとしてんじゃねぇ」
リリアは、呆気に取られるようにそれを眺めていた。
俺の声により我に返ったのか、愛用のメイスを構える。初めての対人戦に身体震えているのがわかる。
「だ、大丈夫です!」
「おいおい、姉ちゃん物騒だな。そんな事より俺達と楽しい事でも――ッ」
――仲間の死よりも女に食いつくか。救いようのないクズだな。
舐め回すような視線で、リリアに近付いたモブCの顔面を鷲掴み床へと叩きつける。
木が割れる音と肉が潰れる音が響かせ、頭部は床にめり込む。
「あと2人」
残りのモブは剣を抜き、叫びながら向かってくる。
単調な動きだ。こんなもの目を瞑っていたって当たらない。
俺は隙だらけの2人の間をすり抜け、それと同時に首を跳ねる。
声を出す間もなく絶命した2人は、鈍い音をたてて倒れ込む。
残るは最初に腕を切り落とした1人のみ。
カルト集団の下っ端などこんなものか。
俺は未だうずくまっているモブAの胸ぐらを掴み、無理矢理立ち上がらせる。
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった醜悪な顔が俺の目に映る。
「こ、殺さないでくれっ……俺たちが、俺達が悪かった……」
自分達から仕掛けておいて情けない奴だ。
「そんなことはどうでもいい。お前達のボスとやらはどこにいる」
厳密にはボスではなく、カルト集団の幹部な訳だが。
「げ、下水道だッ! 下水道にいるッ! ほ、ほら言ったろ……見逃してくれよ……」
さて、この汚らしいゲスの役目は終わった。
自分だけは生き残れると思って、ヘラヘラしているがそんな訳がない。
俺が殺すのは簡単だが――。
「リリア、お前がやれ。メイスが嫌なら遠くから弓でもいい」
4人は俺が殺した。リリアもこの経験は必ず必要だ。できなければコイツはパーティに置いておくことが出来ない。
「……わかり、ました」
8階層に来た時に元々覚悟はしていたはずだ。
リリアは悲痛な表情で、メイスを引きずる。
「お、おいまてッ! 俺は情報を、情報を渡したじゃねえかッ! こんなのあんまりだ」
「喚くなみっともない。殺人ばかりしているカルト集団に入ったのが運の尽きだな。諦めろ」
ヘタリ込み、じりじりと後退りをするモブ。リリアは目を瞑り血の匂いが充満する中、深く息を吸い込む。そのまま数秒が過ぎる。モブは少しでも遠ざかろうと、必死にもがいている。
リリアは意を決して目を開き、そしてメイスを振り上げ――。
「……ごめんなさい」
メイスの金属製のトゲが顔面に突き刺さり、血液が辺りを染める。
脳が垂れ落ち、眼球が転がる。
この日俺達は、初めてモンスター以外を殺した。
俺はきっとチュートリアルのあの日から、何かが壊れていんだろう。不思議と何も感じなかった。
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